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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第三章
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三ノ壱


 今週から新蔵は数日ほど学校を休むそうだ。

 妹の今日子ちゃんがこれから来る大手術までは彼女の傍にずっとついているためらしい。

 今日子ちゃんも頼もしい兄が近くにいれば手術の不安も和らぐはずだ。

 今頃二人は病室で家族水入らずの会話でもしてるんじゃないかなと思いながら僕は窓の外へ視線を向けて微笑。

「何が良い事でもあったの?」

「ふふ、ちょっとね」

 柳生さんには言ってもいいかもしれないが、どういう経緯でと聞かれたらなんて説明したらいいか、ちょっと悩むところ。

「ふん、変なの。変なのー。へーんなの」

 僕の微笑につられたのか、彼女も微笑。

 さてそろそろ行くか。

 アンナは既に席を立って何処かへ行ってしまったが、そのうちお菓子やら色々と持ってきて隠し部屋へ来る気がする。

 柳生さんは駆け足で教室から出て行き、時計を気にしている事からバイトでもしているのか、それとも誰かと会う約束でもしているのか。

 髪型も少し整えていたから、バイトをしているとしたら接客業かな。

 爪は伸ばしてなかったから指を使う作業――レジ打ちとかをする事が多いのかも。コンビニなどそういう系と予想してみるが予想してどうこうだとか特に意味は無いので頭の中の想像は全て雲散。

 廊下を出て隠し部屋を目指そうとすると、

「ちょっとよろしいかしら?」

 目の前には一人の少女が阻むように現れた。

 顔を見てみると御厨夏江、あの御厨夏江だ。

「えっ? あ、ああ……。えっ……?」

 どうして彼女がここに?

 もしかして僕が落とし穴を設置したのが知られてしまったのかも。そうだとしたらサークルの事もあるしかなりまずい。

「そう固くならなくてもいいわ。会わせたい人がいるの」

 深呼吸を促してくるが素直には出来ない。

 心臓の鼓動は恐ろしく跳ね上がっていて深呼吸どころか呼吸困難でも起こしそうなくらいに緊張している。

 彼女は踵を返して歩き始め、僕は恐る恐る彼女の後ろを沿うようについていった。

 生徒達の誰もが通り過ぎる彼女を目で追って、僕なんかは眼中にないようで何より。

 目立ちたくは無いので助かる。

 平気そうに歩く御厨さんは顔面ダイブとか呼ばれたりして大丈夫なのかと心配したが快活な足取りはそういうちょっとしたあだ名をつけられたくらいじゃあへこたれないように感じられる。

 それからは校舎の奥へと只管突き進み、表札も何も無い一室へと案内された。

 彼女は僕へその一室の扉を開けるのを譲り、横に立つ。

 ここに……入れって事か。

 中に入ったら拷問道具が用意されていて御厨さんの拷問教室とかで僕は恐ろしい目に遭うんじゃないかな。

「ノックしてから入りなさい」

 しかし選択肢は二つではなく一つ。

 この部屋に入る事、それ以外は無い。

 御厨さんに言われるがままに僕は扉を軽く叩くと、中からはどうぞと声が聞こえてくる。

 ――女性の声。

 僕に用がある女性というのは彪光とかアンナとか音々子さんあたりしかいないと思うのでその三人と声を照らし合わせても今の声は違う。

 しかし扉を開ければ早い話なので余計な長考は省いて僕は扉を開いた。

 もうどうにでもなれ、そんな気持ちで。

 中へ入ると御厨さんによって扉は閉められ、薄暗い室内に取り残された僕はあたりを見回した。

 どうにも本棚に囲まれた部屋でそれ以外は中央に木製の高そうな机が一つ。

 大きな椅子が後ろ向きになっており、それが反転されると女性が一人座っていた。

 鋭い眼光と目が合って驚愕に押されて僕は喉唾を飲んで一歩後退。

「はじめまして、さあこっちに来て」

 彼女は机に置かれていたリモコンを手に取り、遊ぶように回して転がして空いた手の指でボタンを押すとカーテンがゆっくりと開かれていった。

 良い機能を備えてるね、僕の部屋にも欲しい。

 陽光が差し込むと彼女の表情もはっきりと見えるが、誰かに似ているような気がする。

 それに懐へ手を入れて、どこかで見た事のある扇子を取り出していた。

「総生徒会長の小鳥遊虎善たかなしこぜんよ、どうぞよろしく」

 ――総生徒会長は既に決められているが公表されていない、そんな話を聞いたが何処で聞いたかは記憶の波に削られてしまったようで定かではない。

 確かなのは、目の前にいる人は総生徒会長で本当かと疑うまでも無い雰囲気が後押ししてくれている事。

「でも言いふらさないでね。発表はまだ先だから」

 扇子を開くその仕草、彼女とダブる。

 彼女――彪光は今頃何をしてるんだろう、とか思いつつ僕は小鳥遊という苗字を持つ女性と彪光と似た仕草から、

「あの……彪光のお姉……さん、ですか?」

 と予想してみる。

「ええ、そうよ」

 彼女は扇子を閉じて答えた。

 彪光、その名前を聞いて眉、頬、それに唇が僅かに動いた。

 それがどんな感情が含まれていたのかは解らないが。

 机の上には膨大な資料と思われる紙が重なって塔になっていた。

 ぐらりぐらりと、その中の一つの塔は彼女が扇子を閉じた時に少し触れたのか、何枚か落ちて僕の足元に。

「あら、取ってくれる?」

 僕はそれを取って彼女に手渡した。

 少しだけその紙に書かれていた内容が目に入り、こっくりさんという単語があったのが気になる。

「最近、広まってるのよ。こっくりさんっていう人がいるっていう噂。貴方は知ってる?」

「ゆ、友人に最近聞きました」

「二年に生徒会長有力候補がいたんだけど、その子……今朝号泣しながら辞退するって言い出してね。こっくりさんとか何とか呟いてたの。それで気になって調べてたってわけ」

「はあ……なるほど」

「ま、単なる噂なのかもしれないけれどこの手の噂が広まるのも学園として好ましくないわ。わかるでしょう? この学園の人数を考えるとね」

 確かに、そりゃそうだ。

「確かめるにも中々うまくいかなくてね……ま、こんな話は置いときましょう」

 話を切り替える、そういう風に彼女は足を組む。

「あの子とは仲が良いらしいわね。放課後、よく二人が一緒に歩いてるのを見たって人がいたわ」

「まあそれなりに……」

 別に街中へ一緒に遊びに行ったりとか休み時間は世間話の一つでもするなどは無いが、サークルを通してならば仲はいいかな。

 彼女の言う、放課後一緒に歩いてたというのが二人での主な行動でそれ以外は僕の家でちょっと話したくらい。

 だからそれなりに、と言っておいた。

「それは、いいとして……ね」

 虎善さんは顎に扇子を当てて席を立つ。

 僕へ歩み寄り、ゆっくりとした歩調で僕の周りを回り始める。

「君、生徒会に興味は無い?」

 それは唐突過ぎる話。

 いきなりすぎるし生まれてこの方学校生活で生徒会なんて疎遠にもほどがあった。

 今じゃあ生徒会は敵、そんな生徒会にたとえ興味なんてあったとしても関係を持つのは今ではあまりよろしくない。

「い、いえ……別に興味なんて」

「そう、でもよかったら生徒会に入ってみないかしら?」

 先ほどの話の切り出し方からは予想していたが、あえてここは驚いた表情をして口篭ってみる。

 その間にて脳内ではこの場を乗り切る適切な方法を探していた。

 適切な方法というか、上手な断り方と表現したほうが正しいかな。

「ぼ、僕は一人暮らしなので生徒会の仕事で帰りが遅くなると色々と都合が悪いというか、なんというか……」

「そういうのならば私が善処するわ。もちろん、行政のように善処すると言って何もしないのとは違う、確かな意味を込められた善処よ」

 早速一つ目の言い訳にて僕は行き止まりに誘い込まれた。

 どうすれば行き止まりから脱出できる? 誰か教えて欲しい。

「今までこういう事は未経験なのであまり気が乗らないのもありまして……」

「私が手取り足取り教えてあげるから」

 足を止めたのは丁度僕の正面へ来た時。

 顔を近づけてくるが、すごく近い。

 吐息が肌を擽るくらいに近くて僕の心臓の鼓動は激しく脈動した。

 視線も顔も下へと向けてしまう僕に、虎善さんは僕の顎へ扇子を当てて視線を強引に合わさせる。

 彼女の瞳は見ているだけで吸い寄せられるような黒。

「それでも、駄目?」

 思わず頷きたくなるその魅力、もはや魔力とも言える容姿、雰囲気、甘い吐息に声。

 この時、僕の頭の中を過ぎったのは彪光だった。

 一歩後退。

 それは体で示した拒否。

「……残念ね」

 溜息をついて僕に悲しみを表した表情をしてくるがそれがまた綺麗で可愛くて、一歩前進したくなる。

「すみません……僕には荷が重いですし」

「いいのよ。気にしないで」

「一つ、聞いていいですか?」

 ちょっと気になった事がある。

「どうぞ」

「どうして僕を生徒会に誘おうと?」

 虎善さんは扇子を再び開いて口元を隠した。

 目は笑っているが、果たしてその口元はどうだろう。

「君に興味が沸いたからよ、それ以外に言葉は必要? ううん、必要じゃないわ。私がそう思うのだから、必要じゃないわよね?」

 例えばの話。

 十六になったら家督を継げと言われた彪光、それで家族関係が悪化したと言っていたが……もしかしたら虎善さんと彪光は仲が悪くて、彪光から僕を引き剥がして意地悪したかったんじゃないかなっていう、例えばの話。

 とてもそうは見えないから、こんな例えばの話はやめておこう。

「――彪光」

 ふと、その名前を虎善さんは口にした。

「あの子とは仲良くやっていけそう?」

「ええ、まあ……」

 実際、仲良くやっていけるかというよりも彼女を悪い方向から良い方向へ修正できるかが僕には重要である。

 もちろん、仲良くやっていきたいが方向修正だけは怠らないようにしたい。

 しかしながら彪光の言う家族関係の悪化は姉とでは無いのかな。

 優しい姉、そんな印象だけが強まっていく。

「昔から乱暴なところはあってね、手が焼ける子だけど最近は学校に行くのが楽しそうなの。仲良くしてあげてね」

 話はそれで終わりだった。

 歩きながら考えるのは、僕を本当に生徒会へ入れたかったのか、という事だった。

 どうにも僕には別の意図があったと感じる。

 それも先ほど雲散してしまった例えばの話、とかね。

 もしくは様子見とか、彼女にとって重要なのは僕との接触か?

 いや……これ以上、あれこれ考えるのはよそう。

 考えるたびに心の中では穴が開いたかのように嫌な予感ってやつが流れ込んでくるからね。



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