三ノ陸
でもさ。
日曜日があるじゃない。
休日はまだ一日ある。
だから彪光を誘ってどこかに遊びに行こう。
うん、それがいい。
とか。
思ってたわけですよ、昨日は。
今日? 今日は憂鬱な月曜日。そう、昨日の話なんだよ。
昨日は何をしていたかって?
朝一番に彪光の部屋に行ったら、
「両腕筋肉痛、それにやる事あるから部屋から出たくない。ご飯食べる時は呼んで、二人分作っておいてよ」
これだよ。
高校生らしい休日を過ごしなさいよ! とか自分で言っておいて、それはないんじゃないかなあ。
その後何度説得しても気分が乗らないようでいい返事は聞かせてもらえず。
時々聞こえる話し声から、音々子さんにでも異餌命サイトのパスワードを教えて今度の活動について何か作戦を練ってたのかもしれない。
彪光の部屋にはノートパソコンが一台あり、彼女は一日中それを使って何かやっていた。
――高校生らしい休日を過ごしなさいよ!
言いたかったけど、そんな雰囲気じゃなく。
朝は虎善さんに卵が投げつけられる事は無かった。
けど、学校の至るところに虎善さんの写真が貼り付けられており、どれも悪質な加工や落書きがされていた。
虎善さんは写真剥がしの作業のために挨拶を行わなかったのだ。
昼休みにて。
彪光達と昼食を共にし、残った時間はどうしようかなと話し合っていた頃だ。
鍋島さんがコーヒーメーカーのポットを持って廊下を歩いていたのを見かけ、お互い目が合い彼女は足を止めた。
「あら、えっと……まな板さん」
「まったく違うであります! まの一文字しか合ってないであります!」
「それはごめんなさい。私、胸の無い女性の名前を憶えるの苦手なの」
「酷い言いようでありますな!」
まったくだ。
鍋島さんだってね、ちゃんと……胸、あの……ね? あ、あるんだから……。
僕は思わず、そう、思わず鍋島さんの胸を、そして次に彪光の胸を、最後にアンナの胸を見て回った。
やってはいけなかったのは、鍋島さんと彪光の胸を交互に二回見てしまった事だ。
「……おい、どうして私達だけ余計に見た? 何? 私の胸と、こいつの胸、それほど差がないから見たって事? ん? ん?」
「……君、風紀委員として今のはセクハラとみなし厳重に処罰するでありますよ?」
「す、すみませんでした……」
一方、僕の左隣では。
「アンナ、胸アルだヨー」
新蔵に触らせようとアンナは強引に手を掴んでおり、新蔵は踏ん張って阻止していた。
君達はいつも平和そうな雰囲気が漂ってるね。
こっちでは戦争が勃発しそうなのにさ。
胸を触らせようとするアンナから新蔵は必死に逃げて二人は何処かへいってしまった。もう結婚しちゃえばいいんじゃないかな君達は。
視線を右隣にすると、彪光は僕を睨んでおり、正面を向くと鍋島さんがポットを持って睨んでいる。
ここは話を変えよう。
「あの、それは?」
「これでありますか?」
胸でなくて? と付け足されて僕は必死に首を左右に振った。
「これはですね、コーヒーメーカーのポットであります」
「それくらい知ってるわよぺちゃぱいめ」
「ぺ、ぺちゃ!? 胸の事を一々言うなであります!」
通りかかる生徒達が鍋島さんの胸を見て可哀想に……と言いたげな目を宿して通り過ぎていった。
あんまり見るとセクハラで処罰するでありますよ! と言い回るも落ち込まずに胸を張って戻ってくる彼女、
「実は、悪戯されたのであります」
しかも何事も無かったかのように話を再開する鍋島さんはとても心の強い人間だと、僕は思った。
「悪戯ですか? 特に悪戯されたようには見えませんが」
ポットの中にはコーヒーが半分ほど入っていた。
見た目では何をされたのかまったく解らない。
「匂いを嗅ぐであります」
彼女は僕の鼻にポットを差し出した。
嗅いでみると、
「……醤油?」
「そうであります」
彪光も嗅いでみて、
「匂いだけ醤油で実はコーヒーかも、飲んでみて。全部」
「いやいやいや! 飲まなくても醤油って解るでありますよ! しかも総生徒会長がもう一口飲んで証明したのでありますから!」
「なんですって?」
これは彪光には聞かせてはいけない話だったな。
「先ほど会議室で放課後の活動について打ち合わせをしており、総生徒会長がコーヒーと思ってコップに注いで一口くいっと飲み始めた途端に噴き出したのであります」
運が悪かったようだ。
他の生徒、誰か一人でも先にコーヒーを飲んでいれば醤油を飲んで噴き出さずに済んだだろうに。
「これも異餌命の仕業かしら?」
「けど虎善さん以外が醤油を飲む可能性だってあったはずじゃあ?」
今回は無差別で虎善さんを狙ったとは思えないが。
「それがですね、先に会議室へ入った生徒の話では総生徒会長の座る席に既にコップが置かれてたらしいのであります。総生徒会長が先に来て置いたものだと皆が思い込んだわけであります」
会議室の座席も、虎善さんが座るであろう席の後ろにホワイトボードを置いていたから座席の把握もしやすかったとの事。
計画的。
つまり、そういう事だ。
「……なら、異餌命の仕業と思っていいようだね」
「くだらない事をやるものね異餌命は」
かく言う君も僕の記憶が正しければ最近同じような事をして楽しそうな顔をしていた気がするんだけど、気のせいだったかな?
それから鍋島さんはポットについてこれから調べるらしく忙しそうに行ってしまった。
「偶然、かしら」
「何が?」
「醤油」
やっぱり憶えてたね、南方さん宅でやった醤油の件。
「さあ、偶然じゃない?」
まるで南方さんの家でやっていた事を、誰かが真似たとでも?
「偶然かもしれない、偶然じゃないかもしれない」
「偶然じゃないかもしれなかったら、どうしようっての?」
「……柳生、奴が怪しい。異餌命や異餌命のリーダーと関わりがある可能性も」
確かに醤油の件は僕と彪光、それに小十太さんしか関わってないので容疑者は小十太さんに絞られるけど、前に異餌命のメンバーではと疑って空振りに終わってるのもある。
「まあ、調べるだけ調べてみますか」
「徹底的に調べるわよ」
「あ、はい……」
また尾行かなあ。
もう少し他にも手広く調べていったほうがいいんじゃないかなと思うも、考えてみてどうすればいいのかとすぐに行き詰る。
仕方ない、今は小十太さんの事を調べるとしますか。
こっくりさんとして生徒達に情報収集を求めてみるか? 今でもある程度なら収集力は健在だ。
……いやいや、こっくりさんが異餌命を調べてるなんて噂が広まったら厄介だ。
やめておくとしよう……。
僕って、こっくりさんとしての力が無いと本当に無力。
小さな溜め息をついて僕は彪光についていく。