四ノ壱
今日を迎えてしまった。
普通なら憂鬱な一日の始まりであって、睡魔を引きずりながら学校へ向かって授業中は欠伸をしつつ勉強してるふりやらで、ノートに落書きか教師にばれないように居眠りをしようなんて考えているであろう今日の朝。
それがいつもの朝で、いつもの今日だと約束させるオープニングのようなもの。
そのはずなのに。
今日はいつもよりも早く学校に来て、校舎には入らず敷地内をふらふら。
部活動組は朝練に励み、朝練をするわけでもない僕はちょっとした肩身の狭い思いをしているもののなるべく人目につかない場所へと移動して校門を監視するように見続けた。
誰かを待ってる?
ああ、そうだ。
彪光を待ってる、約束したわけでもないがね。
こう、偶然を装って校門を通った辺りで彼女におはよう、なんて言ってみたりしてさ。
今から脳内で練習でもしておくべきかな?
やあ……偶然だね、おはよう。
そんな感じでいいか、いやあまりにもベタすぎる?
兎に角、今日は彪光と話をしながら学校に入りたいんだ。
待つ事五分。
校門を抜けて扇子を持って歩いてくる少女が一人。
彪光かと思いきや、
「あら……偶然ね、おはよう。今日は早いのね。」
虎善さんだった、おしい。
しかも僕が脳内で練習してた台詞と何気に被っている。
「おはようございます、虎善さんも今日は早いですね」
「貴方も早いわね、誰かを待ってるのかしら? ま、言わなくても解るけど」
扇子を開いて彼女は口元を隠した。
本当に仕草も彪光と似ているな。
「あの子ならそろそろ来ると思うわ」
二人の登校時間はあまり変わらないようだ。
それでも一緒に来ないというのは、やはり家督の継承問題で二人の関係が悪化……と考えられなくも無いけど、考えたくは無い。
「では、またね」
その足取りはどうにもちょっとした急ぎ足。
彼女からすれば、そろそろ来るらしい彪光とは顔を合わせたくないからここを一刻も早く立ち去りたいのかもしれないが。
「おはよう」
「ああ、おはよう彪光」
すると彪光のご登場。
「あ……」
彪光は虎善さんの背中を見つめて小さく言葉を落とした。
虎善さんはその小さな言葉を拾って首だけ少し振り返って彪光の存在を確認。
お互いの視線が交わり沈黙、朝の清々しい空気とは裏腹にここだけ重苦しい空気が漂う。
そんな中では僕が言葉を発する事などできるわけもなく、ただ只管にお互いの様子を見るしか出来ず。
もじもじとした仕草の後、彪光は静かに沈黙を破った。
「姉さん、その……お、おはようございます」
深々と頭を下げる彪光、扇子など懐に収めて姿勢を正して虎善さんに何一つ非礼など見当たらない綺麗な挨拶をした。
これほど下手に出る彪光は初めてだ。
しかし気がかりなのは、虎善さんの返答は無く沈黙と冷たく鋭い視線だけが返ってきた事。
「あの……今日は、よろしくお願い致します」
それは継承式の話であろうか。
虎善さんが何も反応してくれないので話の内容も半透明だ。
すると虎善さんは彪光の方へと歩み寄った。
扇子で口元を覆っていたが、歩み寄る足を止めると扇子を閉じて、
「気安く話しかけるな、引きちぎるわよ?」
そう言い捨てて虎善さんは校舎へ。
お互いの仲はどういうものなのかを間近で見せ付けられた僕はしばらく言葉を失っていた。
彪光も然り、視線は地面へと落としてしまい絶望の詰め合わせみたいな表情をしている。
なんて声をかければいいのか、言葉を探しても見つからず僕はただただ彼女に弱々しい視線を送り続けるしかなかった。
彪光は歩き出すと校舎へ行くと思いきや、ふらついた足取りで校舎の脇側へ。
「どこに行くの?」
その小さくなってしまった背中、返事は無し。
放っておくわけにもいかず僕は彼女についていった。
遅れ気味だった距離を縮めて肩を並べ、彼女の歩調に合わせて歩く事数分。
沈黙の中、何か話さなきゃと話題を考えるが彼女の沈んだ表情を見ると何を話せばいいのだと頭の中は真っ白。
そろそろ教室に行かなければ遅刻になってしまうが、彪光の進む先は校舎の壁に沿って歩くのみで元から目的も無く歩いている様子。
目的があったとしても教室という選択はきっと無いだろう、どう歩いたってこの先には玄関など無いのだから。
それにもはや落ち込んでますと顔に書いているくらい解りやすいそんな彼女に、教室に行けなんて言えなかった。
「久しぶりに姉さんと話したわ」
ようやく口を開いてくれて、内心ちょっと安心。
ここは良かったねと言うべきか。
虎善さんの台詞が台詞なだけに良かったねとは言えないし、言葉選びがここでは重要だ。
今の選択は沈黙、それが今は最適な選択だと思う。
沈黙っていうか、考え中とも言うが。
「でも姉さんはきっと私を昔のようにはもう、接してくれないのよね」
だが黙ってばかりでは駄目だ、何か言わなきゃ。
「い、いつかきっと昔みたいに仲良くなれるって!」
根拠の無い言葉、元気付けようと咄嗟に言ったその言葉は言い終えてから、最適な選択とは言えない言葉だと自覚。
そこからの沈黙が、もっと他にマシな台詞があっただろうという後悔が渦巻いて僕の心を締め付けた。
どこか近くに鈍器が落ちてないかな。
この馬鹿という文字が駆け巡っている頭をかち割りたいのだけれど。
「いつか……そうね、頑張ってみる」
沈黙を終えての彼女の言葉に幾分か心に締め付けていたものは緩んで救われた。
「一時間目……サボっちゃおうかしら」
彼女は扇子を開いて口元を隠しての発言。
笑みでもこぼしたのかな、はは、そうに違いない。
「……そう、だね。いいんじゃない?」
一時間目と言わず今日は全ての授業サボっちゃおうよと提案したかったが、
「護衛もいるから学校から出るわけにもいかないし、隠し部屋にでも行きましょう」
学校から出れないのならば今日全ての授業をサボり尚且つ学校敷地内にいるのは逆に難しいし、何よりやる事も無いので退屈。
それならこの提案は引き下げるとしよう。
行き先はようやく隠し部屋へと決まって僕らはそこへ向かう。
中には誰も居ない、それは当然の事。
うん、当然の事でよかったと思う。音々子さんがいたら驚愕してたかも。
電灯をつけて僕はテーブルを出してお茶を用意、一人暮らしをしているとこういうのは手馴れてくる。
「あの、さ」
お互いお茶を飲みつつ、僕は先に湯のみを置いて口を開いた。
「家督を継ぐのは……その、しきたりとで仕方ないとしてもさ。気になるんだ、この件に関して君の気持ちだけは知りたくて」
「私の気持ち……ね」
彼女は湯のみを置いて小さな溜息をついた。
その溜息にはどんな感情が含まれていたのか、定かではない。
「……駄目、言いたくない」
言いたくない、ね。
それは本心を隠している奴が言う台詞だよ彪光。
しかしだ。
これ以上聞くのは流石にしつこいしもうやめよう。
お互い話を流すかのように同時にお茶を喉へゆっくりと流し込んだ。
授業は五十分、現在は十分ほど経過してまだまだ時間はある。
「遅刻の言い訳はなんて言おうかな」
「寝坊しましたでいいんじゃないかしら、それ以上は特に追及できない言い訳だと思うけど」
確かに、中々便利な言い訳だ。
「じゃあそうしようかな」
授業が終わるまで残りの四十分、ただ話をするだけだったけど僕には充実した四十分だった。
それは本当に普通の会話、アンナは小さい頃から父に格闘技を仕込まされたとか、実は音々子さんのにゃにゃんフォルダの内容は少しだけ教えるとごにょごにょ自主規制とかそういう話を聞いたり、僕は好きな食べ物や好きな漫画本などを彼女に話したりした。
ただそれだけだった。
それでも、彪光との会話はすごく楽しくて、継承式が終えてもまたいつもの日常がくればいいなあと僕は小さな希望を心の中で呟いた。
継承式を終えたら、彪光はもうここへは来ない。
それは彼女の決意であって、僕がその小さな希望を口にしたところでどうにかなる安い決意では無いのは百も承知。
「そろそろ一時間目、終わっちゃうね」
「終わっちゃうわね」
これで最後なんて事は無いが、どうにも寂しさは引きずってしまう。
「行こうか」
「行きましょう」
淡々とした会話。
僕らは隠し部屋を出て校舎の正面玄関へと向かう。
その歩調は実に緩やかで時間を十分に掛けるかのような感じ。
それも僕がじゃなく彪光が、である。
名残惜しい? 問いたくなってしまう。
時折その歩調は遅くなるものの彪光は最後まで足を止めず校舎へ入っていき、またねと手を振った。
「なあ彪光!」
そうだ、とちょっとした事を思いついて僕は彼女を呼び止める。
「……何?」
「昼休み、よかったら一緒に何か食べようよ」
いつも昼食は別々で彪光が何を食べているのかさえ解らないし、どこで食べているかも解らない。
アンナがいつの間にか消えてる事からどこかで食べているのだろうけど。
たまには僕と食べるのもいいんじゃないだろうか。
「……いいわよ」
よかった。
断られたらどうしようかとも思ったけど、午前の授業は何があろうとこれが支えになってくれるね。
そうしてちょっとした嬉しさを胸に抱いて僕は教室へ向かった。
予定より早く書き終えたので今週から更新していきます。