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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第一章
33/90

一ノ陸

「何? どうしたの?」

「あ、あの! あ、頭!」

「頭? 私の頭がどうかしたかしら? 頭が悪いとか言うつもりならばその理由を是非原稿用紙十枚分くらいに収めて私に提出して欲しいのだけど」

「……違うんです、あの……」

「ならば、何?」

 彼女は腕を組んで僕の傍へと寄ってくる。

 目の前に来て、仁王立ち。

 その堂々として、凛とした態度、綺麗な瞳は心を鷲掴みするような魅力、ここに婚姻届があったら思わず名前書いてくださいと懇願してたかもしれない。

「ま、また……卵」

「卵?」

 僕は指差した、卵を。

 彼女の頭に乗っている卵を。

「ああ、これ? ええ、そうね。卵よ」

 新鮮そうな黄色、美味しそうな生卵。

「それより貴方、学校裏に何をしに来たの」

 それよりで済ませるんですか虎善さん……。

 頭に卵が乗っけてるほうが今は重要だと思うんですがね。

「えっと」

 なんて答えよう。

「その」

 虎善さんの頭の上にうまい具合に乗ってる卵が僕の思考を乱してくる。

 どうしたの、とやや首を傾げるも卵は揺れるのみ、落ちそうで落ちない。

 掬い取るように動かして落としてしまいたい。

「あ、彪光を探してまして、見ませんでした?」

 僕の目的である彪光を引っ張り出してここは理由として利用して乗り切るとする。

「いいえ、見なかったわ」

「虎善さんはここで何を?」

 ついでに話を別に方向へ。

 言下に言葉を付け加えるならば――卵を乗せて、だ。

「昼食の前に敷地内周辺の見回りをしようと思ってね」

「一人で、ですか?」

 昨日の事件があったのだからもう少し慎重になるべきだ。

「そうよ、これは生徒会の仕事というよりも私個人としての仕事。生徒会に所属している生徒を昼に引っ張り出しはしない」

 流石は総生徒会長だ。

「……とりあえず、その卵。取りましょう」

「そうね、昨日あれからまたあるかもと思ってフライパンを持参しておいてよかったわ」

 すると肩に掛けていたバッグから虎善さんはフライパンを取り出して、頭を傾けて生卵を落下。

 うまく着地はしたが飛び散ってしまった。

「……割れたわ。スクランブルエッグにしようかしら」

「食べるんですか!?」

「食べ物を粗末にはできない」

 さ、流石は総生徒会長だ……。

「その、いじ……いえ、あの、嫌がらせとかよくされるんです?」

 苛められてるんですか、とは素直に聞けず僕は言い換えた。

「いいえ、された事は無いわ。総生徒会長と発表されてから卵がどこからか飛んできたり、靴が隠されたり、背中にアホと書かれた紙を貼り付けられたりするお茶目な悪戯ならされるけど」

 悪戯程度で収めてしまうんですか。

 もしかして虎善さんって天然?

「でも総生徒会長にこんな事するなんて大問題ですよ!」

「そうかしら? それよりも私は卵を粗末にするほうが大問題だと思うわ、だから私にとって貴方の大問題はちっぽけなものでしかない」

 余った左手を懐に入れ、虎善さんは扇子を取り出して片手で開く。

 軽く頬を扇ぎ、扇子を閉じて顎に当てた。

 仕草一つ一つに惚れてしまいそうな魅力がある。

「それに、珍しい事では無いのよ。冬にも、先月にも同じような事があったわ」

「同じような事……?」

 異餌命に標的にされた生徒の事かもしれない。

「卵をよく投げつけられてた生徒がいたの。その二人はそれで不登校になってしまったの。今も学校に一度も来れてないわ」

「投げつけた生徒は?」

「学校と共に生徒会も調査したのだけれどやった生徒は解らなかったわ。生徒達の話から異餌命という裏サークルがやったのではという情報しか得られなかったの。おそらく自分も苛められるかもしれないという恐怖概念が生徒の口を縛り付けていたのね」

「あの……」

 僕は喉の奥で待機してる言葉を虎善さんへと放つ。

「何?」

「虎善さんも今、その異餌命の被害に遭ってる最中なのでは?」

「かもしれないわ」

「暢気に卵が投げてこられるのに備えてフライパン持ってる場合じゃないですよ!」

「もしも異餌命の仕業ならば好都合」

「好都合?」

「私を囮にして異餌命を捕まえる。そして異餌命は解散、生徒会の勝ちよ」

 上手くいってくれればいいのだけど。

「それに私が異餌命を見つけ出して解散させられなかったのが問題、冬に起きた事件は私が先頭を切って調査したのに、何も出来なかった。私のせいでその生徒は不登校になったも同然」

「そんな考えに結び付けないでくださいよ。虎善さんが悪いんじゃないんだから」

「いいえ、私が悪いわ。私の力不足。だから私は異餌命の被害に今遭ってるとしても、それは罰として受け入れる。そして異餌命に関わっている生徒全員には罪を償わせる」

 虎善さんは本当に強い人だ。

 尊敬しか沸いてこない、この人が総生徒会長に任命されたのは心から納得できる。

「問題は今選挙中だから生徒会で私に時間を預けてくれる生徒が少ない事、選挙を考えると私も頼みづらい事。生徒の多いこの学校では少人数で顔も知らない奴らの犯行を現行犯で捕らえなければならないが難しい」

 選挙中なら尚更、生徒達は休み時間でもどたばたとしてどこもかしこも人、人、人。

 時期が本当に悪い。

「今は生徒会も忙しいから異餌命の調査は私を中心にするとは思うけど、あまり力は入れられないわね」

「僕も出来る限り協力します、もし見つけたら捕まえますよ」

 絶対に。

 彪光のためにも捕まえなければ。

「頼りになるわ、ありがとう。もしこの件が解決したらスクランブルエッグをあげるわ」

 それはどうも。

「そうだ、異餌命の被害に遭った生徒について教えてくれませんか?」

「……ごめんなさいね、秘密事項なの。噂が広まったのもあって拡散防止のためにね。貴方にだけ特別扱いも出来ない、総生徒会長として教えられないわ」

「そうですよね、すみません」

「ただ、その生徒達、どちらだったかしら……何か隠してるようだった」

「何か?」

「そう、とても重要な事――な気がする……ああ、これは独り言だから。忘れて」

 気になる。

 被害に遭った生徒、探して話を聞く価値がありそうだ。

 そろそろ彪光を探しに行くか。

 僕はそう思って別れを言って足を動かそうとしたが、

「その、彪光は、元気?」

 また扇子を開くや口元を扇子で隠して、目を逸らしながら虎善さんがそう言って僕の足を止めた。

「元気ですよ、とても」

「あの子、寮には入ったの?」

「いいえ、寮のルールが気に入らないって言ってアパートを借りて一人暮らしです」

「そう……。一人暮らし、ねえ。生活費は?」

「彼女を援助してくれる人達がいて大丈夫らしいです」

 すると虎善さんは長考。

 後に、

「援助交さ――」

「違います!」

 変な事を言おうとしていたので言葉を遮断。

「安心したわ」

「心配してくれるんですね」

 虎善さんは扇子をやや顔半分ほどまで上げて、空をじっと見つめ始めた。

「……してない」

 素直じゃない、この人。

「あんな妹、好きじゃないし、一人暮らししてせいぜいするし、むかつくし、可愛いし」

 最後はなんか褒めてないですか?

 虎善さんは今まで彪光に冷たく接してきた事を思い返すと、素直に彪光へ距離を縮められないのだろう。

 何かきっかけが必要だ。

 例えば、彪光が異餌命のリーダーを懲らしめて異餌命を解散させて虎善さんに報告……とか。

 そして。

 そして、だ。

 ありがとう彪光、貴方は最高の妹よ、家に帰っておいで!

 姉さん、嗚呼……私の最高の姉さん、喜んで!

 そして二人は仲良くおうちへ帰ってスクランブルエッグを食べるのでした。


 完。


 これだ。

「でも彪光はいつも貴方を想ってます」

「……そう」

 嬉しがると思ったけど反応は今一。

「……またね」

 虎善さんは正面玄関のほうへと歩いていった。

 おそらく学校へ入って調理実習室であの卵をスクランブルエッグにするつもりだ。

 その後、僕は彪光を探すと彼女は隠し部屋で仮眠を取っており、昼ごはん食べに行こうと言って身体を揺さぶっていたら扇子で殴られた。

 ていうか彪光、隠し部屋に布団を持ってくるのはどうかと思うよ。



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