三ノ参
全身が痛い、なんつう一日だよ今日は。
近づいてきた男性に肩を貸してもらってよろめきながらも僕は立ち上がった。
顎も殴られたからか足元が覚束無い。
「何だ君か」
男性にそう言われて僕は男性の顔を見ると、サングラスの強面に思わず目を逸らしたくなった。
でもこの人は僕を知っているのだから僕もどこかでこの人とは会ったはず。
「あの……?」
一先ず脇道から出て、先ずはお礼の一言と頭を下げた。
口の中も少し切ったかも。
喋るとちょっと痛い。
「彪光お嬢様の護衛を務めている戸上だ」
「あ、ああ……あの時の」
あの時というのは彪光と初めて一緒に帰った時、ベンツの傍に立っていた護衛の人を見かけたがそれがこの人のようだ。
「ここらは警戒して見回ってたんでな」
近くには高級車が停まっており、何人か戸上さんと同じ服装をしたごつい人達が辺りを歩き回っていた。
何だかいつもは戸上さん一人なのに、今日は護衛が厳重だ。
よく映画などである耳につけて連絡を取り合う、小型無線のインカムでそれぞれ連絡を取り合っている様子も見られ、まるで世界的な大物を護衛しているかのようだ。
「君は女性に恨まれる性質なのか?」
「い、いえ……そんなんじゃあないです」
先ほどまで少女に殴られてぼろぼろの顔で言うには説得力に欠けるが、ならば何だったというのだと更に追求されれば僕にもよく解らないと答えるしかない。
あの少女の言葉からは虎子さんがちらついていた気がするが、まさかなあ……。
「それにしてもこの警戒は……?」
「継承式へ出席するお偉いさんへの挨拶回りだ。ほら、そこのな」
指を指された先にはこの街を支える大企業の高層ビルが一棟。
主に電化製品で名が知られている、六角グループだ。
そこへ挨拶とは、もはや住む世界が違いすぎて僕はビルを見上げて苦笑い。
戸上さんはふと無線で連絡を取り合うと、
「車の中で少し休んでいい、お嬢様が来たら君を家まで送ろう」
「い、いえ、悪いですよ……」
ズボンなんか土がついてるし身なりも褒められたものじゃない。
そんな僕が高級車へ乗り込むなんて、この人達にも高級車にも悪い気がする。
「君がいればお嬢様は喜ぶ。いてくれるとありがたいんだよ、挨拶回りで今日はかなり不機嫌だったからな」
半ば強引に僕を高級車へと押し込んで扉を閉めて、戸上さんは運転席へ。
さすが高級車、座り心地が良い。
沈むようでふんわりと受け止めてくれるこの心地よさ、椅子だけでも取り外して自室におきたいくらいだ。
それに車内は妙に広くも感じる。
ただ流石に窓にはフィルムが施されて外からは見えないようにされているし、窓や扉自体は分厚い。
どんな脅威に対しても安全だと証明してくれるような安心感を得られるね。
「失礼」
唐突に扉を開けてきたのはスーツ姿の女性。
手には何やら箱を持っていて僕の前でそれを開くとガーゼや絆創膏、消毒液などを取り出した。
「ただの治療だ、気にするな」
気にしますよ、この迅速で最高の対応は。
「沁みるから我慢してね」
サングラスをかけていてもその女性の柔らかな微笑みは僕を素直に頷かせる。
丁寧に怪我した場所一つ一つ、唾つけりゃあ治るような傷でも治療を施してくれた。
治療を終えると扉を閉めてすぐさま何処かへ。
「常にどのような危機にも迅速対応、それが俺達護衛の仕事なんでな」
納得。
それから数分後、ビルの入り口から護衛に囲まれた彪光が現れる。
戸上さんは彼女の前まで車を移動させ、周囲の護衛と連絡を取り合ってからようやくして扉を開ける。
あまりにも厳重、しかしこの人達にとってはきっと当然の事なのだろう。
「や、やあ……」
「……何してるの?」
扉が開かれるとお互いに目が合った。
僕は彼女の不機嫌そうな表情に、なんとか柔らかい笑みで返す。
彪光は溜息をつき、僕の隣へと座り込むが、眉間のしわが先ほどよりも増して扇子を開く彼女の仕草は随分と乱暴。
「ちょっとトラブルに巻き込まれてたところを戸上さんに助けてもらったんだ」
「酷い顔はそういう事ね……トラブルって何があったの?」
「……まったく知らない女の子に殴られた」
あまり言いたくは無かったトラブルの内容。
「まさか、姉さん……?」
「い、いやいや! 君のお姉さんじゃないよ!」
お姉さんがそう仕向けた気もするけど、直接ではないので僕の言葉は一応正しい。
でも彼女の口から虎子さんの事が出てくるとなると、虎子さんが僕を襲うという可能性が彪光の思考の一つにあったという証明にもなる。
「そう、ならよかった。でもどうして襲われたの?」
「どうしてだろう? 僕も解らない」
彪光は眉間にしわを寄せてしばらく考えていた。
「姉さん……。いえ……考えすぎかしら、でも……」
今日は虎子さんに呼び出されて会ったって言えばきっと彪光の長考は解決する。
多分、答えは思考の中に漂っていて、それでも彪光はそうじゃないとあえて目を逸らしてる。
「きっと僕を誰かと勘違いしてたんだよ、気にしなくていいさ」
「そう……まあいいわ。戸上、彼を家まで送って頂戴。ほら、住所言いなさい」
僕は戸上さんに住所を教えると彼はカーナビに何やら入力。画面には僕のアパートへの進路が表示され、僕はその機能に関心。
現代技術ってすごいね。
車両は走り出し、彪光は疲労を放出するかのような溜息をついた。
「それにしても大変そうだね」
「大変よ。気分転換に貴方の五臓六腑をぶちまけたいわ」
そんな気分転換で僕の五臓六腑をぶちまけられたら流石に困る。
「お腹空いた……そうだ、どこか御飯食べにいきましょう? 断らないわよね? 断ったらぶちまけるわよ?」
何をぶちまけるのかは聞かないでおく。
「日本料理とフランス料理、どっちがいい? お金の心配ならしなくていいわ」
中々悩ませる質問だ。
日本人として、おそらくこれから食すであろう和の心あり、なんていう高級の日本料理を選ぶべきか、それともお洒落な料理でテレビなどがよく取り上げているフランス料理を選ぶべきか。
どっちも食いたい、本音はこれ。
だがしかし、今はどちらかを選ばなければならない。
悲しいけれどこれが現実、二兎追うものは一兎も得ず。
「じゃあ……フランス料理で!」
日本料理とフランス料理を乗せた天秤はフランス料理へと傾いた。
だってナイフとフォークを使って食べるのをやってみたかったんだもん。あのお洒落な感じ、解って欲しいなあ。
すると車両は彼女の言う「フランス料理だから、いつのも場所へ」と方向を変更。
人生、一度は食してみたかった料理でもある。
彼女は携帯電話を取り出して何やら「今日は二人分……」云々の連絡をしているようで、もしかしたら僕は今、一般人がとても羨ましい事を体験している最中なのでは無いかと自分に問いかける。
ああ、そうだ。
高級車に乗ってこれからフランス料理、なんかすごいぞこれ!
なんて思わずにやけてしまった。




