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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第四章
20/90

四ノ弐


 教室へ入って開口一番、僕は寝坊しましたと説明して着席。

 今まで無遅刻無欠席だったので特に強く言われず追求もされずお咎め無くで、怒られるかもなんていうちょっとした不安は杞憂に終わった。

「珍しいわね、あんたが遅刻するなんて」

 柳生さんはアンナに板チョコを与えて、アンナはそれをぱくぱくししつつの状況に先ず反応したいところだが、

「うん、目覚まし時計のアラームが鳴らなくて」

 とりあえず後ろめたさ少々ではあるも言い訳に質を持たせるべく嘘を付き、嘘も方便とか都合の良い言葉を脳内で呟いたり。

 それにしてもアンナの奴、意外とクラスに馴染んでる。

 クラスメイトは何かとお菓子やらを与えてアンナがそれを食べるのはお約束のようだ。

 周囲はまだ日本語を慣れていない彼女のために漢字を教えたりしているし、周囲を明るくするその性格は生徒を磁石のように引きつけ、惹きつける。

 もしかしたら今までは新蔵がいたたためにここらの席は敬遠されていたのかもしれない。

 でもきっと、これからはこんな明るいクラスが当たり前になると思う。

 新蔵が学校に来たら、いつもとは違う彼にきっと皆は距離を縮めてくれるだろう。

 これからの新蔵は笑顔を振り撒いてくれるはずだからね、彼の背中に引っ付く幸せが彼を押してくれるしさ。

 それから暫しの時が流れて昼休み。

 僕は教室を出て、普段なら食堂へ直接行くところだが彪光のいるクラスへと足を運んだ。

 あいつ、そういえばクラス何組だったっけ?

 そんな疑問を頭の上にクエスチョンマークと共に浮かべて天井を仰ぐ。

「三組ネ」

 いつの間にか隣にいたアンナはまるで僕の思考を読み取ったかのようにそう答えた。

「三組、ああ、そうだった……。ありがとう」

「ガンバるね、にーたん」

 今日はにーたんか。

 ……っていうかさ、

「君は一緒に来ないの?」

「きょーは、二人でいるのいいと思ウ」

 そうかなあ。

「そうダヨ」

 君は僕の考えが解るのかなあ。

「ワカラないヨ」

「いや、解ってるだろ」

 僕は思考が顔に出るのかな。

 どうだっていいけど、仕方ないので一人で三組へと向かった。

 他のクラスには一度も行った事は無く、行く機会なんてそうそう無い。

 別に他のクラスに友達がわんさかいるとかでもないし、いたとしても僕は今のクラスとの交流を優先するのでどちらにせよ行く機会は無かったかな。

 しかしながら昼休みってのは、廊下は食堂という場所でイベントが行われてるので焦らずゆっくり向かってくださいと良い声がけができる警備員を配置したくなるくらいに激しい。

 それも僕が人の流れとは逆へと突き進んでいるからであろう。

 ようやく三組にたどり着くと席についてる生徒は十数人、所謂弁当勢だ。

 その中で弁当を開かずにいる見覚えのある小さな背中。

 どうしようか、入って声を掛けようか。

 彪光が人目を何気に気にしていた素振りもあったし、判断に悩む。

 しかし騒がしい廊下も廊下だしここから声を出すのは少々避けたい、無関係な人が聞き取って本人が聞いてなかったら妙な空気が流れそうだ。

 となればここは文明の利器を活用しようではないか。

 僕は携帯電話を取り出して彪光に連絡した。

 以前に着信があったからね、それで彼女の電話番号は取得済み。

 でもどうやら着信には気づいていないようでその背中は微動だにせず。

 仕方が無い……。

 こっそりと侵入して軽く声を掛けて出て行く、そんな感じでいいか。

 誰かに入っていいかと言ったほうがいいのかななんて思ったが、まあ駄目と言う生徒はいないと思うので僕は普通に三組の教室へ侵入。

 そっと小さな背中向かって歩いていき、肩を軽く叩いた。

「……あら、わざわざ来てくれたの?」

「そうだよ、一緒に昼飯食べよう」

 そのやりとりを聞いた周囲の数名はこちらへ視線を向けてくるが僕は別に構いやしない。

 彪光も特に気にしていない様子で一安心。

 怒られるかもと思ったけど、まあ……今日は、今日だからこそ人目なんて気にする必要は無いのかもね。

 食堂へ向かうのは人の流れに続けばいいだけだったので苦労はせずすんなりと到着。

 けれどやはり食券を買う時に起きる渋滞は勘弁してほしいものだ。

「今日は……貴方に任せるわ。おすすめを選んで頂戴」

「おすすめねえ……」

 僕のお勧めはすごく平凡なものばかりだ。

 カレーとか牛丼とかカツ丼とか、これまで食べてきたものはそういうので括られる。

 彼女が普段食べているのはきっと高級欄で括られているメニューであろう。

 そんな僕と彼女とでは品選びすら大きな距離感を生んでしまう。

 この距離感で僕がおすすめを彼女のために選ぶのは、言い方を変えると強いるっていう行為に値するだけじゃないのかな。

「別になんでもいいわよ、貴方が美味しいと思ったのなら私もきっと美味しいって言うわ。自信を持って」

 なんだかフォローされているようで申し訳無さ少々ではあるが僕は胸を張って、今日はカレーを選ぶ。

「時に甘口、中辛、辛口……君はどれ?」

「中辛」

 僕も中辛だ、相性がいいねなんて。

 お互いカレーを持ちながら次は席選び、といっても食堂へは早く来たとは言うべきではなくむしろやや遅め。

 大中小でいうと中の下くらい、別に大中小で例えなくてもいいわけなんだけど。

 なので席選びといっても残っている席は中の下しか座れないような席ばかり。

 陽光と外を眺められる席は全滅でちなみに僕が座っている席は特に決まっておらず空いていたら何処でもいいが、今日は違う。

 彪光が隣にいるのだから今日は席選びに意識が集中。

 入り口付近は席が空いているものの騒がしいし出来ればもっと静かに食事できるような席を彼女に提供したい。 

 その結果、壁側ではあるがそれほど人が座っていない席を選んだ。

 お互い着席して同時に一口。

「うん、美味しいわ」

 彪光の言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす僕。

「だろう? 高級料理ばっかじゃなくてこういうのも食べないと損だよ」

「そうね、たった今得したもの、次からは昼食の度に得するわ」

 ああ、間違いない。

 昼食を食べ終えて、それから……どうしようかなと廊下を彼女と歩きながら僕は考える。

 特に昼食を食べ終えたらこうしようとかっていう具体的な予定は立てておらず、むしろ予定なんて最初からあったようで無いようなもの。

 ただ彪光と昼食を一緒に食べられればそれでよかったしね。

 しかし目的も無く廊下をただただ歩き回るのも無駄に体力を消耗するだけ。

 今日の授業はああだった、国語の教師や数学の教師は厳しい、こっちだと体育の授業はバスケやってるとかそういう話を一方的に話しているばかり。

 話をしているとちょっとした違和感が僕を突付いた。

 素直に聞いていてくれてるし、いつもとは変わらないけど何か変だな。

 それは今日だから彼女の動作、仕草はいつもとは違う緊張感があるためにそう感じるのか。

「なあ彪光」

「何?」

「……その、大丈夫?」

 うまく言葉が纏められずに何だか雑な言い方になってしまった気がする。

「ええ、ありがとう。私は大丈夫」

 それでも笑顔で返してくれる彼女に、僕は逆に気を使わせてしまったかもと反省。

 しかし違和感が拭えなくて落ち着かない。

 そう思っていたその時だった。

 ポケットに振動――携帯電話が鳴っていた。

 マナーモードに加えてバイブレーション機能のみにしていたんだっけそういえば。

 ふるふると震える携帯電話。

 昼間から誰だろうと画面を見るとそこに表示されていた名前は、小鳥遊彪光だった。

 ……小鳥遊、彪光?

 隣にいる彪光からの着信。

 ああ、もしかしたらさっき僕が連絡した時に気づかなかったのは、携帯電話を落としてしかも落とした事に気づいていなかったのかな。

 となるとこれは携帯電話を拾ってくれた人からの着信?

 着信履歴から知り合いへと連絡が出来るのを試みてるとなると電話に早速出よう。

 彪光の歩調に遅れ気味だが、まあこの電話に出てから合わせるとしよう。

「もしもし?」

『――もし、わ――だ!』

 動いているのか、雑音が混ざりすぎて聞き取りづらい。

「え? あの……? これ、彪光の携帯電話だよね? 拾ってくれた人、かな?」

『――いつは――偽者!』

 偽者?

 それははっきりと聞き取れた。

 というか、声がすごく彪光に似てる。

「もしもし? 聞き取りづらいんだけど」

『捕ま――。処か、解らな――』

 捕まった? そう言っていたような気がするけど、電話を掛けている相手は一体何者だろうか。

「あの、君は……?」

『――光よ! 彪光!』

 思わず携帯電話を落としそうになった。

 それは、紛れも無い彼女の声。

 最後ははっきりと聞こえた。

 電話を掛けている相手は、彪光だ。

 なら……目の前にいる彪光は?

 幸いなのは僕よりも先行しているために電話をしていた様子は窺われなかったのと、廊下の雑音が僕らのやり取りをかき消してくれた事。

「今……どこに?」

 そっと目の前の彪光からは距離を離れて、電話。

『――らない、真っ暗。――手足も縛られ――て、動けな――。電話すら――なんとか』

 なるほど。

 暗闇の中、しかも手足を縛られてて電話を取り出して連絡出来たのが精一杯、そんな状況が想像される。

 床に携帯電話を置いて顔を当てているとしたらその体勢は辛そうだ。

 僕と別れてから、授業を受けるまでの間に捕まったとすれば彼女はまだ校内にいる可能性もあるが、根拠など無く当てにならない推測。

「どうしたの?」

 すると彪光……といっても偽者? の彪光が電話をしている僕にようやく気づいた。

 しかし、本物か偽者かをどう判断するかが問題である。

 もしかしたらこの電話の主が偽者で目の前の彪光が本物かもしれない。

「あ、いや……ただの間違い電話」

 電話を切る振りをしてそのまま携帯電話はポケットへ、一応まだ通話中にしてある。

 何か彪光と判断できるものが無いかと彼女の外見をさっと見てみるものの特に変わったものは無く、むしろ彼女こそが彪光本人だと言えるくらいだ。

 目の前にいるのは紛れも無く彪光、姿形も声さえまったく同じ。

 電話の主は声しか聞いていないので判断するならば目の前の彪光が濃厚……だが。

 一つだけ、気がついた事があった。

 僕は彼女と肩を並べて再び歩行。

 相変わらず目的地も無くただ歩くだけだが、会話は無い。

 僕から何か話ですればいいが、それよりも“僕は気がついた事”に関して彼女のとある部分だけを見ていた。

「何? 足に何かついてる?」

 正確には足を見ていたのではなく、

「いいや、膝を見ていたんだ」

「え? どうして?」

「だって君、昨日転んで怪我したでしょ? 絆創膏、貼っておいたんだよね」

 彼女の足が止まった。

「膝の怪我、もう治った? そんな怪物みたいな治癒能力なんて人間にあるわけが無いよね」

 ついでに、さっきの違和感も解決していた。

 今日……朝に彪光と会話していたときは彼女は扇子を開いたりしていた。

 でも昼に僕と合流してからは扇子をまったく開いていないし懐から出す様子も無い。

 扇子は彼女の体の一部かのようにいつも何かと暇があれば開いたり閉じたりしていたのに、だ。

「それとさ。彪光は耳にピアスしているんだよ」

 はっとした目の前の彪光は耳に手を当てる。

「ああ、ごめん。僕の勘違いだった、ピアスなんてしてなかったよ彼女は」

 ちょっとしたはったりをかましてみる。

「……貴様」

 信憑性が欲しかったので言ってみたが思いもよらぬ効果を生んでくれて僕は確信。

 なら電話の相手は本物の彪光で確定だ。

 しかしながらこいつ、携帯電話を取り上げなかったり喋れるという事は口も塞いでいないのは随分と甘い。

 何か予想外の出来事でもあったか、こいつが何らかによって焦っていたか。

 彪光の行動、今日違った事といえば……一時間目をサボった事?

 もしかしてこいつは入れ替わるつもりでどこかで待ち伏せをしていたのに、彪光が現れなかった事に焦りを感じていたのかも。

「彪光が現れず大幅に計画が狂った結果、その焦りが様々な雑さを引き起こしたわけだ」

 その瞬間、僕は彼女に突き飛ばされた。

 人ごみへと突き飛ばされたために被害は甚大、ちょっとした騒動を引き起こしてしまいその間に彼女は逃げてしまった。

 周りに謝罪しつつ、すぐさま追いかけようとするが昼休みは流石に人が多く、進行もままならないし逃げる背中は微かに捉えられてもすぐに見失ってしまうの繰り返し。

 走りながら僕は電話を開いて再び耳に当てた。

「彪光! すぐ助けに行くから!」

『――る』

 ……元々、聞き取りづらかったが、走りながらだと尚更だ。

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