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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第一章
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一ノ壱

この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係御座いません。

 春の清々しさと新しい環境に対する緊張を引きずりつつ、入学式は眠気に勝てず気がついたら終わっていたその日。

 これから長い付き合いになるクラスメイトとは現在会話の一つも出来ていない状態。なんていうか人付き合いは苦手なのだ。同じ中学の生徒もいないのでどう接していけばいいのか解らない。

 それにクラスメイトの大半は既に教室から出て行ってしまったしね。教室に残っているのは僕のように孤立してしまった生徒ばかり。

 初日から出遅れた感じだがまだまだこれからだ、気にする事は無いさと自分に言い聞かせた。

 しかし我ながらすごいとこに入学したな、と教室の一番後ろ窓側にて窓の外に広がる空を見て小さく溜息を漏らした。

 南奥平輪学園高等学校、略して南学は生徒数が千人を越えるこのご時世には珍しい所謂マンモス校。

 一年だけでクラスは十一にまで及ぶほどであり、廊下には人、人、人、兎に角その言葉しか思いつかないくらいに人がいる。

 今日は授業も無く、後は部活動見学か校内を自由に見て回るか帰宅かの三択で廊下の生徒達は歩きながら三択を選択中ってわけだ。

 僕はあまりの人の多さに三択を保留して机で現在様子見中。

 机に置いてある紙を読むと、校内見学では食堂も開放しており、実際に食事するのも可能との事なので食堂にでも行ってみようかな。

 南学の食堂は広い・美味い・安いらしいので味わっておかねばなるまい。

 そういうわけで僕は人が引けてきた頃合いを見計らって食堂へ。

 食堂、というよりも大食堂? それくらいに広く何百といるだろう生徒達を軽々と受け入れて、まだまだ空席があるぜと言わんばかりの食堂に空いた口が塞がらない僕は食券自販機を求めて人の波を掻き分けていった。

 ようやくたどり着いた食券自販機コーナーという看板の下には食券自販機が一、二、三……十台。

 これなら生徒も昼時に渋滞を引き起こしはしないね、少々置き過ぎやしないかとも思うけど。

 メニューは和食から洋食まで取り揃えており安いものは三百円で、高いものは六百円と財布にとても良心的だ。

 ただ、高級欄と括られたメニューにはフランス料理であろう料理名で安いものは三千円から、高いものは一万円というセレブ専用があり、僕は卒業までに一度でも購入できるのだろうかと財布の中身に問いかけたが、それは無いねと小銭達が答えた。

 何人かはそのセレブ専用のメニューを選んでボタンを押していたが偉大なる諭吉を千円札と勘違いしてやしないかというくらいに自販機へ飲み込ませていた、ああ……僕がそれをお財布へ飲み込ませてあげたい。

 そんな僕はというとカツ丼を選んで購入、今日の昼飯三百円なり。

 出来上がったカツ丼をトレーに乗せて鼻へとちょっと近づけて香りを楽しみつつ席選びをするものの、一人での昼食は予想以上に寂しくて、周りの和気藹々としている雰囲気に押されて僕は一番端の席へ着席。

 そんな寂しさも、カツ丼を一口食べたら吹っ飛んだのでよしとする。

 柔らかい牛肉に甘みのあるたまねぎと絡む卵の味、口の中でそれらが混ざり合うともはや絶品としか言いようが無くほっぺたが落っこちるってもんだ! これからの学校生活での昼食メニューのレギュラーメンバーとして早くも確定、おめでとうカツ丼君。

 他のメニューは定番のものから選んでいってレギュラーメンバーを構成していくとしよう、カレーや炒飯、ラーメンなどまだまだ選びたいものはいっぱいいる。

 ほっと一息ついたのは午後一時あたり。

 生徒達は減る様子が無く、まだまだ校内を見て回ったり部活動を見学したりと右往左往状態。

 とりあえず食堂から出たはいいものの僕は別に部活動はするつもりなんて無いし校内を見て回るにも、あまりに広すぎて迷ってしまいそうで不安だ。

 中庭を通ってみると、奥の方で何かが動いていた。

「す、すみませんでした……」

「ならば私の足でもお舐めなさい、この下僕が」

 妙な台詞が聞こえてきて、僕は好奇心に擽られて顔を覗かせてみる。

 そこには扇子を持った少女と、土下座をしている少女がいて、その光景には些か理解するには時間が必要で、数秒間ほど僕は硬直していた。

 土下座をしていた少女は靴下を脱いだ少女の足を涙を流しながら綺麗に舐め、まるで悪魔のような表情でその少女を見つめる、印象的にいわば悪女。

「む……?」

 心の中で悪女だなあとか囁いたところで、その少女はこちらに気づいて顔を向けた。

「あ……」

 存在を確認して暫しの静止。

 中庭は木々が多く茂っていて彼女の顔は木の枝やらでなかなか見づらいが、僕に視線を向けているような気がする。

「いや、その、お邪魔しました」

 僕はすぐさまにその場を離れた。

 この学校じゃああのような光景は普通なのかもしれない、まだまだ世の中広いからね、僕の知らない事は多いだろう。

 うん、気にしちゃ駄目だ。

 今は校内を回ってこの学校を知り尽くそう、さっきの事は忘れてさ。

 そうだ、屋上にでも行ってみるとするか、丁度階段があるし上がって降りるだけの単純な道のりならば迷う要素は皆無だ。

 そうして屋上を目指したのはいいものの、三階あたりで疲れてきたがあと一階の辛抱だと思って何とか到着。身体が随分と鈍ってきてるな、最近は全然運動してなかったからね……。

 屋上は生徒はそれほど多くなく僕を含めて三人程度ってとこ。

 まあ……ベンチがいくつかあるだけで特に面白みなど屋上にあるはずも無く求める必要も無いので仕方が無い。

 フェンス越しから町を見渡せるくらいで風景は格別ではあるが、それよりも今日は部活動見学などに時間を割いたほうがよほど利口だろうね。

 用はここにいる生徒は暇人って事だ、悲しいけれどこれが現実なのよね。

 僕はベンチに座って暫し空を仰いだ。

 雲ひとつ無い青空は見てみて心が清々しくなる。今日は五時まで校内にいていいらしいので時間はいくらでもある、ここにしばらくいよう。

 町を一瞥すると高層ビルがいくつか目立つ、いつ以来だろう、こんな景色を眺めるのは。

 森が多かった場所は今や高級マンションがいくつか建てられてるようだし、田舎という言葉はこの町では死語になってしまったように感じる。住んでいて気がつかなかったが、町は確かに変わっているのだ。

 それにしても四月の風は当たり続けると肌がひんやりとしてきて耐え難い。屋上という事もあって風が強いのもある。

 僕は腰を上げて屋上を出る事にした、しばらくいようと思っていたけど今日はもう帰ろうかな。

 出口を目指して歩いていった僕は、出口をくぐらずに足を止めた。

 別にもう屋上には用など無い、ただ出口の方に少女が一人立っていたのだ。それも飛びきりの美少女、この学校は生徒数から考えるとアイドルが通っていてもおかしくは無いが残念ながら彼女をテレビで見た事は無い。

 これからスカウトされてテレビに出る可能性は十分にあると思うがね。風に靡く長い黒髪がシャンプーの宣伝にどうですかと持ち掛けたい。

 そんな想像はいいとして、だ。

 腕を組んで仁王立ちするその少女は僕を見ているような気がする、いや――見ているのではなく、睨んでいるという表現に変えたほうが正しいかもしれない。

 僕が右へ移動すれば彼女の黒目も右へ、僕が左へ移動すれば彼女の黒目も左へ。

 ここで反復横飛びをしてみたら彼女の黒目はどうなるのだろう、なんてくだらない事を考えるのは止めておいて、だ。

 僕が屋上にいるのが彼女を睨ませている原因なのかもしれないしここは触らぬ神に祟りなしという事でそそくさと出て行くとしよう。

 そうして僕は歩数を重ねて彼女の横を通ろうとしたものの、横移動されて道を阻まれた。

「あ、あの……?」

 どいてもらってもいいですか? そう言おうとしたが彼女の顔を見て、引き込まれる魅力に心臓の鼓動が高鳴り、言葉は喉から放たれずに何処かへ雲散されていった。

 でもこの状況……何なんだ?

 名前も知らない少女に睨まれて、道を阻まれているが僕と彼女はクラスメイトでも無く接点など一切無い。

 どうしても接点を挙げるとするならば屋上にいる、それだけだ。

 すると彼女は大きく溜息をつき、一度目を閉じて眉間にしわを寄せて数秒間その表情を固定させる。

 そして目を開けてゆっくりと彼女は口を開いた。

「このクズが」




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