其ノ始
初めまして、智恵理藁侘と申します。まだ小説の執筆経験は浅いですがよろしくお願いします。ちなみにこの物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係御座いません。
「このクズが」
「……え?」
生まれてこの方、検査では鼓膜に異常など一度も無く、むしろ僕の身体は風邪もそれほど引かない健康体であって……それはどうでもいいとして、だ。
今聞いた言葉は果たして本当に「このクズが」なのだろうか。
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
何と聞き間違えたのだろう、このくずが……ああ、そうだ。
葛だ、「この葛が」なのかもしれない。
ほら、そこらを探してみれば葛の一つどこかに落ちているかもしれないよ。
……んな馬鹿な。
自分で否定して、とりあえず目の前の状況を把握する事にした。
艶やかな長い黒髪の少女。
綺麗で雫でも垂らしたらつるりと滑りそうな顔のラインにつぶらな二重瞼に瞳、整った目鼻の配置、ふっくらとした唇。
美少女――美少女過ぎると言っても過言ではない彼女に視線を奪われる中、僕は口を開いた。
「も、もう一度言ってくれる?」
「このクズが」
間髪居れずに彼女は口を開いた。
聞き取りやすい声、透き通るような声っていうのかな。
もっと聞きたくなるが残念な点は僕の両目を見つめて、その言葉を放ったのだから、状況と発音からして「この葛が」ではなく、もう一つの言葉――「このクズが」という言葉は僕に向けられている事だ。
いやいや、待てよ。
まだ解らないぞ? もしかしたら僕の近くにいる生徒への言葉なのかもしれない。
辺りを見回してみたが、悲しいくらいに人はおらず。
入学早々からどうして僕は美少女にいきなりクズ呼ばわりされなきゃならんのだ。これは精神的にかなりきついってもんじゃあない。ちょっとしたトラウマものだ。
今日は絶対寝る前に君の言葉を思い出すだろう。
泣くかもしれない、寝つけないかもしれない、でも恨めないと思う。
――などと考えていると踵を返した彼女は快活な足取りで歩いていく。
僕は「このクズが」の意味を知るために先回りして彼女へ言い寄った。
「あの、さ。どうしてそんな事言うのかな? 僕は君になんかした――痛いっ」
言い終える前に僕の頬に拳が飛んできた。
もう一度確認する、平手打ちじゃなく拳。
女性からの攻撃はいつから平手打ちが廃止になったのやら、頬の痛みが女性でも拳の重みはあるんだよと教えてくれる。
痴漢撃退にはこれから拳での攻撃をお勧めしてみるとしよう。
だがこうして考えると、「このクズが」と言われてさらに殴られるとなればよほどの理由があるはず。
「なんていうか……ごめんなさい」
とりあえず謝っておこう。
何をしたのかさえ解らないけれど、何かしたのだから僕はこうして精神と肉体の両方を傷つけられたのだ。
全治三日ほどかも、夢の中にさえ出てきそうな、それほど衝撃的だった。
だってそうだろう?
美少女が目の前に現れて、僕の双眸を見つめて「このクズが」、さらにその後殴られるなんてゃ平凡な日常で先ず体験など出来ない。
そりあちょっとマニアックなお店にお金を払ってまで罵倒されて鞭で打たれて喜ぶ人達ならば体験してるだろうし、ご褒美なのかもしれないが僕はまったくそういった性癖は無いので誤解はしてもらいたくない。
こう、もっと普通で手を繋ぎあって街をぶらぶらするような恋愛ならば大歓迎だけど今はそんな事考えている暇は無い。
「私は寛大だ、許そう」
殴りたいほどに、というか殴ってしまうほどに怒っていたのは理解したが、理由が依然空白。
許そうとは言いつつも目つきは未だに睨んでいる。つぶらな瞳では可愛さが打ち勝って心臓の鼓動が跳ね上がる。
可愛いな……。
彼女の名前も知らないし今日が初対面、のはず。
もしもどこかで会ったのだとしたらそれは謝るべきではあるがなかなか思い出せない。中学時代は女性との付き合いは疎いほうだったし何より人付き合いが苦手なほうだ、思い返しても彼女との接点など見当たらない。
ああ、そういえば入学式で新入生代表として挨拶をしていたっけ。あのような行事は眠気を誘う謎の雰囲気が僕の意識を駄目にしてしまうから彼女の名前や話の内容は頭の中を素通りしてしまったので憶えていないけど、壇上に上がった時に周りの男子生徒達がやけにそわそわしていたっけな。
噂のなんとかや生徒会候補とかでその場の無駄話は全て彼女の会話に染まった。
「いいや、やっぱり一度殴っておこう」
言下に、僕の意識は途絶えた。
最後に見たのは何だっただろう、ああ――彼女が僕の顔に拳を勢いよく振るった姿だったかな。
更新は出来るだけ早くしていけるよう目指して頑張ります。