表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
香薬奇譚〜神の鼻を持つ毒殺回避の天才薬師、宮中の陰謀をすべて嗅ぎ暴く〜  作者: 優涼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/29

第14話「後宮の囁き」


 嵯峨野の廃寺で新羅の拠点を叩いてから数日。


 厳馬が驚異的な執念で現場に復帰したことで、検非違使庁の警備は一段と厳重さを増していた。


 しかし、景光の鼻が捉える「阿片の匂い」は、京の市中から完全に消えたわけではなかった。


むしろ、より狭く、より深い場所――男たちの立ち入りが制限された「後宮」の奥底から、微かに、だが確実に漂ってきていた。


 「――見つけたわ」


 典薬寮の勝手口から滑り込んできたのは、菅原朝葉だった。


 いつもの華やかな装いとは裏腹に、その表情は真剣そのものだ。


 「朝葉様、何か分かったのですか?」


 綾子が薬草を干す手を止め、駆け寄る。


 「ええ。ここ数日、弘徽殿こきでんの女房たちの一人が、夜な夜な怪しげな新羅の商人と内裏の隅で接触しているという噂を掴みました。しかも、その女房が仕えるお方が……最近、ひどい『不眠と焦燥』を訴えておいでだとか」


 「不眠と焦燥……」


 景光が調合台から振り返った。


 「阿片の初期症状だな。少量ずつ香に混ぜて吸わせ、じわじわと依存させている証拠だ。狙われているのは誰だ」


 「お上の従姉妹にあたる、高貴な女御様よ」


 朝葉は声を潜めた。


 「新羅の『金氏』は、物部貞文を失った代わりに、今度は後宮の有力な女御様を阿片漬けにし、その発言力を通じて宮中を裏から支配するつもりのようですわ」


 「ならば、その女房を今すぐ引っ捕らえるまでだ!」


 廊下からドカドカと足音を響かせて現れたのは、完全に復活した坂上厳馬だった。


 包帯の上から強引に検非違使の衣装をまとい、大刀を肩に担いでいる。


 「厳馬殿、声を控えよ」


 源清重がその背後から現れ、溜息をついた。


 「何度も言うが、我々男の武官は後宮の奥深くへは容易に立ち入れない。大罪人の確たる証拠もなしに踏み込めば、それこそ我々が不敬罪で捕らえられる」


 「ちっ、相変わらず公家どものルールってのは面倒くせえな!」


 厳馬が床を蹴る。


 「なら、どうするんだ? 指をくわえて女御様が毒に冒されるのを見てるのか?」


 「私が動きます」


 朝葉が毅然とした態度で一歩前に出た。


 「私は菅原の娘。後宮の御殿へ出入りする正当な資格がありますわ。私が中に入り、その怪しい女房が持つ『阿片の香』を直接、見つけてまいります」


 「危険すぎるわ、朝葉様!」 


 綾子がその手を握った。


 「新羅の連中は、厳馬様をあれだけの目に遭わせるような冷酷な人たちなのよ? もし見つかったら……」


 「分かっております。ですが、宮中の平穏のため、そして何より……景光様のお力になりたいのです」


 朝葉は景光をじっと見つめた。その瞳には、並々ならぬ覚悟が宿っている。


 景光は黙って朝葉に近づくと、薬箱から小さな「匂い袋」を取り出し、彼女の手に握らせた。


 「……これは?」


 「私が特製した、阿片の匂いだけを急激に引き寄せて変色する薬粉が入っている。阿片の香炉の近くにこれを置けば、袋の表面が青く染まる。それが確たる証拠になる」


 景光は朝葉の目をまっすぐに見据えた。 


 「お前の命を賭ける価値はある。だが、危なくなったらすぐに引け。お前の情報が途絶えれば、私の鼻も行く先を失う」


 「――はい、景光様」


 朝葉は嬉しそうに微笑み、匂い袋を大切に懐へと収めた。


 その日の夕刻。 


 朝葉は華やかな女房の衣装に身を包み、弘徽殿の深い廊下を歩いていた。


 張り詰めた空気の中、朝葉は女房たちの動きを注意深く観察する。


 やがて、一人の地味な女房が、周囲を気にしながら御殿の奥にある「開かずの物置」へと足を運ぶのを目撃した。


その女房の袖口からは、僅かにあの甘い匂いが漂っている。


 (見つけたわ……!)


 朝葉は足音を消し、その女房の後を追って薄暗い物置の中へと滑り込んだ。


 室内には、小さな香炉が置かれ、怪しい新羅の青い薬壺から取り出された粉末が燻じられていた。


女房がそれを別の香入れへと移し替えている。女御様に吸わせるための、新しい阿片の調合だった。


 朝葉は懐から景光の匂い袋を取り出し、香炉の煙にかざした。


 瞬く間に、白い袋の表面が、鮮やかな「青」へと染まっていく。


(これで、言い逃れのできない証拠が――)


 「――ふふ、ネズミがかかりましたね」


 背後から、冷酷な声が響いた。 


 朝葉が驚いて振り返ると、そこには調合をしていた女房だけでなく、嵯峨野の廃寺で逃げ去ったはずの、あの「顔に深い傷のある新羅の男」が闇から姿を現していた。


 「なっ……なぜ、後宮にあなたが!?」


 「我が金氏の執念を侮るな。宮中の内通者は一人ではない。菅原の娘よ、その小ざかしい命、ここで終わらせてやろう」


 男が懐から、あの不気味な黒い毒煙の香炉を取り出す。


 「しまっ……!」


 朝葉は慌てて扉へ向かって走ったが、背後の女房によって扉は外から固く閉ざされ、かんぬきがかけられてしまった。


 ガチャン、と重い音が響く。 


 完全に隔離された密室の中、どす黒い阿片の毒煙が、朝葉の足元からじわじわと立ち上り始めた――。



           第14話「後宮の囁き」 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ