二ノ壱
目が覚めると何かが焼ける音と香ばしい香りが鼻腔を刺激した。
上体を起こして何だ何だと周囲を見回してみる、音は居間――台所のほうか。
あくびをしながら居間へ行くと台所にはエプロン姿で調理する女性の後姿。
「おや、目が覚めたのか。早起きな奴だ、私もお前が早起きなのを知ってそろそろ起きるだろうと朝食を作っていたのだけどね」
「それはどうも」
テーブルにはオレンジジュースの入ったコップが三つ。
三つ? 一つ多くないかな。
些細な疑問ではあったが、そんなのすぐに頭の外に追い出して僕は一度居間から出た。
すぐにでも朝食を食べられる準備がされていて、倦怠感に包まれている朝に着替えと洗顔と歯磨きだけすればいいってのは正直助かる。
それらを終えて、オレンジジュースを口に運んで朝の水分補給も済んで頭が徐々に冴えてきた。
朝食はベーコンエッグと食パン、華奈枝さんの朝は洋食派なのか?
僕は和食派だ、ご飯がないとなんかすっきりしないが……今日は許すとしよう。
気になるのはコップも然り二人分ではなく、三人分用意されている事。
どうして三人分? と首を傾げていると、いつの間にか隣に、
「おはよう」
彪光がいた。
「お、おはようっ」
普段ならばまだ寝ている時間なはずなのに今日は早い起床だね。
七時を過ぎてからゆっくり起こしに行って、十五分くらいになればようやく起床するのが君だというのに。
今は六時五十分だよ、寝てなくて大丈夫?
「物音がしたから見にきたらなんかこうなったわ」
「そう、こうなったのだ。あやみっちゃん、食パンには何をつける?」
あやみっちゃん? 彪光の事?
「バター」
「了解」
華奈枝さんはすっかり彪光とも親しくなっていた。
「お前もお隣さんにこんな美少女の友達がいるのならば昨日にでも紹介してくれれば夕食も一緒にできたものを」
そりゃあすみませんでしたね。
彪光はまだその時帰ってきてなかったし華奈枝さんに鬱陶しいなあっていう感情ばかり抱いていたので気が回りませんでした。
僕は無言ながらも反論代わりに睨みつける。
「おっと、怖い怖い」
「睨み付けないの」
彪光に扇子で頭を叩かれた。
君は華奈枝さん側に回るつもりなの? それは困るよ、僕の味方になってくれないと。
「あやみっちゃんは優しいね、お前も私に優しく接して欲しいものだよ」
「はいはいわかりました」
「冷たい言葉だ、あやみっちゃんはどう思う?」
「ええ、酷いわ」
肩身が狭い。
朝から不機嫌になってきた、眉間に僕は深いしわを刻んで早々と朝食を食べ終えた。
まだ学校に行くには早すぎる時間帯。
こっくりさんとして使ってる部屋へ行くわけにもいかず、僕はテレビをつけて華奈枝さんのほうは絶対に見ないようにした。
「食べ終わったら食器は片付けないと」
無視する。
「私から離れている間に我侭な子になってしまったのかな」
「そうかも、躾けるべきね。犬のように」
散々な言いようだな。
「仕方ない、食器は一緒に下げて洗っておくよ」
「悪いわね、こいつは親不孝もいいとこだわ」
正式には華奈枝さんは僕の親じゃないんだけどね。
「二人とも今日は帰りは何時頃になるんだい?」
「うーん、五時過ぎあたりかしら」
「意外と遅いのだな、何か部活でも?」
「部活はしてないわ、学校で選挙があるからその手伝い」
「偉いね二人とも」
そりゃどうも。
一度席を立ってキッチンへ食器を持っていく華奈枝さん、蛇口をひねってそのまま洗ってしまうようだ。
やらせてしまって申し訳なくは思うが、泊めさせてやってるんだから、まあやらせて当然かな。
当然だよな、うん。
罪悪感なんて……得てたまるか。
学校へ行く時刻になるまでテレビでひたすら時間をつぶして、彪光と華奈枝さんの楽しそうな会話には参加せず、僕は時間を見て腰を上げた。
「待て」
華奈枝さんは僕を止めた、これから学校へ行くのだから用件があるのならば短く説明して欲しいものだ。
「持っていけ」
渡されたのは、以外にも弁当箱。
「これは?」
分かってはいるが、あえて聞く。
「残り物で作った、あまり美味しくはないだろうが昼にどこかへ買いに行く手間を考えれば弁当というものは便利ではないか? 私は便利だと、思うのだがね」
しかも二人分。
彪光は受け取るや、弁当を受け取るというのは彼女にとって新鮮なのか、嬉しそうに口元を緩めていた。
弁当箱は昔僕が買ったものを見つけたのだろう、予備と合わせて二つ同じ弁当箱がキッチンの戸棚に入れてたが僕自身、弁当を作るのが面倒で弁当箱の存在を忘れていた。
「……どうも」
受け取っておく、食堂へ行って混雑の中食券を買うのも面倒といえば面倒だからね。
これで弁当が美味しくなかったら家に帰ったら絶対文句を言ってやる。
「帰ったら是非感想を聞かせておくれ」
「ええ、分かったわ」
「はいはい、それと僕がいない間部屋をいじくりまわさないでね」
「何か見られちゃまずいものでも?」
それは無いけど、勝手に何かされて物の配置が違ったりすると嫌なのだ。
「別に」
「掃除くらいはいいだろう?」
「それくらいはいいけど」
にしても、何の目的があって僕の家に来たのかが分からず華奈枝さんへの疑念だけが膨れ上がっていく。
「行ってくるわ」
「ええ、行ってらっしゃい」
僕は無視して家を出ようとするも、
「ほら、お前も、行ってきますは?」
「……行ってきます。予備の鍵、預けておくから外に出る時は鍵かけて」
「分かったよ」
今のところ、鬱陶しさばかり感じて僕の気分は最悪ってだけだ。