一ノ肆
アンナは鞄からグローブを取り出して装着、準備万端だね。
奥へ進むと目の前には壁があり、行き止まりかと思いきや扉が傍にあった。
扉の隙間からは光が漏れており、微かに音も聞こえる。
そっと入る?
勢い良く入る?
彪光は扉を前にどう行動するのか、僕ならそっと入るほうだが。
彼女は小さく呼吸をして、扇子を閉じる。
そして勢い良く扉を蹴破った。
ふむ……やっぱり君は気性が荒いというか、豪快というか……まあそういう面も魅力的だけど。
「ちょ! な、何よあんたら!」
中には女子生徒が一人、写真の人だ。
「騒ぐなクズが」
アンナはジャブを開始。
彼女がその行動をとるだけで威圧が生まれる。
それにしても妙な部屋だ。広さは畳六畳ほどくらいかな、壁にはパソコンのモニターがいくつもあり、彼女は一台のパソコンの前にいた。きちんとしたパソコンデスクであり、しかも扇風機付きで居心地は良さそうだ。
蛸足状態となっているコンセントが床にいくつも伸びており、この部屋での電力消費量は一体どれほどに及ぶのやら。使用した電力の支払いは学校だと思うのだが、やりたい放題という言葉を実現させたような空間だ。
窓は無くとも照明が設置されているわでとても彼女がこの空間を作ったとは思えない。
「貴方、非公認サークルの一つね?」
「……そ、それがどうかしたのかしら?」
もはや否定は出来ないからか、隠さずに言う女子生徒。同じ一年……だったとしても人数が多すぎてどのクラスかは解らないが、一年が一人で非公認サークルの活動しているとは考えにくい。学年は二年か、三年かも。
「単刀直入に言うわよ。このサークルは今日から私が支配する」
「そ、そういう事……サークル狩りがまさかうちに来るとはね……」
サークル狩りという単語、彪光がやろうとしている事は彼女らの業界ではそう呼ばれているようだ。
「ははっ! でもそうはいかないわよ! この改造エアガンにスタンガン! それに催涙スプレーもあるんだから!」
すると彪光はアンナへ視線を投げ掛けた。
首を軽く振って「行け」の合図。
アンナはステップを踏むと、瞬時に女子生徒の懐へと距離を縮め、女子生徒が右手にエアガン、左手にスタンガンを構えても時既に遅し。
「はぎゃ……!」
女子生徒の顔面にアンナの拳が減り込んだ。
ぐしゃり――そんな音が鼓膜に届き、体中に鳥肌が駆け巡る感触に陥る。
「あ、あぎゃ……。は……ひ……」
鼻から溢れる血が彼女の顔を染めていき、もはや反撃どころではなく女子生徒は武器を落とした。
「い、いたひ……」
思わぬ攻撃だったのだろう、呂律も回らず焦点も合っていない。それほどの打撃、あのぐしゃりという音がアンナの攻撃力を教えてくれる。
女だからといって攻撃力が無いとは限らない、筋肉の質や体重移動に鍛え方で変わる拳の固さ、それらが合わさるとたとえ女性であっても攻撃力は出るのだ。
アンナの戦闘スタイルはボクシングが基本のようでステップは軽やか、それに構えも綺麗で先ほど放った懇親の右ストレートは綺麗だった。
完璧な右ストレートだと、素人の僕でも解る。
その右ストレートを顔面で受けた女子生徒には同情してしまう。
「にゃ……にゃんなの……あんた……」
膝をついたところで止めのアッパーで顎を捉えた。
「アンナね。よろしゅー」
その言葉、もはや彼女には届いていない。
床へと倒れて戦闘不能なのは一目瞭然。痙攣しているようにも見られるが見なかった事にしよう。
とりあえず女子生徒を壁側へと運び込んで凭れさせて、ポケットティッシュを持っていたので鼻に詰めて鼻血は止めておいた。
「何も殴らなくたっていいじゃないか」
「相手は武器を持っていた、だからこちらはそれなりの対応をしたまでよ」
それなりの対応……ね。
監視はアンナが引き受け、只管に彼女の顔面めがけてジャブをしていた。ほんの少し前に行くだけでその拳、女子生徒の顔面へ再び減り込むから止めたほうが良いと思うな。
逃げられないように上着は脱ぎ捨てられたのだが、僕には凶器が置かれているようなものだ。視線は決して女子生徒の胸へは向けないでおこう、隣に立つ彪光が僕の視線を何度か見て確認しているようだし。
女子生徒はまだ起きる気配が無いのをいい事に、彪光はパソコンを操作して何やらあくどい事をしている様子。
パソコンの操作は慣れているようで、キーボードを打つ指はぎこちなさがなく流れるように動いていく。
「へえ、そいつ……生徒会の行動とか他のサークルの情報をかなり集めてるようね。保身のためかしら、私達のような存在は流石にイレギュラーだったようだけど」
悪魔のような笑顔でパソコンを操作している彪光には少々距離を置いて僕は周りに置かれている物を調べる事にした。
他のテーブルには小型の監視カメラがいくつも置かれており、何に使うのやらとそれらを僕は持ち上げた。
すると壁に設置されていたモニターの一つが連動して動き、僕の顔が映し出される。線は繋がっていて使えるのは解ったが何に使うのかが問題だ。
小型の時点で見つからないように、っていうのがこの監視カメラの補足説明なのは明らか。
良からぬ事に利用されるに違いない。ここで全部壊しておくべきかな?
「ふむふむ、二年松島音々子か」
女子生徒――音々子さんから剥ぎ取った上着のポケットに入っていた学生証を取り出して彪光はそれを見ながらキーボードを打っていく。
「やっぱり単純よね、パスワードなんて大抵は生年月日を使うもの。まだまだデータを取り出せるわ」
彼女がパソコンに夢中になっている一方で、小さく呻く声が鼓膜に届いた。
音々子……さん、目を覚ましたのかな。
「ん……ここ……あぎゃ!」
上体を前に起こした結果、ジャブをし続けていたアンナの拳が再び彼女の顔へ減り込んだ。
「は……はひっ……」
鼻にはティッシュを詰めておいたものの、更なる出血がティッシュを赤々と染めていく。
僕は慌てて新しいティッシュを渡し、彼女は新しいティッシュに取り替えて鼻に詰め込む。
落ち着いたところで音々子さんは口を開いた。
「小鳥遊……彪光っ」
「あら、私を知ってるの?」
「当然よ、あの小鳥遊家の娘ですもの。情報屋の私が知らないわけが無いわ」
なるほど、そう言われれば情報屋らしい部屋にも見えてくる。
「その小鳥遊家の娘がこんな事してるとわね、くふ……くふふっ」
「弱みでも握ったつもり?」
「いいのかなー、彪光ちゃん?」
弱みを握ったぞと言いたげなにこやかな表情で彼女は調子に乗っていたが、彪光はアンナに視線を送る。
ああ……駄目だこの人、これから可哀想としか言いようがない状況に陥る。
「くふ……ふ?」
アンナは彼女の腰を掴んで持ち上げて逆さまの状態にした。
これからやられる技を予測するに、パイルドライバーという技が見られるのではないかな。この目では滅多に見られない技だ。
「これからアンナは貴方に素晴らしい技をかけてくれるわ、喜びなさい」
「ま、待って! ご、ご、ご、ごめんなさい!」
「はあ? 聞こえないわね」
「正直、調子に乗ってました! す、すみませんでした!」
「アンナ、私がやれと言ったら全力で……ね? 一ヶ月は病院から出られないくらいに」
「了解でゴザる!」
音々子さんの顔から血の気が一瞬で引いていくのが解った。
止めるべきかと考えるも、止めたら止めたで矛先が僕に向けられるかもしれないので僕は動けずにいた。
だってさ、アンナに勝てるわけが無いし何より彼女を逆さまで持ち上げている状況だ。その腕力もすごいが下手に止めに入って何かの拍子に音々子さんがパイルドライバーされたら結局病院送りだ。
「な、なんでもしますから勘弁してください!」
「なんでも?」
「は、はい! な、なんでもしますぅぅう!」
ああ、駄目だねこの流れ。
彼女は開放されると共に何かを犠牲にしてしまうだろう。
「そう、ならば私の下僕になりなさい」
アンナに視線を送ると音々子さんはようやく解放され、しばらく放心状態でいた。
「ま、私も貴方の弱みなら握ったからお互い様よ。貴方、パソコンの中にすんごいの保存してるわね」
「へ……?」
「にゃんにゃんフォルダ、見つけたのよ。このド変態」
そうか、さっきのパスワードがどうたらとかで見つけたんだな。
音々子さんは顔を真っ赤にして、
「み、見たの?」
口をぽっかりと開けて驚愕に顔を満たしていた。
「もう全部見たわ、それに全部コピーしてそこにあったUSBメモリに送っておいたから。これは頂いておくわ」
にゃんにゃんフォルダとは何かと好奇心が沸いてくるが彼女の様子を察するに、よほど見られたくない代物ならばこの好奇心は心の中で潰しておこう。
「もう、なんていうか生きててすみませんでした……。なんでもしますのでにゃんにゃんフォルダだけは公開しないでください……」
泣きながら懇願する彼女を見て、彪光はこれ以上となく嬉しいのか満面の笑みを浮かべた。
「フン、解ればいいのよクズが」
僕は結局何もしてないけれど、こうして僕達はサークルを手に入れ、音々子さんを従えて隠れ家も手に入れての万々歳状態だった。
音々子さん曰く、学校内ではこのような隠し部屋が多く、学校設立者の気まぐれで作られたのだとか。今は隠居しているようで学校側は隠し部屋の存在を知らないらしい。
しかしながら今日のような方法は何とも気が引けるね。
僕がこれから彼女の抑止力となれば、サークル狩りをしていく事で学校は良くなりそうなきもするが……。
一つだけ解る事は、僕らの未来に正義は無いって事だ。
第一章、ここで終了です。次から第二章に入ります。