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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第三章
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三ノ弐



「君達はどうして異餌命を調べてるんだい?」

「気に入らないから」

「気に入らない、ねえ」

 ちゃんとした事情はあるが話したくない――彪光の様子から察するに加えて、

「まあ色々ありまして」

 間に入って、どうでもいいような言葉ではあるも流す意味を含めてた僕の言葉で彼はそれ以上追求せず。

 二階を上がり廊下を数歩重ねて、扉の前で彼は止まる。

 南方さんの部屋はここか。

 扉の下にペット用の扉が設置されてるけど、動物でも飼ってるのかな。

「好子、起きてる?」

 軽く彼はノックするも、反応無し。

「君にちょっと話を聞きたいって子がいるんだけど、中に入れていい?」

 反応無し。

「寝てるのかな?」

「どうでもいいわ、開けて」

「え、でも……」

「さっさと開けなさい」

 彼はドアノブを回すも、鍵が掛けられてるようで開かず。

「……やっぱり。鍵掛けてる」

「なら蹴破りなさい」

「彪光、それは流石に……」

 蹴破るとしても小十太さんか僕が蹴破らなきゃならないよね?

 絶対僕達どちらかが怒られるよね?

「毎回こうさ、俺が会っても部屋から出てきた事は一度も無い」

「つまり、引きこもり?」

 小十太さんは頷く、残念そうに。

 疲労感ある溜め息をついて扉を見つめた。

「時々どこかへ行く事があるって家族の人は言ってたけど、先月から顔すら俺は見てない。よほどの事があったんじゃないかな」

 ……引きこもってしまうほどの精神的苦痛を異餌命に与えられた、と考えるのが妥当か。

 するとその時、ペット用の扉から手が出てきた。

「うわっ!?」

「……な、何? これ……」

 女性ならではの細い手はコップを持っており、床にそっと置いた。

「……おい、小十太。これは、何?」

 彪光は理解できずにじっとコップを見ていた。

 手はすぐに引っ込み、中からは物音がかすかに聞こえる。

「今のはな、好子の手だ。そしてこのコップは、俺に一階の冷蔵庫からコーラを注いで持ってこいという事」

「醤油でも注いでやればいいんじゃないかしら」

「それは酷くないっ!?」

 彪光は続けて、小声で言う。

「やってみましょう、部屋から出てくるかも」

 あんまり乗り気ではない小十太さんに彪光は扇子を向けて、不敵な笑みを浮かべた。

 部屋から出てくるかもしれない――彼はそれに僅かな希望を抱いたのか、悩んだ末に一階へ。

 少々時間が掛かったのは、家族の人に事情を説明していたと思われる。

 戻ってきた時にはコップは二つ。

 どちらも同じ色をしているが、片方はコーラ、もう片方は醤油。

「……やるよ?」

 僕達は頷いて、扉からは少し離れた。

 激怒して部屋から出てきた時の事を考えて、安全な距離を保つ。

 小十太さんはペット用の扉を押して、中にコップを入れた。

「間違えてはいないでしょうね?」

 そそくさとこちらへ来る小十太さんは少々不安げ。

 手に持つコップを口へ運び、

「大丈夫」

 と、こちらがコーラなのを確認。

 炭酸のしゅわしゅわという音がしているので大丈夫だ。

 様子を窺う事一分後。

「――ゲッホゲッフォ! ブッフォ!」

 中から聞こえてきたのは南方さんの咳、盛大に咽ている。

 彪光を見てみると、彼女はまるで宝くじでも当たったかのような満面の笑みで、心から楽しそうだった。

 他人の不幸は蜜の味、その時の表情を描きなさいと言われたら僕は絶対に彪光の今の顔を描くだろうね。

 出てくるかな、どうだろう、と三人で様子を窺っていると、怒りの込められた足音。

 おお、出てくるぞ! と、身構えているとペット用の扉から手が出てきて、コップを勢いよく床に置いて、手はすぐに引っ込んだ。

 勢いよく置いたおかげで床は醤油だらけだ。

 三人で、同時に溜め息。

 何回か、壁を叩く音が聞こえてくる。

 ご立腹のようだ。

「好子、ごめんよ」

 とか言ってるけど面白かったのか、若干顔がにやついてる。

「イラ壁イラ壁マジいっぺんタヒれこのクソカス童貞やることねんまつ逝ってヨシしょーゆいっきして果てろっつーかもう氏ねよはいワロはいワロ本当にありがとうございました人生乙ってくださいねーぷげらー」

 なんか聞こえてきた。

 日本語? うん、多分日本語だと思う。

「悪かったって。ちゃんとコーラあるから部屋から出てくれない?」

 なんか普通に会話してるけど小十太さんは伝わったの?

 僕なんか所々聞いた事のある言葉はあったけど早口すぎてほとんど聞き取れなかったのに。

「はいはいワロスワロス、脳みそかき回していっぺんタヒろうね」

 ペット用の扉がかぱかぱと何度も開いたり閉じたり。

 ここに入れろって事のようだ。

 小十太さんは諦めて溜め息、コップを差し出すと手が伸びてコップを取り、中へ飲み込まれるように入っていった。

「乙」

 結局、彼女は部屋から出てくる事は無かった。

 その後はいくら言葉を投げ掛けても彼女から言葉が返ってくる事は無く、僕達は諦めて家を出た。

「なんていうか、ありがとう」

「何が?」

 別れ際に、小十太さんは僕達へ感謝の言葉を述べる。

 特に何かしたわけではないので感謝される理由が解らない。

「どうしたらあいつが部屋から出てくるかとか、いつも悩んでてね」

 ああ、そういえば家の前でなんか迷ってましたもんね。

「いつもあいつは何も言ってくれないから、声だけでも聞きたかったんだ。今日はそれが叶った。だから、ありがとう」

「私に掛かればこんなものよ」

 君はただ悪戯したかっただけじゃないの?

 疑いの目を向けると、彪光は鋭い眼光を返してきたので僕はすぐさまに目を逸らした。

 なんでもないですよーと空を見上げてみたり。

「俺もただ部屋の前で話すだけじゃなくて色々と工夫してみるよ」

「そうね、次は爆竹でも放り投げてやりなさい」

「駄目でしょそれ!」

 やめてさしあげて、本当に。

「ふむ……」

「ふむ……じゃないですよ、やらないでくださいね!」

 小十太さんもそういう手もあるのかみたいに考え込まないでっ。

「ん? ああ、解ってるよ」

 ……不安だ。

「もし話をする事があれば、是非異餌命について聞いて頂戴」

「了解だ」

 話を聞けなかったのは残念だ。

 次の機会があればその時に期待しよう。

「それと、総生徒会長をまた撮ってたりはしてないでしょうね?」

「……してないよ?」

 怪しい。

 目を逸らして言われると、ね?

 彪光はしばらく彼を睨むように見つめる。

「携帯電話、出して」

「し、信用しろよ!」

「……まあ、いいわ」

 少しは小十太さんを信用してあげてもいいんじゃないかな。

 それに虎善さんの写真を撮る事は悪い事じゃないしさ。

 小十太さんとはそこでお別れ。

 何気に時間が掛かってしまった、腹の虫も鳴き始めたので彪光と相談の結果、今日はこれで終わって一度南方さんは後回しにして秋野嶋杏子に話を聞きに行くとし、その機会はまた今度とした。

 ――被害にあった生徒は何か隠してるようだった。

 今日の会話からでは南方さんが何か隠しているような雰囲気はまったく解らない。

 まあ、南方さんじゃなく秋野嶋さんが何か隠しているのかもしれないし、現時点では判断できない、しなくていい。

「南方好子は日本人よね?」

「どうしたんだいきなり、日本人に決まってるじゃないか」

「……ええ、そうよね。日本語って、難しいわ」

 確かに。

 日本語って難しい。

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