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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第三章
18/90

三ノ陸

 それからしばらく話をして、面会終了時間には僕らは病院を出て帰路に。

 今日子ちゃんの体調は良さそうだし三日後の手術も差し支えは無さそうだ。

 それに日本一の医者が担当するなら万が一という言葉も死語と思っていいだろう。

 新蔵は面会時間が終わってもしばらくは病院にいられるようで、そういった配慮も彪光あってこそ。

 あいつはなんだかんだ野望を抱いていても、良い事ばかりしている奴だ。

 さて、アンナを送ってから自宅への帰路につくとしよう。

 彼女は強いとはいえ女性だ、男として送るのは当然の事。

 それに、

「ダレか襲って来ないネ?」

 もしも通り魔や痴漢が襲ってきたらおそらく痛い目に合うはアンナでは無いのでそれを防止するためにもね。

 僕が守るのはアンナではなくて、アンナを襲おうとする人達である。

 アンナの住む寮の前にたどり着き、また明日――で終わるかと思いきや、

「あやみちゅ、言ってない事、アル」

「言ってない事?」

 アンナはこくりと頷いて話し始めた。

 その表情はいつも笑顔を絶やさない彼女の片鱗すら無い神妙な面持ち。

「明日、けいしょー式ネ」

「継承式……ああ、継承式ね……え、明日なの!?」

 家督を継ぐとか以前に言っていたがそんなに近い話だったのか。

「少しでもソレ、忘れよートしてきっと、今日、びょーいん行こうテ」

「そう……なんだ」

「アンナじゃ、あやみちゅの気持ち、すっきりできナイ。兄じゃナラ、出来ル」

 僕なら?

 どうしてまたそんな事を……。

「最近、夜は遅くマデ、帰ってないラシいね。近くいるとオモう。兄じゃの家の、近く」

 溜息、僕は溜息をついていた。

 素直じゃない……本当にさ、っていう溜息。

「ありがとう、アンナ。俺、行くよ」

「兄じゃ、また明日ネ。これアゲるよ」

 彼女は僕へ蜜柑を一個くれたのでありがたく頂戴するが、多分これは今日子ちゃんの病室にあった果物の一つだよね?

 彼女に手を振りつつ僕は自宅へと向かい、到着したら付近を探索。

 探索っていうか捜索かこの場合は。

 この辺りは街灯もやや少なめ、脇道も多々あり暗闇も目立つ。

 そういえば脇道には嫌な出来事が最近あったけど、

「見たぞ聞いたぞ糞野郎。考えておきますだあ? おい……」

 そうそうこんな感じで掴まれて強引に脇道へ引きずり込まれて……。

「そんな返答の仕方など認めない、お前は明日から一ヶ月くらい病院生活でも味わえ」

「ま、また君……か?」

 以前に殴ってきたのは少女だった。

 だからその姿を重ねて確認するべく目を凝らして暗闇の中相手を見たが、どうにも一致しない。

 先ず服装はスーツ、学生服では無く身長も少し高い気がする。

 声だって以前とは違うが、雰囲気はそのまま。

 女性ではあるが髪の長さも少し違う。

「この前は邪魔が入ったからやはり殴り足りなかったな」

 それでも以前に会った少女とは同一人物……のようだ。

 殴り足りなかった、そう言えるのはあの少女だけ。

 ただ目の前には大人びた女性がいるわけだが。

「君は……一体……?」

「どうだ? 少し魅力を出してみた、この姿で殴られて病院に運ばれるなら少しは気が楽だろう? もっとも、私が男の姿はあまり好きではないのもあるがな。どう変わってもあの人に気に入られない、男の姿はな……」

 そうか……どういった手品なのかは知らないが、

「変装、いや、それにしては……でも、姿を変えられる……んだね? なら君が――」

「ふん、何を言いたいのかは知らないが、答える義務は無いと言っておく。お前はただ私に殴られればいいんだ!」

 園芸部の部長になりすましたのもおそらく彼女、いや彼? どっちかは解らないが今は彼女だ。

 しかしこの状況、また殴られるのは流石に嫌だし今回もまた誰かが助けてくれるとは限らない。

 僕はすぐさまに立ち上がって踵を返した。

 前とは同じようで状況は違う。

 踵を返した脇道の先は行き止まりなど無いのは後方から吹く風で確認済み、風通しが良すぎるのは阻むものが無い証拠。

 それに暗闇ならば一瞬でも見失ったら後は終えない。

 だから、逃げるのみ。

 その際に役立ったのはアンナから貰った蜜柑だった。

 こういう用途で利用するのは自分でもあまり気分の良いものではないが、彼女めがけて投げ込み、暗闇だと解りづらいために顔面直撃。

「く……は? 痛っ……し、沁みる!」

 少しだけ蜜柑の皮を潰して投げたのが僕にとって良い効果を生んだ。

 蜜柑の皮は潰れれば汁が出るがその汁、目に入れば中々辛い。

「殺してやる!」

 その前に逃げさせてもらおう。

 暗闇に加えて目もぼやけて追える状態では無いだろうがね。

 脇道を右へ左へと突き進んで僕はしばらく走り続けた後に後方を見ると追ってくる者は無し。

 それでも警戒は必要であるためにまだまだ走り続ける。

 脇道を抜けて、とりあえずは自宅周辺へと角を曲がったその時、

「痛っ……気をつけなさい!」

 人とぶつかりそうになって僕は身体を反らそうとしたが少しだけぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい……って彪光?」

「ん、そんなに急いで何してるのよ」

 そうだ、忘れてたけど僕は彪光を探していたんだ。

「その……君を捜してて、あ、でもちょっと急いでるから一緒に来てくれ!」

 僕は彪光の手を引いて再び走り出した。

「ちょ、ちょっと! 何なのよ!」

「説明は後!」

 頼むからあまり質問しないでくれ、返答するだけでも走っていると疲れる。

 念のため遠回りしてからアパートに到着。

 しばらく辺りを見回して誰もいない事を確認してから中に入った。

「膝、擦りむいちゃったじゃない。絆創膏頂戴」

「ご、ごめん……夢中で気づかなかった」

 引き出しの中を漁ってようやく見つけた絆創膏。

 自分の部屋ながら何処に何があるのか曖昧だ。

「はいこれ」

「……貴方がつけて」

「え? ぼ、僕が?」

 不機嫌に頬を膨らませる彪光に次の言葉は無し。

 仕方ない、と僕は恐る恐る消毒液と絆創膏を持って彼女の足へと距離を縮める。

 スカートを穿いてるなんて、今じゃあちょっとした凶器を包む防具。

 目と鼻の先にある凶器、狂喜、しかしそんな邪念は振り払って僕は先ず消毒液をそっとその細い足の膝へ噴きかけた。

「痛い!」

「我慢して」

 その言葉、両者に言える事。

 絆創膏を貼り付けて終了、特に大した事でもないのに何だか疲れた。

 時計に目をやると既に時刻は十九時を過ぎており、そろそろ二十時になりそうな頃。 

 腹の虫も鳴いてるし夕食にするとしよう。

「夕食作るけど、君も食べる? 味は保障しないけど」

 君の舌が肥えてるのは知っている、だからどれほど僕が頑張って美味しい料理を作ろうが高級料理の壁は突破できない。

「頂くわ」

 唯一の救いはお土産として貰った肉料理が少し残っていた事だ。

 肉汁や脂身が残っているだけでも炒飯の味を向上させてくれる。

 美味くも不味くも無い炒飯を少しだけ美味い炒飯に出来るのは間違いない。

 なんていったって高級料理の味が混ざってるんだからね。

「あ、美味しい」

「ふふ、なんていったって隠し味は最高級だからね」

 内心ではかなり不安だったけど美味しいと言ってくれて本当に安堵。

 ぱくぱくと彼女の持つスプーンは動作をやめず、途中で喉を詰まらせてはお茶を差し出して流し込むその姿や無垢。

 そんな彼女に今は継承式の話をしていいものなのか、自分に問いかけた。

「犬飼今日子はきっと、内心不安でいると思うの」

 ふとそんな時に彪光は口を開く。

「え? あ、ああ……そうだろうね」

「死ぬかもしれないと一度心の中に根付いてしまったらずっと根を張り続けるもの。それでもあの子は、笑顔だったわ」

 うん、そうだね。

 皆のために笑顔を見せていた、あれこそ彼女の心の強さ。

「今日子ちゃんのようになれない、不安で仕方が無い、誰かと話をしたい、家に帰りたくない」

「ちょっと……何を」

「明日の継承式を考えると落ち着かない。君の心情を大体話してみたんだけどどうかな? 合ってる?」

 いつものように言葉をぶつけてくれれば、僕はきっと安心していたと思う。

 でも彪光は口を塞いで視線は下に落とし、全部図星だと言わんばかりの姿を僕に見せ付けた。

「知って――いえ、アンナが話したのね?」

 ご名答。

「僕の家の近くうろうろしなくても、扉を叩くだけで良かったんだよ?」

「……だって」

「だって?」

 扇子を取り出して彼女は自分の表情を見せまいとそれを広げた。

 口篭る彼女に僕は溜息をつき、

「遠慮しなくていいのに」

 と彼女の頭を撫でた。

 以外なのは、

「……ごめん」

 頭を撫でられた事に対しても、僕の言葉に対しても何一つとして否定せずに彼女はおとなしかった。

 いつもこういう感じならいいんだけどなあ。

「君はどうしたいの? その、継承式ってやつ」

「……私は」

 この質問は直接的すぎたかな。

 といっても詮索するつもりでの質問ではない。

 ただ、彪光の気持ちが知りたかっただけだ。

「お姉さんを差し置いて自分が家督を継ぐ、それがずっと引っ掛かってるの?」

「……そう、よ」

 これまでの事を振り返れば彼女の気持ちはただなぞるだけでたどり着く。

「でも君のお母さんが継ぐとか、家督は置いといて祖父や祖母が管理するとか無かったのかな」

「母さんはずっと昔に亡くなってるわ」

「ご、ごめん……」

 そう……なんだ。

 彪光も父さんと母さんを亡くしているなんて、僕と同じだったんだね。

「別にいいわ。家督に関してはね、祖父や祖母は一切関わらないの。でも父の遺言だけは絶対に守れって。それが小鳥遊家では当然だって」

「……嫌ならさ、嫌って言えばいいじゃないか」

「簡単に言わないで!」

 彼女は僕への怒気を、机に自らの両手を叩きつけてその燃えるような双眸と共に示した。

「父さんを裏切れって言うの!? 何を考えて私を選んだのかは知らないけど……それでも私は鷹要らず虎飼う鳥舞う栄光の小鳥遊家を継がなきゃ……継がなきゃならないの!」

「君は継ぎたいの?」

「継ぐしかないの!」

「そんな答えは聞いてないよ! 君の意思を僕は聞いてるんだ! 継ぎたいのか、継ぎたくないのかを!」

 思わず声を荒げてしまった。

 それでも、それでも僕は聞きたかった。

 彼女の意思を。

「私の意思は関係ないわ……これはもう決定事項なの! 私が継がなきゃ示しがつかない! 私が継がなきゃ……小鳥遊家に関わる多くの人達の信頼関係に亀裂を生じさせてしまうわ!」

 きっと僕の知らないところで彼女は多くの重荷を背負わされている。

 彼女の父親がまだ生きていたら僕は怒鳴り込んでいただろうね。

 どうして姉の虎善さんじゃなく、彪光に家督を継げと言ったんだ! と。

 彼女へ家督を継がせると遺言に残した理由は何かあるに違いは無いが僕は亡くなった彪光の父親の思考までは推測出来ない。

 今のところ、考えるに虎善さんに問題があったとか、彪光に家督を継がせる事に何らかの効果が生じる……いや、考えても答えの無い式など解きように無い。

「糞喰らえだねそんなの」

「な、な……?」

 彼女は思わぬ僕の発言に言葉を失っていた。

「君の意思に反するのなら、素直に否定しろ! 親は子供に反対できる、でもね……子供は親に反抗できるんだよ!」

「わ、私は……」

 それからの沈黙は、肌に突き刺すくらいの雰囲気が室内に漂っていた。

 僕は彪光を見続け、彪光は目をそらし続けた。

「君の声を聞かせてくれ、君の……心の声をさ」

 彼女はそれでも答えない。

 沈黙、時計の針だけが音を生む中、数秒が過ぎていく。

 その時だった。

 彼女は僕へとその身を委ねるように身体を密着。

 そのか細い両手で僕を抱き、彼女は言う。

「私、継承式を終えたら裏社会との関係も深くなる。皆ともいれなくなるし、万が一危険な目に遭わせたくないから近寄らない。あのサークルは私の最後の思い出の場として、自分のためにも皆のためにも作った場所、そう私は考えていたのかも。ごめんなさい……」

「彪光……そんな、最後の言葉みたく言うなよ」

「そうね、まだ最後の言葉じゃないわね。明日が最後の日。私が私でいられる最後の日、反対されたけど、学校に行けるよう我侭を突き通したの。おかげで警護はいつもとは比べ物にならないくらいの人数になっちゃったけど」

 更に全身全霊を引き出すかのように、彼女は僕をぎゅっと抱く。

 扇子なんて放り出して、いつもの彪光じゃない。

「虎善さんは家督は自分が継ぎたいと考えてるんじゃ無いのかな、だったらよく話し合ってさ」

「話したわ、小鳥遊家の恥を晒すなと言われた」

「なら、さ……」

 彪光が家督を継ぎたくないのなら、やろうと思えば出来る手は……ある。

 でもそれは全てに大きな波紋を与える事になり、その後を見越してもどうなるかは想像できない。

「もう何も言わないで」

「でも、彪光……!」

「また明日、あの部屋で会いましょう。最後の言葉は、明日までお預けよ」

 彪光はそっと僕から離れて、振り返らずに部屋を出て行った。

 追いかけるべきか、いや……追いかけてどうすればいい?

 彼女の決意を揺さぶるのは果たして彼女のためになるのか?

 ……彪光が自分の意思で決めるしか無い、僕の出る幕は無いんだ。

 僕はまだ衣服に残る彼女の温もりを、掌に委ねて暫しの時を無駄に流し続けた。

 第三章はここで終了です。次からは第四章に入ります。


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