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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第三章
17/90

三ノ伍

 今日の朝食はすごく豪華。

 なんていったって昨日に高級フランス料理店のお土産が朝食だからね。

 彪光がシェフに何やら色々と言っていたので僕へかなり気遣いをしてくれて本当に感謝している。

 肉か魚かも聞いていて、肉と答えたので美味しそうなのが詰め込まれたのは間違いない。

 冷蔵庫からその純白の箱を取り出して、中身を空けると僕は思わず声を漏らした。

 まるで小さなフルコース、それについてきた小箱にはショートケーキが入っていてにやりと緩んだ口元はしばらく継続。

 ショートケーキは学校から帰ってきたら食べよう。

 家に帰るとこれがある、それだけで何があっても今日の僕を十分に支えてくれるのだ。

 ショートケーキが心の支えって僕の心はどれほど貧弱なのかという話にもなるが、そんな脳裏を過ぎった思考は雲散しておこう。

 そして僕は小さなフルコースをレンジでチン。

 香る肉の香りに涎が止まらず、ここは雰囲気的にナイフとフォークを使うべきだなとそれらを持つ。

 先ずはオードブル。

 箱に一緒に入ってるからといってこれも暖めなくても良かったかなとは思ったけどどうであれ美味しいのには変わらない。

 サーモンに生ハム、もうこれだけで僕は感無量。

 朝から、

「ああ、幸せだ!」

 って叫んで僕は肉料理で更なる歓喜。

 まさに単純な言葉で言い括れる、最高の朝だとね。

 そんな朝を迎えられて学校へ向かう足取りは些か陽気気味で憂鬱さ滲み出る周囲の足取りと比べると浮き気味ではあるが気にしない。

「何か良い事でもあった?」

 校門を通ったところで横から女性の声。

 ああ、その声はと振り返ると、虎善さんが一人。

「あ……どうも」

「顔、怪我してるわね。どうしたのかしら?」

 解ってるくせに。

 とは思うものの言葉にも表情にも出さないでおく。

 彼女は僕と肩を並べて歩き出し、僕も歩調を合わせた。

「ええ、ちょっと」

「ま、いいわ。でも怪我をするほど危なっかしい生活を送るのならば考えものよ? 私の傍にいればきっと安心できると思うのわ」

 次もあるかもしれない。

 そういう警告と、安全地帯の宣伝といったところか。

 こういう場合には、

「そうですね、考えておきます」

 とだけ言っておく。

 僕が自ら用意できる安全地帯、その名も保留。

「期待して待ってるわ、でも私以外で気長に待てない子もいるかもしれないけど」

 その言い回しは実に不気味な気配を引きずってるね。

 昨日の子は印象的に短気って感じ、何故かすぐさまにあの子を思い出してしまう僕は本能的に身近な脅威を感じ取っているんだと思う。

 虎善さんはきっとあの子を知っているだろうが、彼女の言い方からして自分の意思に関わらず動いている、そういう風に感じ取れる。

 帰りは警戒して帰る必要があるかも。

 杞憂で終わって欲しいね。

 それから暫しの時間が過ぎて放課後。

 とりあえず僕はアンナと一緒に隠し部屋へと向かった。

 別に呼び出しは無かったけど、彪光はいるかなって思ったからだ。

 だからとりあえず、と付けておいた。

 いや、まあ……あいつに会いたいとか、そういうんじゃなくて昨日のお礼を言うべきだと思ってでね。

 隠し部屋へ入る時はいつもよりも警戒。

 なんていうか昨日の件もあってこういう些細な時でも警戒は重要だと再確認。

 隠し部屋に入るとパソコンを操作している音々子さんとお茶を飲んでくつろいでいる彪光がいた。

「全員揃ったし行くわよ」

 僕と目が合うや腰を上げて隠し部屋から出て行く彪光。

 どこへ行くのかくらい教えて欲しいな。

 つーか、僕もお茶くらい飲んでちょっとくつろぎたかったし、お礼を言うタイミングを逃した気がする。

「一先ず解散してそれぞれ校門から出て人気が減ってきたら合流ね」

「その前に教えてよ、何処に行くの?」

「病院よ。新蔵の妹のお見舞いをね。行きたいでしょう?」

「オオウ。イイね!」

 そりゃあ行きたいよ、さあ行こう。

「でもどうやって行くべきかしらね……あまり車は使いたくないし、まだ生徒がある程度見られるから目立つのも……」

 どこかで合流するとして、それからの行動は四人、確かにそれなりに目立つけど、別に目立ってもいいだろうとは思うが。

「私が馬に」

 音々子さんの意見は却下してと。

 彪光が目立ちたくないのならそうしよう。

 彪光も車を出すには少々実行には至らせられないとなると、

「ならバスで行く? 病院に直接向かうバスも今の時間帯ならまだ出てるだろうしさ」

 通りかかって目に入った車両をそのまま提案へと持ち込んだ。

「「バス?」」

 その単語に反応したのは彪光とアンナ。

 バスくらい知っているだろう? と指を刺しても二人は首を傾げた。

 アンナは多分、自国のバスを想像した結果の不一致だろうが彪光は、

「あれ……労働者を運ぶ車なんじゃないの?」

 ある意味では間違ってはいないがそれだと印象が悪いしバスを利用する人々の目的は多々。

 とりあえずバス停に向かおうと、三人を引き連れて僕はバス停へ。

 時刻表を確認して、これもどう見るかをわざわざ説明してやった。

「自分の都合に合わせられないのは駄目ね、何時でも何処でもというのならばいいけれど」

 そりゃちょっと無理があるしタクシーが撲滅されちゃうよ。

 むしろ今からタクシーで向かうという手もあるけど、ここまで来たからにはバスに乗ってしまおう。

 病院前に停まるバスが来ると、彪光達は我先にとバスへと乗り込んだ。

「ほら、乗車券取って」

「乗車券?」

 これ、と指差すと機械をまじまじと見て券が出ているのを気づくと彪光はそれを反射的に受け取る。

「どこで乗ったのかを示すものだよ、だから……あ、ちょっとアンナ、いっぱい取らないで」

 次から次へと出てくるからって面白がって取らないでくれよ。

 何とか全員無事乗車。

 バスに乗る学生なら目立つ事も無いだろうし、とりあえず問題無しといったところか。 

 バスは大通りへと向かい、大通りを通過してようやく病院へと到着。

 その間、およそ二十分。

 バスはそれなりに人が多く乗車しているために中々大変だった。

 僕だけ立ちっぱなしだし、アンナはバスが一度停車するたびに乗車券を取ろうとするし、何をするにも問題無しへとたどり着くには一苦労だ。

 病院を前にして、先ずは深呼吸。

 この二十分、中々に疲れた。

 さて新蔵の妹・今日子ちゃんがいる病室は彪光が知っているはず。

 そのために彪光を見て指示を仰ぐや、彪光は既に先行していた。

 まるで冒険のパーティかのように僕らは彪光の後ろをついていき、彪光は受付で看護士と何か話をすると看護士はわざわざ病室まで案内してくれた。

 周りの看護士は誰もが通りかかるたびに彪光へ会釈。

 院長も直接彼女へ挨拶に来て世間話が始まる中、僕らは「ビョーイン、デッカいねー!」「でっかい病院ですねえ」「この街で一番の病院だからね」なんて話をして待つ。

「あ、あの看護婦……」

「ん? どうかしたんですか?」

 神妙な面持ち、音々子さんにしては珍しいがどうしたのだろう。

「――の足に踏まれたい」

「彪光の奴……まだかなあ」

 本当にどうでもいい事を聞いた気がするけど聞かなかった事にして、と。

 目を離せば、壁に寄りかかっていたアンナは姿を消していてどこに行ったのやらと廊下左右を見渡すと右側廊下奥、歩いている彼女の後姿を発見。

 その足取りは何処へと問いたいが距離がありすぎる。

「ちょっとアンナの奴、連れ戻してきます」

 彪光も話がまだまだ終わりそうにないし別行動をとっても問題はなさそうだ。

 アンナは階段を上がっては廊下をふらふらと歩いていき、歩く速度はそれほど速くなくとも病院の廊下はやはり人が多く、駆け足で追いかけるのは中々気が進まず。

 ようやくして追いつくなと思ったときに、アンナは一つの病室へと入っていた。

「まいったな……」

 誰が入院しているか解らない病室にいきなり入ってきちゃあ患者もびっくりするに違いない。

 犬飼今日子様とプレートが貼られている。

 あれ……?

 確か新蔵の妹の名前……だったかな?

 そっと扉を少しだけ開けて隙間から中を覗くとアンナが誰かと話をしている姿が目に入る。

 それも楽しそうな笑顔で。

 話をしている相手の声は廊下の雑音に圧されて聞き取りづらいがどこかで聞いたことのある声ではある、さらに扉を開けて覗いてみるとそこには――

「新蔵……!」

 それは二つの意味での驚愕。

 そこに新蔵が居た事と、顔は傷だらけで絆創膏やらの合同イベントでも行ったのかというくらいに酷かったからだ。

 きっと『今まで金を巻き上げてきた人達へお金を返す事と謝罪』という彪光の要求をきちんと受け止めた結果だ。

 金を返して謝罪して「はい、そうですか」と終わるはずも無く殴られるのは当然。

 その顔の怪我を見るとおそらく彼は全員に謝罪して殴られ続けても我慢したのだろう。もう殴る場所なんてないくらいに顔は傷だらけ。

「ん? おお、来てくれたのか」

 それでも、そんな顔でも彼は笑顔だった。

 すっきりしたような、そんな笑顔。

「どうしたんだその顔」

「それはこっちの台詞でもあるよ、新蔵。むしろ君のほうが酷い顔をしてるね」

「はは、そうだな」

 お互いに、顔を殴られたのはここ最近の出来事。

 新蔵はアンナにお見舞いの果物と思われるバナナを食べさせて、アンナはそれをもぐもぐと頬張る。

 まったくさ、アンナ……君は調教されている動物じゃないんだからもう。

「よし、投げるぞ?」

 と次はアーモンドチョコレートを高く投げるとアンナは言った後に全て素早く口でキャッチして食べた。

「……何してるんだか」

 それはいいとして。

 奥ではベッドで横になりながらも拍手するひとりの少女。

 可愛らしいその無垢な笑顔、彼女こそが今日子ちゃんに違いない。

 犬飼ってのはきっと母方の性だろう。

「兄さん、その人は……?」

 今日子ちゃんは僕を見て頭にクエスチョンマーク。

 何時までも扉の隙間から顔を出しているのも何なので僕は中へ入った。

「俺の友達だ」

「こんにちわ、今日子ちゃん」

 小さく頭を下げて掛け布団で顔を下半分隠す今日子ちゃん。

 仕草も容姿も可愛らしいが新蔵と今日子ちゃんは本当に兄妹なのかと遺伝子から疑いたくなる。

「悪いな、こいつ人見知りでよ」

 新蔵は椅子に座ってテーブルに置いてあった果物の中から林檎を取り出して皮を剥く。

 果物ナイフで器用に皮が途中で切れないよう、そして素早く切っていく様は手馴れている。

 最後まで切れずに皮は綺麗に剥けて、それを見た今日子ちゃんは小さな拍手。

 彼女を喜ばせるために努力したんだね、新蔵。

「手術は三日後なんだ」

「そっか、じゃあそれまでいっぱい栄養つけなくちゃね」

 今日子ちゃんは頷いて新蔵の切った林檎の欠片をぱくりと食べる。

 そういえば彪光の奴、遅いなあ。

 なんて思って気まぐれに僕は扉に視線を送ると、隙間が開いていた。

 その隙間、二人分の片目が覗いている。

 下の目は扇子で顔半分を隠している事から彪光、となると上の目は音々子さんだ。

「何してるの?」

 そう言わざるを得ない。

 覗いてるのをばれたと知って素直に扉を開けて彪光と音々子さんの登場。

 彪光は扇子を開いて今更ながら凛とする。

「酷い顔ね、服部新蔵」

「別にいいさ、因果応報だ」

 彼は笑みを見せるがその度にちょっと痛そうにしていた。

「因果応報……?」

「兄ちゃん、ちょっと悪い事しちゃったからバチが当たったっていうだけさ」

 真実は誰も言うまい。

 彼は十分に罰を受けたから、今まで彼の犯した罪は僕らの心の中に収めて時間と共に溶かしていくさ。

「こんにちわ、犬飼今日子。体調はどう?」

「あ、だ、大丈夫です」

「そう、よかったわ。三日後のためにも体調管理はしっかりしないとね。それに心配しなくていいわ、手術は絶対に成功するから。日本一の医者が貴方を手術するの」

 日本一の医者ね、彼女ならばその医者に手術させるのも可能のようだ。

 加えて個室で冷蔵庫やテレビ等も完備、何度か扉の窓から覗く看護士は彼女の様子を見ているようで万全そのもの。

 その他に彼女の状態を表しているであろう機械とモニタは普通なら入院患者には用意されていないと思うが、たとえ緊急時でもここで迅速対応できるようにという対応が出来るのではないか。

 彪光の影響力というのは本当にすごい。

「あ、あの!」

 今日子ちゃんは唐突に、些か声を大きくして彪光に言葉を投げる。

「何?」

「あ、ありがとう……ございます。彪光さんのおかげでこうして手術も受けられるなんて」

「わ、私のおかげじゃないわ! ここの院長が良い奴だったの!」

 扇子で顔全体を隠してしまう彪光。

 照れてる照れてる。

「あやみちゅ、インチョーに頼んダてドーシテ言わないノ? イーことしたネあやみちゅは」

「こ、こらぁあ! アンナ! ちょっと黙りなさい!」

「へえ……そうなんだ? 今日子ちゃん、そうらしいよ?」

 解ってたけど、あえて僕はそう今日子ちゃんに言って、彪光にはにやけ面をお見舞いしてやった。

「ち、違うわ! 院長が勝手にやっただけ!」

「素直じゃないね、でもそんな君は可愛いよ」

 本当、可愛い奴だねって頬がすごく痛い!

「こ、この……! 何を、い、言って!」

 閉じた扇子を僕の頬にめり込ませるのは頼むからやめてくださいお願いします、これ以上は僕の頬が限界です。

「帰る!」

 怒気の混じった足並みで彼女は部屋から出ていってしまい、音々子さんは慌ててついていった。

 少しは素直になって欲しいけど可愛いから良しとしよう。

「いいのか?」

 心配そうに彼女の出て行った扉を見る新蔵。

 戻ってくるんじゃないかと予想していたようだが扉は残念ながら開かない、絶対にね。

「気にしなくていいよ。彪光はいつもあんなだから」

 あえて心の中でもう一度呟く。

 可愛い奴、とね。

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