一ノ弐
廊下を歩いているだけで、視線が向けられてくる。
僕にではなく、主に虎善さんにだ。
どこかこう、虎善さんは存在感が人一倍強いのかもしれない。
遠くにいる生徒すらちらりと見ただけで目を留めて、総生徒会長だと口を動かしていた。
隣を歩く冴えない男子生徒は誰だろう――うるさいな、放っておいてくれよ。
「聞きたい事があるのだけど、いいかしら?」
「どうぞ、何でもお答えしますよ」
貴方のような美女に質問していただけるなんて光栄でございます、なんて。
「異餌命、どうやら解散したらしいのだけど、何か知らない?」
「え、い、異餌命ですか? いやあ……分かりませんねえ」
「あの子、裏サークルに何か関わっていたり、しない?」
「さ、さあ……?」
「あの子、異餌命の件に何か関わってたりは、しない?」
「ど、どうですかねえ……?」
「貴方、何か知っていたり、しない?」
「ぼ、僕は何も……」
「私に嘘ついてたり、しない?」
「虎善さんに嘘なんかつきませんよ」
心が痛む、後ろめたくて呼吸が苦しくなるな。
「それならいいわ」
虎善さんは扇子を開いて頬を仰ぎ、特に僕へ疑念を抱く様子は無くてほっとした。
彪光は昼休みとなればどこにいるか、と考えるならば先ず昼食を摂るべく食堂やら購買やらへと向かうはず。
今日の朝はコンビニにも寄っていないので昼食は用意していないので間違いないが、もしも購買で何か買ってしまったら、彼女の向かう先はというと――隠し部屋だ。
そうなれば僕は虎善さんをつれて隠し部屋に探しに行く事など先ず無理、見つかるわけのない彪光探しに貴重な昼休みを使ってしまう。
――願わくばすぐに見つかりますように。
そんな僕の願いを神様は聞き届けてくれたのか、廊下を歩いていると――
「牛乳いっぱい飲んでおきなさいな、胸が膨らむわよ」
「ほ、本当でありますか?」
「膨らむ膨らむ。いっぱい飲んでおきなさい」
「むむ……いい事を言うでありますな、牛乳を早速買ってくるであります」
食堂の手前で、話をする二人組みに遭遇。
「君も少しは飲んだほうがいいであります」
「大丈夫、貴方より胸はあるから」
「ぐぬぬ……敗北感ばかり得るであります!」
「でも豊胸に力を入れなくていいんじゃないかしら」
「どうしてでありますか?」
「洗濯板として活用できるじゃない」
「喧嘩を売ってるでありますな! このやろうであります!」
彼女――鍋島さんはぽこぽこと殴りかかるも小柄なその体躯では攻撃力など見込めず。
鼻で笑う彼女――彪光は扇子を取り出して額に一発叩いて状況を治める。
涙目で額を押さえて、悔しそうに彪光を見つめるも、鍋島さんは反論の言葉が中々見つからないようで口は開かず。
「彪光、何をしてるの?」
「あ……ね、姉さん……」
「これは総生徒会長殿!」
びしっと直立する鍋島さん。
まるでここだけ軍隊みたいだ。
「彪光に話があるの、いいかしら?」
「勿論であります!」
後退して場所を譲り頭を下げて鍋島さんはその場を離れた。
彪光はいつもの堂々とした態度も無く、やや縮こまりながら虎善さんの前に。
扇子も出さず視線は伏せがち、君は本当にあの彪光かい? と問いたくなる。
「あまり鍋島をからかわないの」
「はい……すみません」
素直すぎる、僕に対してもその態度であって欲しいね。
「彪光、貴方……選挙には出ないの?」
「い、いえ……私は……出ません」
「どうして?」
「三年の御厨にも選挙には出るなと言われてまして……」
「その件はね、私がそう言うように御厨に言ったの。私の醜い感情が働いただけ」
この学校への入学当初の二人の関係はというととてもよろしくなかった。
虎善さんが一方的に彪光を嫌ってたんだったな。
今はそんな事はなく、こうして普通に会話するようになった――多少ぎこちなさはあるが。
「そう、なのですか」
「だから気にしないで、選挙に出たいのならば出なさい。選挙協力者として御厨も貸すわ」
「……私自身、選挙というものに興味が無いというか」
「気が乗らないようね」
「申し訳ございません……」
彪光が深々と頭を下げて謝罪したとこなんて初めて見たかもしれない。
「いいえ、いいのよ。残念だけど仕方ないわね、心がついていかなくては結果も出ないもの。でもよく考えて彪光。締め切りまでまだ三日あるから、もしやる気になったら私に言って頂戴」
「分かりました、姉さん」
颯爽と立ち去る虎善さんの背中を彪光は暫し見つめて人ごみの中に消えていった頃、僕のほうを向いて、
「結構話しちゃった」
嬉しそうに彪光は言う。
「結構話したね」
「うははんっ!」
ちょ、芸能人を偶然見かけてハイテンションになるようなはしゃぎ方を廊下のど真ん中でやらないで。
嬉しいのは分かったからさ。