三ノ伍
放課後、僕達は先ずは隠し部屋へ向かった。
「選挙のほうは順調ですね、流石彪光様ですっ」
「ふん、当然よ」
「もう素晴らしい手腕! 惚れ惚れ致しますわぁ!」
「私に掛かれば猿でさえ当選させてみせるわ」
「最高ですっ!」
天狗じゃ天狗じゃ。
天狗様がおられるぞ。
扇子を扇いでもう天狗の極みみたいな様子だ。
「裏萩もよくやってくれるようになった、あとは立候補者の出方を見るだけね」
「監視カメラを使ってばっちり様子も見ておりますので抜かりは無いですっ」
監視カメラ増設しました?
なんかモニタ増えてませんか?
「ということでぇ……ぺろぺろさせてくださぁい」
「こ、このメス豚ぁ! その汚い舌で太ももを舐めるな! 新蔵! 縄を頂戴!」
「ほい」
すぐさまに音々子さんは縛られて宙吊り。
恍惚とした表情を浮かべて、彪光が尻を叩くたびに歓喜の雄たけびを上げていた。
しばらく終わりそうに無いな。
僕はパソコンを借りて音々子さんがまとめていた選挙状況を新蔵達と見る事に。
「支持率のほうも裏萩が頭一つ出始めてるな」
「うん、じわじわと差が広がってる。今回の討論会で更に広がると思う、次の支持率更新が待ち遠しいよ」
裏萩さんに続いて浜角さんと古戦谷君。浜角さんは今回の討論会で次の支持率更新ではどう変化しているか、下手したら下がっているかもしれない。
古戦谷君は突く部分も無く、突かれもしないので無難な位置を保っているから支持率は下がりはしないだろうが、支持率を上げるために作戦を練っているとしたらそろそろ動くはず。
次の立会演説会までの期間にどれだけ人を惹きこめるかが鍵だ。
「他ノリッコホー、ダメダメねー」
「警戒しなくてもよさそうだ」
「まだ分からないよ? 何か効果的な宣伝をしてくるかも」
「してくるとしても監視カメラで何をしてくるか把握して、先回りして潰すつもりだろう?」
まあそうなるでしょうね。
「ツブすネー! KILLネー!」
「KILLはやめてっ!」
アンナはさらっと時々怖い事言うよね。
「襲撃者のほうは何か分かったか?」
「それが……全然」
行き止まりにたどり着いたままだ。
「立候補者の中には?」
「どうだろう、なんとも言えないよ」
なんとも言えないし何も言えない、何か言いたいけど、言ったら駄目な気がする。
「ふんっ、襲撃者なんてもういいわよ」
音々子さんの尻をまだ叩きながら彪光は言う。
「これ以上調べたところで無意味、襲撃されたら考えましょう。貴方も選挙に力を入れて」
「襲撃されたら考えるってのも駄目な気が……」
「その時はその時って言うじゃない」
ポジティブだね君って奴は。
「さあ、今日も選挙活動しましょ」
彪光は扇子で頬を仰ぎながら部屋を出ていき、皆がついていった。
今日は僕も選挙活動に加わるとするか。
「はぁはぁ……こういう放置プレイも好き」
隠し部屋を出る前に宙吊り状態の音々子さんをどうすればいいか考えたけど、やはり縄は解いてやるとしよう。
このまま宙吊り状態で一人で満足されても困る。
選挙準備室へ行くと、丁度他の生徒達もやってきたところで、中に入ると皆それぞれ快活な足取りで動き始めた。
これも目に見えて変わったね。
裏萩さんの評価が高まったおかげで皆のモチベーションも高まったようだ。
前にポスターをどうしようとそわそわしていた生徒達もまるでやる気満々の新入社員みたいに張り切っていた。
「他の立候補者の情報もすぐ集まるようになったわね」
「ここまで動けるように教育するのは苦労しました」
音々子さんって意外とすごい人なのにどうして中身はあんななのだろう。
「流石ね、音々子」
頬をぐりぐりと扇子でめり込ませるも音々子さんは気持ちよさそう。
酷い光景だ。
「俺達は先に広場に行ってるぞ」
「ええ、任せたわ」
選挙の手伝いに回ったのはいいけど僕の役割は果たしてあるのだろうか。
何か資料をと置かれていたパソコンを開いてみるも中には既に資料は勢ぞろい。
僕がわざわざ調べなくても既にそこには十分といえるほどに選挙についての資料が揃っていた。
「どうしようかな」
「すっかり貴方の役割がなくなったわね」
「うん、特にやる事がなさそうな気がするんだけど」
そこはかとなく手伝ってくれる人も増えたような。
おかげで何かしようにも人手は十分といったところ。
「……じゃあ裏萩が来てないから、呼んできて」
彪光は僕が何をすればいいか少し考えてくれていたようだが、特に無いらしくものすごく簡単な仕事をお願いしてきた。
「了解」
「その後はパソコンの中にある資料の整理をお願い」
もうほとんど整理ささっているようなものだけど、まあいいか。仕事があるなら。
僕はとりあえず裏萩さんを呼びに行く事に。
教室から出る時にはまだ彼女はいたと思う、十分ほどしか経っていないし教室にいるかな?
すれ違いになったら面倒なので周囲には目を配らなければ。
教室に行ってみると裏萩さんの姿は無く、柳生さんは一度教室を出て戻ってきた僕を訝しげに見ていた。
「何してんの?」
「えっ、ああ、いや、裏萩さんどこ行ったかなって」
「彼女ならさっき誰かに呼ばれて出て行ったわよ」
すれ違いになったようだ……。
「どこ行ったか分かる?」
「さあねえ、さっき出て行ったばかりだからまだそこらへんにいるんじゃないかしら」
「分かった、ありがとう」
といっても、廊下は生徒だらけ。
何処から探せばいいものやら。
とりあえず近くを駆け回ってみれば裏萩さんは見つかるかも。
見つからなくてもどうせ選挙準備室に来るのだから問題は無いのだけどね。
駆け回っていると、一組の教室が見えてきたあたりで近くの窓側で話をしている生徒をが目に留まった。
その後姿は裏萩さんに見えるが、どうだろう。
ちょっと足を緩やかにしてゆっくりと近づいてみる。
彼女の顔が確認できそうな時に、
「おや」
話をしていたもう一人の生徒と目が合った。
その生徒、
「天生ちゃん?」
「天生ちゃんだよ」
彼女は小さく手を振って、僕はつられて手を振り返した。
「えっ、あっ」
裏萩さんは僕に気づいたようで、何故かおろおろ。
「選挙活動なのでしょう? 私には構わず行きなさい」
「あ、うん……」
裏萩さんは僕のもとへと近づいて、
「あの……」
「皆待ってるよ」
「あ、うん……行くわ」
駆け足で選挙準備室へと向かう裏萩さんはなんか落ち着きが無く見えた。
「忙しそうだ、輝いてすら見える」
「二人とも知り合いだったんだね」
「まあね、親しいというわけではないが、立ち話をする程度の仲だよ」
和気藹々な雰囲気は無く、本当にただの立ち話みたいだったしね。
「君もこれから彼女のお手伝いかな?」
「まあね」
「少し私と無駄話立ち話世間話をと思ったが、邪魔するのは悪いな」
「僕は別にやる事そんなに無いから構わないけどね」
気がついたら役割無く、仕事を任されても“とりあえず”がつくばかり。
今もとりあえず裏萩さんを呼びに来ただけだ。
「無いとしたら探すのが役割さ、頑張りたまえ。ではでは」
ちょいと残念だな。
仕方が無い、何か話をしたかったけど彼女は帰る姿勢を崩さないようだし僕は黙って見送るとする。
それにしても何の話をしていたんだろう。
共通点が無さ過ぎて想像がつかない。
選挙準備室に戻ると今日は少しばかり元気が無さそうに見える裏萩さんに、何かそんな元気が削がれるような話でもしていたのかなと僕は思った。
分からない事は考えても仕方が無い。
僕は着席してパソコンを開き、別に整理しなくてもいい資料を再び整理し始めた。