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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第二部『異餌命編』:第一章
29/90

一ノ弐

 総生徒会長卵事件。

 南奥平輪学園高等学校全生徒へと流布されたその事件は、本日の授業一時間前が始まるまで生徒達の話題をさらい、授業が始まっても尚声を潜めて話す生徒は誰もがその話をしていた。

「今朝の事件、聞いた? 聞いた? 聞いたあ?」

 隣の席に座る柳生さんもその一人だ。

「むしろ目の前で見たよ」

「ほんとに? どうだった?」

「どうだったって……た、卵な感じ?」

 衝撃的過ぎて、感想が思い浮かばない。

「卵な感じってなんかよく解らないわね。総生徒会長の反応は?」

「特にこれといって。堂々としてたよ」

「……流石総生徒会長なだけあるわね」

 総生徒会長なだけ、というか、虎善さんだからこそ堂々としていたんじゃないかな。

 普通の人なら混乱して慌てふためくか、僕なら驚いて叫ぶかも。

「事件のおかげで私まだ総生徒会長の顔見てないのよね、綺麗な人?」

 彼女の好奇心が質問となっていくつも飛んでくる。

 総生徒会長という存在はやはり皆の興味を引くものなんだなあ。

「とても綺麗な人だよ」

 彪光に似て、と説明しても柳生さんは彪光の事解らないな。

「長くて艶やかな黒髪で、綺麗な肌、身長は僕よりちょっと高めでモデルみたいな人」

「うわあ、見てみたいなあ……」

 是非見てみる事をお勧めする、眼福だよ眼福。

「服部、あんたは見た事ある?」

 僕の目の前にある大きな背中、彼――服部新蔵はゆっくりとこちらを向いた。

「何を?」

「総生徒会長よ」

「見た事は無い」

 特に興味も無いと付け加えたそうな顔をしている。

「綺麗なんだって」

「そうか」

 話題の内容が広がらない。

「んもー、ちょっとは興味持ちなさいよっ」

「悪いな、今はそんなのに興味が微塵も沸かない」

 新蔵を虜にしているのは元気になった妹の今日子ちゃんだ、頭の中は今日子ちゃんの事でいっぱいって感じかな?

「でも誰が卵投げたんだろう」

「それねえ……」

 柳生さんは何か知っていそうな口調で、一度言葉を止めた。

 周囲を一瞥して、今さっき話していた時よりも更に音量を下げて口を開いた。

「裏サークルって知ってる?」

「裏……? いや」

 実はとある裏サークルに所属してまして。

 名前もついておらず、五人しかいない小さな裏サークルなんだけどさ。

 ――とか言えない。

 彼女は次に新蔵へ今の質問を込めた視線を送る。

「……俺も知らない」

「なんかさ、名前の通り裏で密かに活動するサークルがあるんだけどさ。異なるに餌に命で異餌命っていうサークル」

「いじめい?」

 名前からしてあまり良い印象は感じられない。

 裏サークルの時点で良し悪しも無いが。

「誰か標的を決めたら裏掲示板とか利用してそいつを苛めるとか。今回の標的は総生徒会長って話よ」

「それで卵を投げつけられたと?」

 彼女は頷いた。

 その話が本当なら今回の件はただの悪戯ではなく裏サークルによる活動で虎善さんが標的……。

 しかし何故卵を使ったのやら。

 異餌命ってのは標的に卵を投げつけるのも活動の一つなのかな?

「異餌命の専用サイトもあるらしいわ。そいつらはやる事も陰湿で気が済むまでやるんだって」

 ならばまだあのような悪戯は続くかもしれないのか。

「詳しいね」

「兄貴が言ってたの」

 お兄さんいたんだ、どんな人だろう。

「それに兄貴の知り合いも異餌命の標的にされて不登校になったのよね、気になって私も少し調べてたの、マシな情報は得られなかったけど」

 彼女から聞いた話は僕にとって十分にマシな情報だった。

 アンナは二時間目の授業中に登校してきて、傷の具合を聞くとダイジョブよーと僕の顔に向かって元気にジャブを繰り出していた。

 もうある程度動けるアピールのようだけどジャブによって繰り出される風が肌に当たって怖いので止めていただきたい。

 まったく、こんな小柄な体躯なのに強烈なパンチ力を秘めてるのだから見た目っていうのは判断できない。

 襟元を覆い隠すくらいの長さである金髪、しかもさらさらで彼女が教室に入ると近くの女子生徒は必ずと言っていいほど彼女の髪を触る。

 僕も触りたい。

 ……なんて。

 アンナはクラスの人気者、そんな彼女も彪光の裏サークルメンバーの一人。

 クラスメイトも彼女が裏サークルに所属しているなんて想像すら出来ないだろう。

 放課後になると、僕と新蔵、アンナはそれぞれ別々に教室を出て学校の外へ。

 学校の裏に回って、僕達は茂みの中にて合流。

 僕らは第二資料室に入れる学校の窓、その下の壁部分にある小さな光を見ていた。

「青だ」

「オッケーね」

 センサーである。

 正面――僕らのいる場所だけは人を感知しないので、僕ら以外が近くにいれば赤、青なら人はいないという印だ。

 素早く隠していた脚立を取り出して壁に掛けて、事前に鍵が開けられた窓から第二資料室へと侵入。

 最後に中へ入った新蔵が脚立を回収、人数が多いと行動が流れるようにすばやく出来ていいね。

 隠し部屋への入り方は以前とは変わり、床にある小さなボタンと近くの本棚に並べられている誰も読まなそうな本を引くと本棚が回転して隠し部屋に入れるようになった。

 入り方や周囲の設備がどんどん進化していく、そのうち漫画や映画でありそうな派手なからくりも取り入れられるのではないかとちょっと期待している。

 中に入ると眉間に深いしわが刻まれた一人の少女と、正座して息の荒い少女が一人。

「できない? 貴方は何を言ってるの?」

「だ、だって……学校全体に隠しカメラなんて無理です……」

「黙れメス豚」

 少女は閉じた扇子で両頬を叩く。

「ああっ! す、すみませんでした彪光様ァ……」

 恍惚の表情を浮かべる少女。

 これはなんかのプレイかな?

 まあこんなやりとりをするのは彪光と音々ねねこさんしかいないのだが。

「生徒全員に盗聴器も仕掛けて、何が何でも姉さんに卵を投げつけた奴を見つけるわよ。うまくいった暁にはご褒美をあげるわ」

「わかりました! 頑張ります!」

「やめてっ」

 ストップ人権侵害。

「何を?」

 彪光は怒気を帯びた表情で僕を見る。

 虎善さんが卵を投げつけられた事を心から怒っている様子で、放課後になってもその怒気はまったく治まっていないようだ。

 とりあえずエアコンを作動させて、冷気に当たってもらって火照りを冷ましてもらおう。

 この部屋、エアコンや換気扇、壁には蛇口、流し台がついてたりしてるので生活出来るレベルだ。

 窓が無いから照明を消すと真っ暗なのが難点だけど。

「学校全体に隠しカメラとか生徒全員に盗聴器なんて無茶だよ」

 この学校の生徒は何人いると思ってるのやら。

 いや、何人いようがやるのは音々子さんだからいいって話? それはそれで駄目だけど。

「無理、無茶、無謀だな」

「ムリ、ムチャア、ムーボ、だナ」

 新蔵とアンナもそう言って、アンナと一緒に座ってテーブルのお菓子を食べ始める。

 チョコを宙へ投げて、それをアンナは口でキャッチして、お互い笑顔で顔を合わせていた。二人とも仲良いね。

「何か案でもあるのかしら?」

「俺は無い」

「アンナも無いヨ」

「僕はあるよ」

 彪光は腰を下ろして、音々子さんがすばやく運んでくるお茶に手を伸ばし、一口飲む。

「聞かせて」

 その後にそう言って、扇子を開いた。

 一つ一つの仕草がどこか煌びやかだ。

「今回の生卵事件、裏サークルが絡んでるかもしれない」

「そうなの?」

 僕は裏サークルがどういうものなのか、柳生さんが言っていたのをそのまま彼女に説明した。

「ふぅん……異餌命ね。クズが多そう」

「異餌命を中心に先ずは情報集めをしたほうがいいと思うんだ。今回の件は僕も気になるから、手伝ってもいいよ」

「手伝うのは貴方の義務」

「世知辛いな」

 サークル活動内容は異餌命の調査、又は異餌命を潰すでいいのかな。

 彪光の事だからもう潰すつもりなのかもしれないけど。

「よし、その裏サークルを潰すわよ」

 ほうらやっぱりね。




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