一ノ参
腹の虫が騒がしくなった、食堂へ行くとしよう。
今日の昼は何を食べようかな?
日替わりランチは何だろうと話し合っていたところ、食堂を前にして、
「あの、ちょっといいかな?」
また女性の声が僕の背中に届いた。
虎善さんではなく、聞き覚えの無いようでどこかあるような声。
振り返るとそこには朝、僕の教室で見た裏萩智瀬さんが立っていた。
「えっと、僕? それとも彼女?」
対象は二人、先ずどちらに用なのかを確認したい。
僕に用があるとしたら、何の用なのかまったく分からない。
クラスメイトとはいえ話をするのは初めてなのだ。
「どっちも」
にんまりと口元を最大に吊り上げた満面の笑み、彼女への印象はこの時点で好印象を獲得している。
笑顔が素敵な人は良い人、僕なりの判断。
「何の用かしら、これから昼食を食べたいのだけど」
「よかったら昼食をご一緒してもいい?」
訝しげに彼女をじっと見る彪光。
僕も同じように見つめた。
今まで一度も接点が無かったのにいきなり昼食を一緒にと提案してくるのは唐突すぎて妙だ、ただ昼食を一緒に食べたいとかいう用なはずが無い。
何の用か――そして、用件を述べずに昼食を一緒に、とは立ち話で済むものでも直ぐに終わるような話でも無いからこその提案と思われる。
「いいけど、別に」
来るであろう質問が予想できず、しかしここは一先ず昼食を優先して、今日の日替わりランチを三人とも頼んで、適当な場所に着席。
周囲には生徒が何人か座っているが、裏萩さんはその席の位置に対して何も言わなかったので誰かに聞かれたくない話でも無さそうだ。
彪光はカレー美味いわあなんて言いながら裏萩さんの話を待ち、裏萩さんもまたカレー美味しいねーと、二人ともカレーの話しかしておらず、急ぐような話でも無いのだなと僕もカレーを口へ運んだ。
食後にようやく彼女は用件を述べ始めた。
「彪光さん、選挙には出ないんですって?」
「ええ……多分出ないわ」
「多分? では出る可能性も?」
「どうでしょうね」
話というのは選挙についてか。
裏萩さんは選挙に出るのだから、虎善さんが出るか否かの確認を取りたかったのかな?
「もしも出ないのなら、選挙協力者として私に協力してくれないかしら?」
「えー……」
面倒くさいと言いたげに彪光は表情を歪める。
「お願い!」
「どうして私なの?」
「彪光さんの評判は聞いてるわ、新入生代表として入学式に挨拶をしていたのも憶えてる。選挙では彪光さんが出れば確実に一年生徒会長だって噂もあったから、出ないのならば貴方の力を借りたいのよ」
「どうしようかしら……」
扇子を出して、顎に当てる。
裏サークルの活動と選挙、この二つを天秤に掛けてる最中であろうか。
「それと、君も協力して欲しいの。人手が足りなくて、生徒にも親しまれる君は貴重な人材なのよ」
「褒めるのが上手だね」
「嘘じゃないわ、本当よ」
僕には彪光と親しい生徒である僕を選挙協力者にすれば彪光もついてくるんじゃないかっていう魂胆が感じられるんだけど。
感じられるとはいっても、裏萩さんのその綺麗な瞳からはその魂胆は見えず、純粋に頼み込んでいるようにしか見えないから困ってしまう。
「協力したところで私には何の利益にもならないわ」
「そこをなんとか! ほら、選挙関係者は選挙期間は学食半額なのよ!」
むむっ? 今僕にとってとても魅力的な話を聞いたぞ?
つまり、あの高級欄にあるフランス料理やらを半額で頂けると? 一度は食べてみたい学食高級欄、食べられるチャンスだ。
「私は半額に食いつくほど安い人間ではないの」
安い卵を求めてスーパーで奪い合いをしていたのは誰だったかなあ。
「私が生徒会長になったら副会長の座を……」
「生徒会に興味は無いの」
「私が生徒会長になったら貴方の言う事一つ何でも聞く! だからお願い! 中学でも選挙には無縁で、本当に自信が無いの……」
彼女の一年生徒会長選挙に賭ける想いは凄まじいね、なんとしてでも彪光を引き入れて選挙で少しでも有利になって勝ちたいという気迫が感じられる。
「ふうん、何でもねえ……?」
あ、食いついた。
「考えておくわ」
笑みを浮かべて、彪光は食器を返すために席を立つ。
返却コーナーへと僕達は向かうと、
「早いうちに返事を聞かせて」
ついてくる裏萩さん、もう必死。
「はいはい」
「中学でも生徒会長の経験、あったのよね?」
「あったわ」
「今回、もし協力してくれるとしたら、その経験を活かしてやっていけそう?」
「やれるんじゃないかしら」
「なら是非!」
「しつこいわね、そのうち返事するわよ」
食器返却を済ませるや彪光は即座にその場から僕を連れて立ち去った。