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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第二章
10/90

二ノ伍

 園芸部の花壇に落とし穴だってよ。

 生徒会長候補の誰かが狙われてるって話だ。

 他の候補者達の争いか?

 なんていう噂は朝のニュースで流れた芸能人の電撃結婚や九死に一生の体験をした人とか大胆な強盗団が大胆に強盗して大胆に捕まったとかそういう話を全て蹴り飛ばして皆の興味を独占していた。

「聞いた? 聞いたよね?」

 隣にも園芸部の花壇について話したがっている奴が一人。

「聞いてない知らない解らないよ」

 机に突っ伏して現実逃避を試みたいと願う朝。

 しかしながらどう足掻いても鼓膜に届くクラスメイトの声が現実を突きつけてくる。

 落とし穴、落とし穴、落とし穴、もはやその言葉が盛り上がる話題のための重要な単語と化しているのだ。

「しんぞーは聞いたよね?」

「聞いた」

「この学校も怖いわねえ。古典的だけどまさかの落とし穴よ? 顔面ダイブよ?」

 罪悪感が僕の想像では棘から槍になってる。

 そんでもって僕の心を何度もつついてくるんだけどそろそろ僕は心臓発作とか起こしてしまわないか不安だ。

 そうでなくても心労で倒れるかも。

 むしろもう倒れて病院に運ばれて看護婦さんを見て眼福眼福とか言っちゃって一日を過ごしたい。

 本来ならばこうも広まるはずの無い話だった。

 生徒会の人達が言いふらすはずも無いのだから、僕は心の中で昨日を振り返って微笑するくらいで終えるはずだったのに、どうしてこうも話が広まったかというと、だ。

 学校の校門に写真が貼られていたらしい。その写真は御厨夏江さんが落とし穴にはまって、彼女の言う顔面ダイブってやつをして泥まみれになった瞬間が写しだされていたとか。

 おそらく音々子さんと彪光の仕業。

 写真の量も恐ろしくあったらしく回収が間に合わずに多数の生徒が持ち出してしまったらしい。

 その結果がこれだ。

 一度話題は止んで僕は安心するが、すぐに「御厨夏江の顔面ダイブ」「落とし穴」「陰謀」と先ほどよりも盛り上がってそういう言葉が飛び交っており、僕の鼓膜にも届くと同時に帰りたい衝動に駆られる。

 今日はもう隠し部屋へ行かずに帰ろう。

 そんな決意を胸に放課後、僕は校舎を出るべく急ぎ足。

 アンナには購買で買っておいたお菓子を与えたら夢中で食べていたのでその間に逃げるのも成功。

 下駄箱へ靴を投げ入れたところでポケットに振動を感じて僕は携帯電話が鳴っている事に気がついてそれを取った。

 画面には知らない電話番号。

 もしかしたら登録のし忘れかもしれないけど、誰だろう?

 僕は電話に出ると、

『どこに行こうとしてるの?』

 電話に出た事を後悔した。

 その声は誰かなど脳内を掻き回して探るまでも無く、彪光の姿が刹那に浮かび上がった。

「あー……いや、その……」

 正直、どう返事をしたらいいのか解らない。

 口篭るしかなく、その間に言い訳を考えるが時間稼ぎにすらならず冷や汗が頬をなぞった。

『この番号は私の名前で登録してね、それと早く来なさい』

 僕は投げ込んだ靴を回収して踵を返した。

 それが今、僕の行う行動として最も正しいものだと思ったからである。

 とぼとぼ、そんな効果音を背中に貼り付けてくれるとさぞ似合うのではないかな。

 気分じゃない、言い訳するならそう言うべきだったかもとか考えるがそう言ったところで彼女の台詞は変わりなかったと思う。

 隠し部屋へ行くとアンナ以外はいるようで、アンナはおそらく僕が与えたお菓子を頬張り中。

 昨日の件もあって彪光は上機嫌だろうねと顔を覗いてみたが予想とは裏腹に神妙な面持ちでいた。

 モニタには園芸部のプレハブ小屋に入る男子生徒が一人。

 カメラの角度がやや上からだが何処にどうやって設置しているのか気になる。

 男子生徒は些かこう、園芸部らしからぬというか園芸部には似合わない容姿。

 でもどこかで見た事があるな。さすがに上からの視線なんてそうそう無いのでもう少し角度を緩やかにしてもらえればいいのだけれど。

「監視カメラに映ってたのよ、もちろんこいつは園芸部じゃないわ」

「一年七組の服部新蔵、街の不良グループとも係わり合いがあります。前々からこの街では評判も悪かったですし」

「新蔵……? 本当に新蔵なの?」

 まさか、そんなわけあるはずが無い。

 ま、まあよく見れば似てるには似てるけど気のせいだと思うよ。

「知り合いですか? 他の角度から画像も撮っておきました、見ます?」

 手渡された写真には、確かに新蔵が映っていた。

「よく調べたわメス豚」

 閉じた扇子で頬をぐりぐりとして、音々子さんは嬉しそうにしているがそれよりも新蔵が園芸部に来ているのは何故だろう。

 部活にも入るつもりは無いって言っていたし。

「落とし穴のおかげで生徒会は指輪探しも保留にして見つけてはいないけど、元から指輪は無いのかもね」

「……無い? というと?」

「馬鹿ね阿呆ね馬鹿馬鹿ね」

 そこまで言わなくてもいいじゃないか……。

「直接は言えない何かを気づいてほしくて投書した、というのはどう? 誰かに気づいてもらってこの服部新蔵をどうかしようっていう投書だったのかも。それに昨日の件は服部も園芸部にはしばらく来ないでしょうし」

 弱みを握られてて何気ない投書をして生徒会の連中を呼び寄せたかった、とな。

 そんなのありえない。

「新蔵がそんな事するはずが無いよ……」

「貴方、新蔵と友達なの?」

 ああ、友達だ。

「彼の事を全て知っている親友なの? 好きな食べ物、好きな人、好きな事、好きな音楽、好きなスポーツ、全部答えられるくらいに?」

 ……どれ一つとして解らない、確かに友達としてはまだ時間が足りないのかもしれない。

「ふん、所詮何も知らないようね」

 何も言えなくて悔しいけど、新蔵が園芸部に何かしているとは考えたくも無い。

「これからどうするの……?」

「園芸部に行くわよ。私達が問題を解決して園芸部に恩を売ってやるの」

 扇子を開いて彼女は部屋を出る。

 僕は彼女の後姿を見て躊躇していた。

 もしかしたら、そのもしかしたらという続きが今後僕の中で生まれ始めていた何かを摘んでしまう気がして。

「逃げるの?」

 それでも見て見ぬ振りだけはしちゃいけない……。

 それは解ってる。

「いや……行くよ」

 深呼吸を一度してから僕は彼女に続く。

 音々子さんは監視カメラで生徒会の動向を連絡してくれるようで部屋で待機。

 途中で彪光はアンナを回収してから園芸部へ。

 僕が与えたお菓子とは別に何故か色々とパンやらジュースやら増えていて通りかかる生徒が食べ残したり買いすぎたりしたものを与えていたようだ。

 これも偏に彼女の純粋さあってこそ。

「お兄様、オカえしー」

 アンナはチョコレートを一つ僕にくれたので僕は口の中へ投げ入れて味わった。夕方ってのは小腹も空くしね。

 それとチョコを食べると落ち着くと聞いたがそんな事は無く不安しかない。

 加えて彪光の奴、何かやらかさなければいいけど妙に高揚してますと言わんばかりの鼻歌が気になる。

 それに新蔵。

 僕は君が頼りになる良い人だと思ってる、園芸部には何もしてない、何か用があっただけ。そう思いたい、いや――そう信じてる。

 園芸部の活動場所へ行くと昨日の件で園芸部の今日の活動は花壇の整地らしく、何人かが花壇に入って土を均したりしていた。

 申し訳御座いませんと心の中で頭を下げて謝罪し続けながら僕は彪光の影が如く縮まりながら歩く。

「あの、うちの部に何か? もしかして入部希望者?」

 先駆けて話しかけてきたのはさわやかさを纏わせた青年、土を均していた作業も周りとは違い早く丁寧な感じで言動行動共に部長っぽい貫禄も感じられる。

「貴方、ここの部長?」

「ああ、そうだよ」

「それじゃあ少し話をしましょう、中に入れてくれる? いいわよね?」

 彪光は了承も得ずプレハブ小屋の中へ。

 溜息をつきつつ僕もここにいると園芸部の活動が罪悪感を増幅させるので彪光についていって中へ。

 アンナは何故か園芸部にお菓子を配ったり絡んでいたが放っておくとしよう。

「こんにちわ先生」

 中には顧問の先生が一人。

 綺麗な女性だ、長い黒髪がさらりとしていてぱっちりとした瞳に潤いのある唇、整った顔立ちはまさに園芸部の花。

 園芸部だけに。

 今うまい事言ったなあなんて。

 それにしても室内は花の香りで充満していてその香りは嗅いでいてとても心地が良い。そこらにいくつかある名前は解らないが赤や黄色など鮮やかな色を宿している花々のおかげに違いない。

「橘先生、この人達が話をしたいって言うんで」

 ああそうそう。

 生徒達でも名前が挙がってたね。美人教師の橘佳代たちばなかよ、確か一年の国語を担当している教師だが、担当は五組まで。

 七組の僕はむさくるしくも感じる熱血と熱血が結婚して生まれた子のような先生が担当しているからチェンジでって言って交換してほしいくらいだ。

「そうなの。席を外しましょうか?」

「いいえ、先生。貴方にも話があるわ」

 彪光は近くにあった椅子を引っ張って座り、部長は律儀に僕の分の椅子を用意してくれたので座り、全員が着席したところで彼女は部長に言う。

「指輪は見つかった?」

「指輪は……その、まだ見つかってはいないよ」

 ふうん、そんな声を鳴らしてにやりとする彪光。

 そして橘先生に顔を向けた。

 彼女の視線は少し下、橘先生の手を見ているようだ。

「橘先生、指輪は大切なものだったの?」

「え、ええ……そうよ」

「大切なものという事はずっとつけてたのよね?」

「ええ……でも時々お手伝いする時はその、外すようにしてて、ね? ただたまたまその時外し忘れちゃって、そしたらなくなっちゃったの」

 橘先生も顧問であるのだから土も触る、綺麗で細い指も触られた土もさぞ嬉しかろう。

「指輪が無くなってからは?」

「三日、くらいだったかしら」

「それにしては指輪の跡がまったく無いわね」

 咄嗟に橘先生は指を隠した。

 視線も逸らして軽く唇を噛む。

 瞬き二回、それからもう一度唇を噛んだ。

 その仕草、僕には嘘がばれたというようにしか思えない。

「最初から指輪なんてしていなかった?」

 僕は思わず疑問を言葉にしてしまう。

 橘先生は目を逸らしながら、

「し、してたわよ? いつもお手伝いする時は外してるからかしらね……?」

 ……苦笑い。

「それでも長年つけてた指輪の跡がすぐに消えるなんてありえないわ」

 ……それに目も泳いでいる。

 立花先生が今頭の中で考えている事はどう言い訳すべきか、ではないだろうか。

「もういいでしょう? 生徒会に気づいてもらいたいのは解るけれど、貴方達が抱えてる問題、服部新蔵も知ってるのよ」

「ど、どうしてそれを……」

「見張られていたのもあるのかしら? 大袈裟に指輪が無いって話して投書しようと言ってみせれば服部新蔵に聞かれていても問題は無く、投書の内容を知られても問題は無いものね」

 橘先生は沈黙。

 助けを求める視線は部長へと寄せられたが部長もまた沈黙。

「それに気づいてもらえなくても、服部は生徒会が接触したのならばしばらくは距離を置くはず、本当の目的は一時的でも遠のかせる事、かしら? その他にもこのような動きを見せるぞという姿勢を見せるためのようにも思えるわね、何故そうしたいのかは解らないけれど」

 再び部長へ助けを求める視線を送る橘先生だが、部長とはそれほどの信頼関係を築いてるのかな。

「聞いてる? 橘先生」

「は、はい!?」

 声が裏返ってるけど、少し落ち着いたほうがいいんじゃないかな?

「そういえば橘先生には彼氏がいるんじゃないかって噂もあったわよねえ。まだまだ二十代、それに肌も綺麗だし羨ましいわ」 

「あは、は……いえ、そんな……」

「例えば、そこの部長さんと恋愛関係とかになってたら、学校としても生徒教師両方もまず~い事になるわね。ああ、例えばの話だけどね。た、と、え、ばの話」

 彼女は扇子を閉じて一定のタイミングで手を軽く叩く。

 その音が重圧のように、橘先生の鼓膜へ届いているのは間違いない。

 震える足がそう教えてくれる。

 でも恋愛関係はどうなんだろう、まあ彼女の例え話だから気にしなくていいか。

「た、と、え、ば、の話を続けると服部がそれを知って二人を脅して、二人は長く脅された結果、先ずは投書を投げ込んで生徒会をひきつけて服部がこちらに絡んでいるのを気づいてもらうのを待った」

 新蔵がそんな事するはずが無いだろう! って怒鳴りたかった。

 でも先生と部長の様子を見る限り否定はしていないのが、今のところ事実に沿っているという様子。

 悔しいけど僕は、只管沈黙して聞くとした。

 彪光は立ち上がって橘先生の近くへと歩み寄り、彼女の周りをぐるぐると回りだした。

「大切なのはこちらから生徒会に助けを求めるのではなく、生徒会が気づくという状況を作りたかった。何らかの迷惑行為として生徒会が服部に注意してくれればよしってとこかしら」

 僕は部長を横目でちらりと見た。

 冷や汗を掻いて視線を下へ落としている。

 二人の様子は明らかにおかしい、共通した何か、それも彼女が言ったとおり脅されているのだとしたらそれを突き止めた彪光に対しての畏怖ではないか。

「でも兎に角は服部からの接触とここへ来るという事だけが一時的でも無くなればよしだったんじゃないの? 時間稼ぎ、ただ何の時間稼ぎ? 気になるわねえ」

 彪光は二週目を迎えて橘先生の後ろに立つと足を止めた。

 扇子を肩に当てて、

「どんな弱みを握られてるの? そこで黙ってる部長も、貴方も、私から何もかも説明させるよりも説明してもらえるほうが嬉しいわ」

 それでも橘先生は口を開こうとはせず、只管に視線を逸らし続けた。

「あっそ。なら部員全員集めて暴露という名のお披露目会をしましょうか。ええ、そうしましょう。禁断の愛ってタイトルで大胆に」

 彼女はすぐさま外へ出ようとした。

 もちろん出るつもりなど無いだろう、強引に動かすための引き金といったところだろう。

「ちょ、ちょっと……ま、待って」

 ほら、引き金は引かれた。

「何? 別に参加料は取るつもりは無いから安心して。何なら客はもっと集めてくるわ」

 彪光は追い討ちをかけるように携帯電話を取り出して電話を掛けた。

「ま、待ってくれ!」

 そこへようやく部長が立ち上がった。

 彼女の携帯電話を取って電話を切る。

 それに対して彪光は特に文句も言わず、鼻で笑って電話を取り返した。

「利口な彼氏ね」

 僕は新蔵を信じたい、でも今から何かが崩れるようで僕は話を聞きたくは無かった。

 それでも今は聞くしかないために心が縛られるような気分を抱き、僕は耳を傾ける。



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