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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第二章
12/90

二ノ漆

 彼を運ぶのは彼を倒したアンナでは無く僕の役目なのは少々納得いかないが、ぜーはーぜーはーと運動不足を強調するような呼吸で運ぶ事数十分。

 通りかかった公園のベンチへ彼を下ろし、僕は地面にへたり込んだ。

 本格的に鍛えるべきかも、とか考えつつもでそれからは彼が目覚めるまでじっと待っていた。

「軽蔑したか……?」

 僕はそろそろお腹が減ったけど皆どうするんだろうとか、先ず僕らを置いてどこにいったんだろうとか考えていた時、新蔵は目が覚めたらしく僕へ言葉を投げ掛けた。

「全然。何か理由があるんでしょ? 僕はそう信じてるし、たとえお互い知り合って間もなくても僕には新蔵って奴は悪い奴っていう印象には絶対に入らないよ。今も、これからも」

「悪人っていうのはな、俺みたいな奴を言うんだ。言い訳もしないし金が欲しかっただけだったんだからな」

「嘘だ」

「本当だ」

「嘘だよ!」

 声が自然と荒々しく大きくなってしまった。

「……金が欲しい、そのためなら何だってする。そういう奴は何だっていうんだ? まさか良い奴とは言わないよな?」

「大切な、そう……妹のためだっていうんなら僕はすんなりとそうだねとは言えない」

 彪光から既に資料は見させてもらった。

 妹の入院、それと連動するように新蔵の悪事も目立ち始めており、妹のために金を集めているのは調べずとも明らかな話だ。

 僕には彼の行為も素直に悪事だとも言いづらい。

 例えば娘を人質に身代金を要求されて銀行強盗をしろと言われて銀行強盗をした父親は悪い事をした悪い奴と言えるのだろうか。

 極端な例えではあるけど。

「今の世の中な、金があれば命が買えるんだぜ」

「……うん、そういう世の中だね」

 否定はしない。

 どれほど自分の理想像を世の中に押し付けようとも現状はそういうものだ。

 三秒に一人は死んでるとも言われてるし、そのような環境は結局金があれば解決できる。そりゃあ寄付とか色々とあるけど結局元を辿れば金しかない。

「妹さんの名前、聞いていい?」

「今日子」

「今日子ちゃん、ね」

 頭の中で可愛らしい妹を想像しようとするが失礼ながら、新蔵の顔を見てからでは想像に差支えが生じる。

 別に新蔵の顔が悪いんじゃないからそこは許して欲しいがこう、遺伝子を考えると似たような顔付き、それならば……とか歪曲した想像になってしまう。

 きっと可愛らしい妹さんであろうが。

「四回、それが今まで大手術をした回数だ。まだ中学生になったばかりだというのによ、元気になったと思ったらまた入院でな」

 一つずつ重石を乗せられたかのように新蔵の声が沈んでいく。

「今回ばかりは助かるかすら解らないし手術費用も高くてよ。どうにもなんねえししかも手術拒否の話も出てる」

 予想以上に状況は悪いようだ。

「でも絶対に手術させる、そのためには金が必要なんだ」

「今のやり方じゃあ限界があるだろ新蔵、冷静になってくれ。周りが見えてなさ過ぎるよ」

「解ってるさ、それに金は大金でなくてもいい。それなりの金額だけでも効果がある」

 効果がある?

 妙な言い方だ。

「効果、っていうのは?」

「ああ……手術を拒否するって母さんが言い出したんだ」

「まさか……」

 娘のための手術なのに金を出し渋っているというのか。

 そうだとしたら人として見過ごせない。

「小さい頃に親が離婚しててよ。好きな人が出来たからっつー理由で離婚とか笑えるよな。ついでに妹も連れて行くときたもんだ。親父は情けねえ奴だから何も言えねえし、俺はついていかなかった」

 僕の勝手な推測だけど新蔵は親父さんのためについていかなかったんじゃないかな。

「今日子とは離れ離れになってからは何度も会ってたけど、しばらくして入院の話とか聞いてな。それからは病院へ会いに行くほうが多くなったんだ」

 新蔵はゆっくりと上体を起こした。

 体勢を変えてベンチへ座りなおし、空いた場所に僕も座る。

 地面に座り続けるのも石がお尻にめり込んで座り心地は中々最悪だったからね。

「母さんは人としても褒められたもんじゃねえ、まあ俺もその性格を受け継いだわけだけどな」

「新蔵のお母さんが……手術を拒否してるなんて……」

 彼は静かに再び口を開いた。

「だからせめて手術させるためにも俺が金を集めて説得したかったんだ」

「馬鹿」

「馬鹿だよな」

 本当に馬鹿な奴、そのために汚名に汚名を塗りたくるような行為をして。

 でも、良い奴だ。

「もしかしたら手術で死ぬかもしれねえ、それに手術が成功したとしても長くは生きられないかもしれねえ。でもよ、だったら手術しないほうがいいじゃないかって言う事にはなんねえよ」

 確かにそうだ。

 僕は全てにおいて彼の言い分には肯定の意思を示すべく頷いた。

 ようやく帰ってきた彪光ご一行様、彪光は僕らを確認すると扇子を開いて歩み寄ってくる。

 彼女に相談してみようかな。

 僕もそれなりにお金は用意できるし、彼女も一緒に協力してくれないものかな。

「なあ彪光……」

「何? 金の話ならしないでよ」

 駄目か……。

 僕が彪光に頼ろうとした事もお見通しと言わんばかりの眼光。

 彼女は新蔵の前に立ち、彼を見下ろした。

「今まで金を巻き上げてきた人達へお金を返す事と謝罪、特に園芸部に。それと私達に言われてと強調する事。これが私の望み」

「……わかったよ、そうする」

 断れば警察なり何なり彼の行く先は光が灯らない場所、だから彼の選択は一つしかない。

 新蔵は全てを諦めたかのように、肩を落として溜息混じりの言葉だった。

 諦めるしかない、そういう未来が彼の心の中に住み着き始めている。

 どうにかできないかと僕は彪光に視線を送って、彼を助けたいと目で訴えた。

 彪光と目が合うも、彪光は僕の頬に扇子をめりこませる始末。

 地味に痛い。

「妹さんは服部今日子、いえ……今は犬飼今日子だったかしら?」

「ああ、そうだが……?」

「手術、入院費の免除とこれから行う大手術には腕の良い医者が担当するって話よ。良かったわね、手術が成功してその医者の下で治療を受ければきっと長生きできるわ」

「ほ……本当か?」

「本当なの?」

 唐突、唐突すぎる最高の話だ。

 彪光はゆっくりと頷き、柔らかい笑みを見せた。

 それは不敵なものでも不吉なものでもない僕の好きな彼女の笑みだ。

「新蔵、良かったじゃないか!」

「ああ……ああ!」

「犬飼家はあの子が生活するには辛い環境だし上手くいけば今日子の親権と養育権も父親に移せるかもね」

 隣に立つ音々子はいくつかの書類を新蔵に手渡した。

「それを持って今日は帰っていいわ。あと園芸部へお金を返すのと謝罪も忘れずにね。全て終わって落ち着いたら私のところに来なさい」

「シンゾー、またヤロウね!」

 新蔵は何度も頭を下げて、涙していた。

 駆け足で帰る彼の背中を見送って、彪光と僕は肩を並べて口を開いた。

「ありがとう」

「何が?」

 白々しい奴。

「君が手を回してくれなければいきなり手術と入院費が免除とかされないだろう? それに医者まで紹介してくれるなんてさ」

「ふん、院長が良い奴だったんじゃないの? 私は知らないわ。あーもう暗くなっちゃったし近くまで迎え寄こしてもらおうっと」

 扇子で扇ぎつつ彼女は急ぎ足で歩き始め、

「そういう君はなんていうかすごく可愛くて好きだよ」

 僕もついていくように歩き、

「ば、ば……馬鹿!」

 頬を拳で殴られた。

「痛い! 痛いよすごく!」

「あやみちゅやるネ!」

 とアンナが、

「羨ましい……」

 と音々子さんが言う。

 僕の心配をしてくれる人は何処?

 まあ……別にいいけど、こうして今日一日を終えて振り返ると僕らのやっている事は正攻法とは言えないし邪道を突き進んでいるようなものだけどさ、こういうのは悪くない。

 なるべくそれまでの過程は良い方向へと進めてはいきたいものだけどね。

 落とし穴を設置したりというのは金輪際勘弁願いたいし、多少強引だったり荒い手段はこれから少しずつ僕から調整していきたいものだ。

 少なくともアンナの出番はなるべく減らしていきたいが、どうなるやら僕にももはや検討もつかない。

 ただ彪光が新蔵にしてくれた事を思い返すと笑顔が浮き出てしまう。

 そんな笑顔を彪光に向ける僕。

 それからもう一度拳が飛んできたのは言うまでも無い話。


 これにて第二章は終了です。

 次回から第三章に入りますが暫く執筆と見直しが繰り返されるので時間が空きます。早くて数日、遅くて数週間~一ヶ月の期間なのでなるべく早く更新できればいいのですが……。

 自分で書いたプロットにそって書くのも中々やはり難しいですね、私だけですかねすみません。次回からは大切な中盤、そのためにやはり執筆と見直しは入念に行わねばと思う反面、書くのが遅いのが複雑なところ。なんとか頑張ります。

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