二ノ弐
学校へ向かう道中、
「少しはまともな対応できないの?」
彪光からのお叱り。
「いやぁ……なんと言いましょうか」
目を逸らしながら歩行。
「良い人ね」
「多分、良い人なんじゃない?」
「自分から知ろうとはしなかったのね」
「知る必要、ないし」
絶対的な距離があった。
絶対的な距離を、とり続ける必要もあった。
彪光の言う通り、良い人なのだろう。
それでも僕はあの人と親しくしようとは思わない。今更距離を縮めようとしてきても僕は、困るだけだ。
「知る価値は十分にあるわ」
「どうせ一週間したら出て行くんだ、別にいいじゃん」
これ以上この話を続けるのは嫌だった。
長引く度に、僕はきっと彪光に怒られて説教されて悲しくなって自分の……我侭を噛み締める事になる。
早足に切り替えて、同時にそれはこの話も終了だという姿勢を見せる。
早足?
いいや、逃げ足だ。
それから暫しの時間が過ぎて昼休み。
僕達は食堂には行かず、屋上へ行ってベンチに腰掛けた。
新蔵とアンナも一緒だ、二人は僕達が今日は弁当だと知ると購買でパンやおにぎりを買って屋上で一緒に食べるという。
たまには青空の下で昼食を、僕も二人と同じ気分になる事はある。
「気持ちイーゾー」
アンナは深呼吸して空を扇ぎ、おにぎりをぱくりと食べて満面の笑み。
新蔵もつられて笑顔になっていた。
確かに、気持ちいい。
肌を撫でるような緩やかな風が流れていた、肌寒くも無く暑くも無くちょうどいい温度。
「食べましょう」
「……うん」
弁当の蓋に手を当てる。
「おおっ」
思わず声をあげた。
何気に、予想よりも完成度が高かったのだ。
色合いのいいこげ具合の卵焼き、ウインナーはタコさんにしていて小さなハンバーグつき、から揚げも入っていてこれではバランスが悪いと思ったがプチトマトにドレッシングのかかった刻んだキャベツも入っていてバランスは完璧。
「見事なものね」
「問題は味だよ味」
思わずすごいなあと言いそうになったが、その言葉は喉で留めておいた。
あの人が絡むと素直になれない自分。
とりあえず、食べてみる。
卵焼きはほんのりとした甘みとふんわりとした食感、かすかに醤油の風味と味があとからにじみ出た。
「美味しいわ。貴方はどう?」
「……まあまあかな」
「まあまあね」
ハンバーグもから揚げも正直、美味しかった。
僕は母さんが作った弁当なんて食べた事は無い、弁当を作って欲しい時期にはもう母さんは亡くなっていた。
華奈枝さんはというと、僕の要望には当時は答えられる余裕が無く、何かと仕事が忙しくて僕はお手伝いさんの作る朝食と、渡された一日の食費を使って昼食は済ませていた。
これは、当時そんな寂しい思いをさせた僕への罪滅ぼしのつもりか?
それで僕はあんたの家に戻るとでも?
馬鹿な。
僕の箸は止まっていた。
「食べないの?」
彪光の突き刺すような視線。
「アンナが食べテあげるネー!」
「食べるよ! だから奪おうとしないでっ!」
既にタコさんウインナーはアンナの口へ。
残るおかずはなんとか死守。
奪われる恐怖があったので僕は直ぐに食べ終えた。
……感想は言わない。
彪光が聞きたそうに僕を見ていても、だ。
弁当が絡む話を避けるためにもここは別の、今誰もが気にしている話題を出すとしよう。
「そういえば裏萩さんの選挙状況はどう?」
「まだ始まったばかりなのだからどうと聞かれても、何とも言えないわ」
確かに。
「私はただの補助、選挙はあくまでも裏萩次第よ。昨日は裏萩があまりにも喋れなかったから私が取り繕ったけど、あれが続くようじゃ駄目ね」
「なんか生徒達は君の事ばかり話してたしね」
「裏萩陣営としては注目を浴びれたからそれはそれで効果的だったわ。ここで裏萩がちゃんと生徒に自分の方針や学校をよくしようという気持ちを伝えられればまだ始まったばかりの選挙であっても勝負を決められる」
なるほどね、君には本当に万能で惚れ惚れするよ。
「あとは立候補者がどう動くか、よ」
彪光は扇子を開いて優雅に言った。