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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第四章
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四ノ漆

 異餌命のサイトでは早速書き込みがされていた。

 あの人――名前を聞き忘れたが、彼女に殴られたメンバーが書き込んだものだと思われる。

 殴ってきた奴の外見が詳しく書かれており、メンバーに注意を呼びかけていた。

 外見を書かれてもそれは無駄な事、彼女は姿を変えて襲ってくる。

 異餌命サイトの掲示板は昨日から今日にかけて書き込みが多く、騒然を思わせた。

 何人ではなく、何十人もが不安に駆られて指を走らせている。

 今まで安全地帯から相手を痛めつけて皆で笑っていた連中は、安全地帯に危険人物が入り込んで仲間を殴っていったとあれば緊急事態。

 彪光はパソコンの画面を見て、それはそれは嬉しそうな表情でいた。

 チャットや掲示板では話し合いが行われ、リーダーは様子見のために二日三日は活動無しと発表した。

 守りの体勢に入られるとリーダーを特定できる機会が少なくなってしまう。

 彪光はどうするつもりなのだろう。

 焦げ茶の紙袋を使っているスーパー――スーパー前園は学校から徒歩十五分、僕の住んでいるアパートからでは徒歩十分の距離にある。

 異餌命のリーダーがそのスーパーで卵を購入したとしても、捕まえるには虎善さんにまた卵を投げつけようと計画してくれなければならない。

 スーパーの開店は朝の十時、実行当日の卵の購入は不可能。購入するとすれば計画が出た日か計画実行前日。

 その日を狙ってスーパーで張り込めばいいが、動きが無ければこちらも動けない。

 こうなる事は彪光も解っていたはずだ、こうなってもリーダーを特定できるのならばすぐにでも教えて欲しいものだ。

 しかし。

 ……しかし、違和感がある。

 何だろう、この違和感は。

 何か、彪光だけ知っていて僕達は知らないものでもあるような。

 その日は異餌命の活動は無く、虎善さんは放課後の巡回や会議、部活動一つ一つの見回りに選挙状況の把握、総生徒会長としての多くの業務を無事にこなしていた。

 音々子さんが事前に集めた情報、総生徒会長の放課後活動スケジュールを見るとあの人にしか出来ない気がする。

 鉄人、超人、そんな感じかな。

 久しぶりに気楽な精神状態で校門を通り抜けたと思う。

 卵は投げられない、加工された画像も貼られない、コーヒーと醤油もすりかえられない、今日は何事も無く終わると解っているからだ。

 彪光は校門を出るときに軽く振り返る。

「どうしたの?」

「いえ、行きましょう」

 それでも心配――彪光が虎善さんをどれほど想っているかが感じ取れる素振りだ。

 音々子さんはいつも帰りが遅い、帰るときに虎善さんの様子も見に行ってくれるというので何かあれば連絡がくる。

 今日は安心して帰っていい日だ。

 それなりに四人でわいわいと会話は弾み、新蔵とアンナと別れたところで彪光は帰路を変更した。

「スーパー前園、寄るわ」

 異餌命とは別に、ただの夕食購入といったところか。

「僕も何か買って帰ろうかな」

「貴方、普段はどこで買ってるの?」

「僕? 僕は街のほうにあるスーパーだよ」

「どうして? 前園のほうが近いじゃない」

「どうしてだろう……ああ、から揚げとか惣菜コーナーが充実してるからかも。前園にはあまりないじゃん」

 別に晩御飯に手を抜くために街のスーパーにわざわざ行って惣菜を買いあさってるわけじゃない。

 単にそのスーパーの惣菜が僕好みの味で美味しいからだ。

 しばらく通って味を覚えて自分で再現できればいいんだけど、中々うまくいかない。

「前園、お勧めよ」

「短期間で君はすごく一般庶民に近くなったね、前はお嬢様の見本みたいな感じだったのに」

「私は適応力が高いの」

 最初は苦戦していたようだけど、まあ確かに適応力は高い。

 それから徒歩十分。

 スーパー前園は小型に部類される、それほど大きく広くは無いけど品揃えはぱっと見る限りぼちぼち。

 壁に貼り付けられているチラシを見てみると、卵や野菜は街のスーパーよりも少しだけ安い。

 彪光は店内をうろつくかと思いきや、まるで獲物を探すかのようにあたりを見る。

 時計を確認、何か始まるんですかね?

 夕方四時半。

 店員がゆっくりと歩いてきて、

「タイムセールの時間となりました、今日は肉コーナーがお買い得商品多数揃えております!」

 すたたたた、と軽快な足取りで彪光は走り出す。

 主婦達は皆、買い物かごを持っていて軽快には動けない。

 だから彪光は店に入ってもすぐには買い物かごや商品を取らずにいたようだ。

 あたりをうろついていたのは今日の客は何人か、客の立ち位置はそれぞれどこで、どう動くと予想されるかをじっくり観察していたのだろう。

 一番人が少ない進路が彼女の目の前に用意されているかのように、すらすらと進行していった。

 いとも簡単に鳥の胸肉を一パック手に入れて誇らしげな表情を浮かべる。

 僕はどうしよう。

 晩御飯をどうするか迷っている間に主婦が群がってもはや肉コーナーへ近づいてもお得なものは手に入れられなそうだ。

 卵でも買って冷蔵庫の残り物で何か作るとしよう、何も無かったら彪光に頼るとしよう。

 ついでに、周囲に僕らと同じく若い客がいたら観察もしておかなくてはね。

 異餌命のリーダーはうちの学校に通う学生、顔や性別は不明だがこのスーパーに通っている生徒の中にいる可能性は高い。

 卵を購入する時だけやってくるのならば今日はいないであろうが、一応学生や若い客がいたら顔は覚えておいたほうがいい。

「何見てるの」

「異餌命のリーダー、いるかなって思ってさ」

「いたとしても解らないわよ」

「顔や特徴だけでも覚えておけばさ、いつか役立つかも」

「それ以前に異餌命のリーダー、という事は若い客、若しくは学生――私達以外にいないのだけど」

 そうだね、見回しても僕ら以外に若い客はいない。

 主婦ばっか、食材購入を優先してリーダー探しはやめたほうが良さそうだ。

「それに、いないのははっきりと解る」

「だよね、主婦ばっか」

「……ええ、うん、そうね」

 何だろう、一瞬の間が気になった。

 目の動き、唇の動き、指は一瞬だけ力が入っていたが今は抜けている。

 妙な反応だ……気にはなるけど、今は気にしないでおく。

 彪光は鶏の胸肉でからあげを作りたいが作り方が不安と言うので僕が作る事になり、量的に二人分あるので一緒に食べようと言ってくれたおかげで今日の夕食は決まった。

 是非僕の作るから揚げに感動してもらいたい、味付けの時間が少ないので薄味のから揚げになるかもしれないがそこは工夫してレモンやら塩やら何やらかけて満足してもらおう。

 ちなみに僕は塩をかけるタイプだ。

 彪光は何かかけるかな。

 いただきます――声を揃えてそう言って、僕はから揚げを一つのせて塩を振った。

 彪光は先ず何もかけずに一口。

 次に、腰を上げて冷蔵庫へ向かい、冷蔵庫の扉を開けるとマヨネーズを取り出した。

 なるほど、マヨネーズをかけるタイプのようだ。

 から揚げにマヨネーズを少なすぎず多すぎずかけて、更に塩と胡椒、そして唐辛子。

 随分と調味料を多用するね、それほど薄味ではなかったけど彪光の好みではなかったかな。

「最近、新しい味の開拓をしてるの」

「そうなんだ、からあげ自体の味はどう?」

「美味しいわ」

 それはよかった、安心したよ。

「マヨネーズをかけると更に美味しい、塩をかけるとこれはまた美味しい、唐辛子をかけるととても美味しい」

 あまり変な方向へ開拓はしないほうがいいと僕は思うね。

 それに、

「マヨネーズ、かけすぎは太るよ?」

 美味しいのは同感だがね、かけすぎはいかんよね。

「……気をつけるわ」

 彪光の皿に刻んだキャベツの山をのせてやった。

 バランスよく食事、これは彪光の食生活に染み込ませなければならない。

 夕食を食べ終えたところで、僕は心の中に引っ掛かっていたものを取り除く作業へと入った。

「彪光、異餌命についてなんだけどさ。これからどう動く予定なんだい?」

「リーダーを見つけられるかもしれないのにあいつの襲撃によってチャンスが先延ばしになっている、しかし特に動じず余裕を持っているところから何かリーダーについて確実に特定できる手段でもあるのか、と貴方は聞きたいんじゃないのかしら」

「その通り」

 僕の顔に考えが細かく記載されていたのかと思うくらいに彼女は読み取ってくれる。

「彼らは苛める側から苛められる側になったら、どう反応するかしら?」

「……さあ、慌てふためくんじゃない? サイトを見る限りではそんな感じだったけど、それが?」

「リーダーを見つけられるチャンスは確実にくる、何も今じゃなくていい。むしろ確実に、絶対に、完璧に見つけられる機会を作りたいの」

「罠でも張るのかい?」

「ええ、そのために彼ら異餌命は、苛められる側に回ってもらわないとね」

 昨日、彪光はあの女性と何をひそひそと話していたのだろう。

 彼女の笑みから察するにそれはよろしくは無さそうな内容だったに違いない。

「あの人に何か吹き込んだ?」

「異餌命を見つけるたびに、異餌命が混乱に導かれる方法を教えたわ。明日辺りにはサイトが面白い事になってると思うわよ」

「混乱……? ちょ、ちょっと彪光――」

「私は悪の組織を痛めつけて苦しめて悶えさせて泣き喚かせたい、昨日そう言ったわよね」

 彼女は僕の言葉を即座に遮った。

「ハンターは獲物を捕まえて痛めつけた後、獲物にこう言うの。別の獲物の居場所を教えればお前をもう痛めつけないと。教えてもらったらもっと痛めつけるでしょうね、ハンターは」

「そのハンターってもしかして」

「もしかして、もしかすると、もしかしたら、よ」

 あの人で間違いない、と。

「痛めつけられた獲物達は誰が自分の事を教えたのかと疑い始める、そして痛めつけられていない獲物達は次は自分かもと恐怖する」

 彪光は扇子を開いて、口元をにんまりと歪めて実に楽しそうな笑顔を見せた。

「どうしよう、リーダー、どうする? リーダーは活動を控えるしか手が無い」

「だけど活動を控えたらリーダーを捕まえられるチャンスが無くなるだろう?」

「逆に、獲物の誰かがハンターを捕まえようと、言ってきたら――ハンターは総生徒会長にご執心、総生徒会長へ卵を投げつけておびき出す作戦を提案したら、リーダーは動くかしら」

「……その作戦に獲物が賛同する? 先ずハンターを捕まえようだなんて提案する人が現れるかな?」

「確実に現れる」

 君は預言者かい? 何故解るというのだ。

「だって、柳生小十太が書き込んでくれるもの、私のお願いで」

「でも彼一人の書き込みで動くとは……」

「あいつにはね、異餌命のメンバーを襲ったらそのメンバーのパスも手に入れるよう言っておいたわ。ついでに携帯電話も壊してもらうわ、念のためにね」

 恐ろしい計画を僕は今聞いているようだ、聞かないほうが身のためかもしれないが逃れられる雰囲気でも身分でも無い。

「あのサイト、よく出来てるわよね。メンバーのパス、ちゃんと変更できるようマイページってのから設定できるの」

「……へえ、それはつまり――」

「ええ、つまり、異餌命のメンバーはある日を境にサイトへ入れなくなり、サイトではメンバーに扮したハンターが書き込みを開始する。リーダーにハンターを捕まえようと提案してね」

 今はそのための下準備ってところか。

 異餌命の活動も停止中、こちらも時間が与えられたと同等だ。

 中々に考えてやがるな。

「サイトは荒れ始める、あとはこちらからいつ釣り針を垂らすか。それだけよ」

 うまくいけばいいけど。

「ま、私はリーダーが誰かある程度予想はついてるんだけどね」

「えっ? 本当に?」

 是非にと僕は言い寄ったものの、その後は何も言ってくれず、部屋から追い出されてしまった。

 リーダーが誰か。

 これまで一緒に行動をしてきたが、思い返してもどうしてリーダーが誰か彪光が予想できたのかさっぱり解らない。

 その日は、誰だろう誰だろうと考えていたおかげで中々眠れなかった。

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