表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第三部『生徒会選挙編』:第一章
64/90

一ノ漆

 裏萩さんの選挙協力者らは最初は彪光にそれほど良い印象は抱いていなかったようだが、完成度の高いビラの作成や選挙活動場所を手に入れてきたのを見て印象は徐々に変わっていった。

 ビラは何枚用意すればいいか、集めた資料はこれくらいでいいか、広場はどうするか、質問の数は徐々に増えていき、彪光への信頼は徐々に高まっているようだ。

 本来ならば裏萩さんが仕切るべきだが、

「あ、えっと、彪光さん!」

 ――と、困ったらとりあえず彪光に縋る裏萩さん。

「ビラは常に余分に用意、予備のビラはダンボールに入れてまとめて持ち運べるようにして」

「こちらは?」

「資料はこれくらいでいいわね、明日から支持率の公開もされるから支持率を中心に選挙状況の確認と投票者の意見もチェックしておいて」

「広場は?」

「今日はいいわ。明日に裏萩と数名で広場の清掃、立候補者が自ら清掃して皆にアピールしましょう。それと台座も用意しないと。ベンチに立つ行為だけは避けなきゃね」

「今日の予定は?」

「今日は十五分後に立候補者公開討論会に裏萩が参加するから、私と書記一名として彼をつれていくわ」

 立候補者公開討論会、昼休みの校内放送で聞いたな。

 放課後に立候補者が集まって一年生徒会長としての意気込みや学校問題について討論をするってやつだ。

 選挙中は三回行われる、今日は放課後に、二回目は昼休みに、最後は午後の授業をなくして全生徒が見ている中で。

 今回と二回目の討論は討論の状況を校内に設置されたテレビで放送されるらしいので立候補者にとってこの討論会は岐路にもなりうる。

 これらが終わったら立会演説会の後に、投票というのが選挙の流れだ。

 てか彼、と扇子で指されたのって僕?

 僕なの?

 ……書記、うーん、書記ねえ。

「五時半には戻ってくるから、こちらは明日から広場での選挙をするにあたって準備と、チェックを」

「台座はどこから手に入れればいいです?」

「演劇部から借りればいいわ、部活動の予定が大幅に変わって道具もそれほど使用しないと聞いたから数人で演劇部に行って了承を得て、それとビラを配るのも忘れずに」

 次第に彪光を中心に生徒達は動いていく。

「すごいわね彪光さんは」

 僕は専ら用意されたノートパソコンを使って過去の選挙のデータを見て資料集めの手伝い。

 その僕の隣に裏萩さんが着席。

 準備ができるまでここに着席するかってところかな、今はやる事もまだなさそうだし。

「うん、なんでもやれちゃうからね」

「彼女が選挙に出なくて本当に安心したわ」

「もし選挙に出てたら彪光ほど怖い立候補者はいなかっただろうね」

 そうね、と裏萩さんは胸を撫で下ろした。

 どこか頼りない感じのある彼女、彪光を前にしたら選挙では逃げる姿しか見られずに落選していたんじゃないかな。

「君も何気にすごいよね」

「僕? どこが?」

「だってほら、私のほう見てるのにキーボードはちゃんと打ててる」

 ブラインド・タッチか、別にこれは慣れれば誰でもできる事だ。

「これくらい、どうって事ないよ」

「資料も的確なものを用意してくれるから、助かるわ」

「なんとなく、役に立つかなって思ったの選んでるだけさ。まぐれまぐれ」

 僕は印刷のボタンを押して資料を彼女に渡した。

 過去の選挙活動で見事当選した人達のマニフェストやらどこでどのような活動をしたのか、演説内容や演説時間、それに討論会などの内容やら様々な資料だ。

 この中にはちょっとしたコネで手に入れた資料もあるのは秘密。

 時計に視線を投げて、そろそろ行く時間だと彼女に伝え、公開討論会への準備を始めた。

 今日は立候補者それぞれの自己紹介があり、時間制限もあるので短い時間に分かりやすくまとめる必要があるらしい。

 制限時間を越えるのは勿論駄目だが尺が余るのも駄目、原稿は気を配って時間調整も行わなければならない。

 裏萩さんは彪光にまとめてもらった原稿を受け取ってぶつぶつと原稿を軽く読みつつ僕達は討論会の行われる会議室へ。

 原稿を見て喋っても構わないので、あとは躓かずに喋られるかが鍵だ。

 裏萩さんならやれるだろう。

 隣で読み上げている彼女の口調は実にスムーズ、今のところは問題なさそうだ。

 会議室に近づくにつれて生徒の数が増えていった。

 会議室へと、皆が同じ足取りで会議室に到着するやその生徒らも中へ入る。

 プレートが立てられており、観覧席と書かれていて生徒達はその観覧席へと座る。

 観覧席の数は多く、ぱっと見て二十、三十席はある。

 ほぼ満席となっていて、公開討論会は皆が注目するイベントなのだなと実感。

 中には風紀委員や生徒会の腕章をつけている生徒もおり、これから生徒会に入る逸材を早くも見ておこうって事なのかもしれない。

「裏萩さんですね、こちらへどうぞ」

 緊張感が漂ってくる。

 長いテーブルを四つ四角形の形に置いて、それぞれが向き合って討論できるようになっており、自分らが座る席へと案内されて、僕達は席に着いた。

 彪光は扇子を開いて溜め息、裏萩さんは原稿に目を通して周囲が見えていない様子、僕は中へ入ってくる立候補者を一人ずつ確認。

 既に来ていたのは浜角さんと名前の分からない生徒が三名。

 立てられた小さなプレートには本庄誠一ほんじょうせいいち凪風子なぎふうこ八代八潮やしろやしお

 それぞれ名前は覚えておこう。

 持ち込んだノートパソコンに早速名前を打ち込む。

 現時点で、誰が一番印象に残るかといえばやはり浜角さん。

 彼女の隣に座る生徒はひたすら団扇で扇いでマフラーが常に靡くよう努力しており、浜角さんは眉をぴんと張った勇ましい顔。 

 観覧席を見ると皆の視線は浜角さんに寄り気味だ、どうしても視線が行ってしまう彼女の個性はこのような自分をアピールする場では脅威。

 裏萩さんも何かアピールしなきゃ、と彼女を見るも彼女は開始の時間が迫るやコチコチに固まって原稿をまだ読み直していた。

 大丈夫かな――心の中で僕は不安の一言。

 五分後、立候補者全員が揃って討論会が始まった。

 先ずは自己紹介、裏萩さんは四番目。

 一番目、二番目と立候補者の自己紹介がされていくにつれて彼女のコチコチは悪化。

 テーブルに置いてあったお茶を何度も口へ運んでいた。

「それでは裏萩さん、お願いします」

「は、はい!」

 起立、するも同時に原稿を床に落として慌てて拾い上げてやや時間ロス、駆け出しはよろしくない。

 彪光が直ぐに拾い上げて裏萩さんに耳元で、

「ただの自己紹介よ、大事なのは今日じゃなくてこれから。緊張するだけ無駄よ」

 軽く扇子で裏萩さんの頭を叩いてやって何事も無かったかのように彪光は着席。

 裏萩さんは少し緊張が和らいだのか、声がやや震えながらも自己紹介を無事に終わらせた。

 制限時間はギリギリ、なんとか間に合って本人も一安心といったところか。

「マニフェスト、いいね」

「ありがとう、少し彪光さんに考えてもらったのもあるけどね」

 彼女のマニフェストは文化部の活性化、他の部活動生徒と定期的に意見交換をする定例会の復活(部活動の増加よって年々次第に定例会が行われなくなっていつの間にか廃止になったらしい)、地域清掃などボランティア活動の強化、募金箱の設置による地域への貢献、地域との結びつきを高めてお互いの活性化を――

 これらにきちんと納得のできる説明も添えられていたので、ありがちなマニフェストであってもその都度彪光の説明が入り、それを聞いた生徒達は納得して頷いていた。

 手ごたえは十分。

 定例会については、僕達の集めた資料を基に部活動生徒の不満が募っているのが目立っていたのか、不安の解消をすべく、そして乱れがちな部活動場所の確保も整える事で部活動生徒同士のいざこざも解消、親睦も深めるという効果も狙うと説明しただけで部活動に所属している生徒らと思われる観覧席からは拍手が飛んできたくらいだ。

 ただ囁かれたのは、裏萩さんよりも彪光の存在。

 分かりやすい説明に長文でも一切躓かずに時間管理も完璧、裏萩さんが喋るべき場所はスムーズに流れを作って喋らせて最後までまとまりのある終わり方で彪光の手腕に賞賛する生徒の声が聞こえてくる。

 裏萩さんの耳にも届いただろうか、そうだとしたら複雑な気分に陥っているかもしれない。

浜角曾芦はまづのひいろです!」

 おや、次は浜角さんか。

「私のマニフェストは生徒会の体力向上による戦える生徒会!」

 ざわつく。

 彼女は立ち上がって特撮ポージングをする。

 隣で団扇を扇ぐ生徒は必死に扇いでなんとかマフラーを靡かせて維持。 

「この学園に存在する裏サークル、それに増えつつある不良、悪の軍団に生徒の代表である生徒会が立ち向かわねばならない!」

 意気込みは感じられるが、そのポージングはどうかと思うよ。

 けれども関心を持つ生徒も多かった。

 最近では裏サークルの異餌命、それに暴力事件もあった。

 学校問題として裏サークルは長期にわたって問題視されており、しかし裏サークルのほとんどの実態をつかめないままでいる現状。

 過去の資料を見てもマニフェストで裏サークルの問題を挙げた生徒は少ない、自分の身が危険になるかもという不安もあるからであろう。

 二年、三年生徒会長選挙で一人だけ裏サークルの問題をマニフェストにした生徒はいたがその生徒は裏サークルと関わりを持つ生徒だっただけで、普通の立候補者はまず敬遠する。

 真正面から立ち向かおうとする彼女に、魅了された生徒は多い。

 観覧席の生徒を見れば、一目瞭然だ。 

 その後は古戦谷君の気合の入った大きな声でのマニフェスト――目安箱の増設などこれといった特別な興味の引くマニフェストは無かったものの、彼の毅然たる態度は生徒に好印象か。

 最初の討論会はお互いのマニフェストについて質問の投げ合いで、自分が不利と思っている立候補者は特に質問を投げて相手を落としいれようとしているのか、裏萩さんと浜角さんには質問の数は多かった。

 裏萩さんへの質問は、彼女が口ごもるや直ぐに彪光が、

「定例会に関しましては確かに部活動の時間が減ったり、部長が不在の中での部活という問題もありますが、逆に部員同士でのまとまりも必要とされ、部長がいない時にどうするべきかという成長や限られた時間での時間管理能力の向上も効果が見込めると思います」

「しかし定例会はやはり会議室の確保など難しいのでは? 部長への負担にもなりますし」

 次々と質問は投げられる。

 裏萩さんは処理できずに口ごもるまま、彪光は続けてフォロー。

「別に場所なら会議室にこだわらず、教室でも構わないと思います、放課後に教室に残って遊んでいる生徒への注意喚起にもなりますから。部長への負担については、それほど負担を強いらせないように生徒会が用紙などを用意するなど負担軽減を致すなどがいいのではないでしょうか。大切なのは部活動生徒らの意見交換、部長らが集まって話し合って負担を強いる事は一切しません」

 裏萩さんには強力な護衛がついている、そう思ったのか他の立候補者達は標的を変えて無事に最初の討論会が終わった。

「彪光さん、ありがとう……私、全然……立候補者として喋れなかった」

「これから喋れるようになればいい。資料もあるのだから自分なりの意見をしっかり持って」

 帰り際、観覧席の生徒達が言葉にしたのは彪光の名前ばかり。

 僕達はその生徒らの正直な意見を聞いて、足取りがやや重くなる。

「梔子彪光、だっけ?」

「小鳥遊じゃなかった?」

「何か家庭の事情だかで苗字変わったんだって」

「へーそう」

「あの人が選挙に出るべきだったんじゃないかな」

「あれじゃあどっちが立候補者か分からないね」

「結局梔子さんを利用して自分が生徒会長になりたいだけじゃ?」

「あーそうかも」

 裏萩さんは特に、足取りが重いようで歩行が遅くなっていった。

「き、気にしないでいいんじゃないかな」

 僕は咄嗟に裏萩さんへ声を掛けて話を聞かせないようにした。

「うん……」

「今回私もでしゃばりすぎたわ、次からは控える。でもこれは狙い通りなんじゃないかしら」

「狙い通り?」

「私達に注目してる」

「そ、そうね、そうよね!」

 なんとか持ち直した裏萩さんだが、表情はちょいと複雑そうに、強がりで笑顔を見せてるようなぎこちない笑顔。

 その日の帰り道、彪光はまだ学校でやる事があるらしく僕は一人で帰宅。

 新蔵とアンナはまたボクシングでもして帰るのか、玄関で別れて学校敷地内に留まる様子で僕は一人で帰る事に少々寂しさを感じていたり。

 何気に今日は疲れた、討論会で帰りの時間が遅くなってもう夕方六時だ。

 彪光は何時頃に帰ってくるかな、晩御飯を一緒に食べつつこれからの予定を聞きたいところだ――と僕はアパートについて鍵穴に鍵を差し込んだ。

「あれ?」

 鍵が開いている、閉め忘れたかな?

 ドアノブを回して僕は中へ入った。

「おかえり」

 中から、何故か女性の声がした。


 ※ ※ ※ ※


「シャワーの後はオレンジジュースが私には一番だ」

「冷蔵庫の中がオレンジジュースだらけなんですけど」

「飲み物は冷たいままが一番、冷蔵庫に入れるのが普通だろう? 違うか? 少なくとも冷蔵庫にいれるべきだと、私は思うのだよ」

 そりゃあそうだけど何故僕の冷蔵庫にオレンジジュースが大量に入っているのかと、一体何日分あるのかと問いたいんだよ。

 薄いシャツに短パンでオレンジジュースを一缶一気に飲んでゴミ箱へ。

 続けて冷蔵庫を開けて華奈枝さんはまたオレンジジュースを取り出した。

 テーブルにそれを置いて、首に掛けたタオルで額を拭いて完全にリラックス状態。

 何故人の部屋を勝手にやりたい放題で使ってるくせにこうもくつろぎやがるんですかね

「それで、何日いるつもりなんですか」

「その前に敬語はやめないか? 家族だろう?」

「家族、だった」

「今でも私は家族だと思っている」

「僕は思ってない」

 敬語をやめて欲しいならそれはそれで別に構わない、僕が気を遣って喋るか、気楽に喋るかの違いだけなのだから。

「……もう一度聞くけど、何日いるつもりなの?」

「さあ、考えてない」

「じゃあ僕が決める、すぐ出て行って」

「ならば一週間」

 シャワーに入る前に理由を聞いたら探して疲れたからって言っていたがその理由の割りに一週間はおかしくないかな?

「長すぎでしょ」

「別にいいだろう? 旦那は海外出張で家にしばらくいないのだ。寂しいのだよ」

「よくない」

 同時に、腹の虫が騒ぎ始める。

「夕飯は?」

「まだだけど」

「何か作ろうか?」

「別にいい、自分で作れる」

「久しぶりに私が何か作ってあげよう」

「僕の話を少しだけでもいいから聞いてくれ」

 華奈枝さんは台所に立って、包丁を持ち出した。

「何を作って欲しい?」

「……なんでもいい、冷蔵庫の中にあるので適当に作って」

 もう満足するまでこの人には好きにさせておこう。

 僕は反抗するのを諦めてテレビをつけた。

 華奈枝さんと彪光が会ったら面倒な事になりそうだ。

 それにしても怪しい。

 僕を探していたとか、僕を養子にとか、一週間も泊まっていくなんて強引すぎやしないか。

 何か大きな理由を隠しているのでは?

 荷物も見つけた、旅行用の大きめなバッグで鍵が掛けられている。

 鍵を掛けているのは僕に見せまいと? 見せられないものでもあると?

 部屋の隅に置いているのも僕に気にされて中を見られたら困ると思っての配置だろうか。

 少なくとも泊まる日数を考えてないと言っているにしては長期の滞在を考えていたような準備に思われるのだが。

 ――ならば一週間?

 元々そのつもりだったんじゃ? でも何のための一週間? やはり僕を養子として迎え入れるための説得の時間か?

 考えれば考えるほど怪しく感じる。

 いつの間にか目の前に野菜炒めとそういえば残っていたなと見て思い出した安い牛肉は、カリカリのポテトに巻かれた肉巻きと化して置かれた。

 ご飯も用意されて、

「「いただきます」」

 意識してなかったがお互い声が揃い、華奈枝さんは口元を緩めて僕を見てきたが僕はそんな視線を無視して二品を口へと運んだ。

「あ、美味い」

 思わず、感想を漏らしてしまい、更に口元と表情を緩めて嬉しそうな華奈枝さん。

 まあ……。

 しばらくおいしいご飯が食べられるのは悪くは無い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ