一ノ伍
次の日の体育の時間にて。
昨日の事を思い出すたびに僕は溜め息をついていた。
「どうした、溜め息なんて」
今日の体育はバスケット、バレー、卓球の中からどれか選べと言われたので僕は卓球を選択して、ちょっとやって休憩――というよりサボり。
新蔵も僕と同じくサボり中。
先生に注意されたら二人で卓球をして、また休憩すればいいっていう魂胆だ。
アンナはなんかバレーでその体躯から想像できない跳躍と強烈なスパイクをかましていた、彼女は超人かなんかかな?
「昨日さ、御厨さんが腹パンボックスの犠牲になった」
「おめでとう、と言うべきか?」
「言うべきじゃないよっ」
「すまん」
彪光はあの後、隠し部屋に帰って只管大笑い。
僕は御厨さんの声が忘れられず罪悪感に苛まれていた。
「はあ……異餌命のほうは専用サイトもまだ見つからないし長引きそうで、早くも心労が……」
画面とにらめっこしていた音々子さんの様子から苦戦を感じられた、今日も隠し部屋へ行けばきっと同じ光景が待ってるであろう。
「彪光の言ってたように総生徒会長の尾行をして異餌命メンバーを探してみるか?」
「今のところはそれをするくらいしか無いかも」
「頑張るとするか」
「でも新蔵、今日子ちゃんはいいの?」
学校が終わったらすぐにでも病院に行って会いたいんじゃないのかな。
「夕方は親父が見てくれるし夜の八時までにいけば会えるから問題無い」
「本心はもっと長い時間一緒に過ごしたいとか思ってない? 無理してない? 大丈夫?」
「大丈夫だ、気にするな」
でもなるべくは新蔵を早く帰してやりたい。
早いとこ異餌命とやらを見つけて潰して総生徒会長も卵投げられる事無く終わって万々歳といきたいところ。
それに、
「――そうそう、退院祝いやらない? 彪光が言ってたんだけどさ」
「ああ、いいな。今日子も喜ぶ」
今日子ちゃんの退院祝いパーティまでにはこの件は解決させたい。
「今日子ちゃんは何が好きかな」
「野菜全般」
「ベジタリアン?」
「近いな。あとからあげ」
よし、では野菜いっぱいとからあげを用意しよう。
なんかこういう、パーティっての初めてだから考えるだけで興奮してくる。
実は僕、昔から人付き合いが苦手なほうで友達とパーティというのも生まれてこの方やった事が無い。
僕の誕生日はというと部屋で一人でケーキ食べて、食べ終わったら誕生日パーティ終了。
思い出すと悲しくなる。
「皆来るよな」
「来る来る」
「アンナも?」
「絶対来るね、楽シみヨー! とかハイテンションで」
「そうか、よかった」
表情に変化は無いが、なんだろう……僕には彼の無表情がどこか嬉しそうに見えた。
新蔵は最近アンナとは仲がいいし、二人はよく行動を共にしている。
もしかして好意を持っているのかな? どうだろう、僕には解らない。
恋愛なんてした事無いから、疎いんだよね。
「昨日アンナとは何時までボクシングしてたの?」
「六時半くらいまでかな、今日は俺に勝つまで帰らないってムキになって何度も挑んできた。ボクシング部が見学し始めて恥ずかしかったぜ」
「新蔵強いねぇ、僕にもその強さ分けて欲しいな」
前に二人が対決した時はアンナが勝利したけど、まぐれみたいなものだったしアンナの二勝目はまだ遠い未来かも。
「まだまだ俺は弱いよ」
「またまた謙遜を」
「アンナと鍛えてるともっと強くなれるかも。お前も一緒にやるか?」
「死んでしまいます」
本当に。
あ、でも僕でも勝てそうなのはある。
卓球台が空いて折角の体育の時間だしと僕達は卓球対決。
新蔵は卓球が苦手のようで、ラケットにボールが今一当たらず、僕が点を重ねていった。
「強いな」
「ふふん」
ちょっと複雑だけど強いと言われるのは悪い気分ではない。
僕も独学で素人に毛が生えた程度だけど、新蔵に得意げにラケットの振りを教えてあげたりしてささやかな優越感。
こんなもんで優越感に浸るとかちっちゃい奴だなと言われそう。
教えたら教えたで、新蔵のラケットにボールが当たると、まるでボールは閃光のように天井へ飛んでいった。
「むっ」
「えっ」
……落ちてこない。
「……」
「……」
……ボールは最初から無かった、そうする事にしよう。
もしも僕の顔面に飛んできたらどうなっていたのかな。
……考えるのはやめておこう。
体育は午前の四時間目だったので終わるやそのまま昼休みの時間。
「食堂行かない?」
「悪いな、担任に呼ばれてるから遅れる。先に食べててくれ」
「そっかあ、了解」
アンナはというと、新蔵が職員室へ向かうのを見るや何故かついていっており、僕一人の状況が発生。
どうしよう。
そうだ、彪光誘おう。
彪光のクラスは三組、もう授業が終わってるから入れ違いになったら嫌だな。
そう思って駆け足で向かったが、三組の教室へ到着して中を覗いて彪光を探すも彼女の姿は無し。
……入れ違いだ。
もう授業は終わっている、他のクラスよりも早く終わったのかな。教室にいる生徒が少ない。
「あ、あの」
知らない人に話しかけるのは、勇気がいる。
近くにいて、割と明るそうな女子生徒に、緊張して若干声が震えるも勇気を振り絞って声を掛けた。
「はい?」
「彪光、知りません?」
「彪光さん? 彼女なら授業が終わってすぐに教室から出て行ったわよ? 急ぎの用かしら、駆け足気味で」
「そう、ですか。ありがとうございます」
隠し部屋に向かったのかな、音々子さんのほうで何か進展があって報告があったとか。
隠し部屋に向かうか……?
でもあそこまで行って彪光がいなかったら貴重な昼休みを無駄にするし……まだ食堂も探してない。
今日はいち早く食べたいメニューがあったのかもしれない。
それで急いで食堂に、とかさ。
……うーん、急いで行くほどか? やはり隠し部屋?
僕は悩んだ末に隠し部屋へと向かう事にした。
食堂に向かうにも昼休みになったばかりの今の時間では人が多すぎて大変だ。
学校を出て、僕は学校裏へと行く。
人は当然いない、昼休みに学校裏に用がある生徒などいないからね。
しかし。
しかし、だ。
裏へと回った途端に女子生徒発見。
慌てて踵を返そうとするも、その女子生徒と目が合い足が止まる。
「あら」
知らない生徒なら、僕はちょっとぶらりとしてただけみたいな雰囲気でその場から離れるけど、相手は知っている人で声まで掛けられちゃあ足を止めるしかない。
「あ、どうも。虎善さん……って、虎善さん!」
他にも、足を止める理由はあった。
止めざるを得ない理由が。