違和感
榊透は、会社で評判が良かった。
穏やかで、優しくて、話しやすい。
相談事にも親身に乗ってくれる。
「榊さんって、本当にいい人ですよね」
後輩たちはよくそう言っていた。
島崎亮も、最初は同じように思っていた。
けれど最近、少しだけ引っかかることがある。
真奈。
彼氏との関係に悩んでいた後輩。
よく榊に相談していた。
その後、会社を辞めた。
少し前には、監禁事件のニュースも流れていた。
美咲。
趣味で描いていたイラストを、榊に褒められていた先輩。
最近では仕事中もずっとSNSを見ている。
以前より明らかに様子がおかしかった。
もちろん偶然かもしれない。
榊が何かした訳じゃない。
むしろ、話を聞いていただけだ。
「……考えすぎか」
島崎は小さく息を吐いた。
ある日の昼休み。
給湯室の前を通りかかった時、中から話し声が聞こえた。
「最近、仕事きつくて……」
若い男性社員だった。
「辞めたいって思う時、ありません?」
榊の穏やかな声が返る。
「ありますよね」
責めるでもなく、
否定するでもない声。
「頑張ってる人ほど、苦しくなりますし」
男性社員は安心したように笑った。
その顔を見た瞬間。
島崎は妙な既視感を覚えた。
——真奈も、こんな顔をしていた。
——美咲も。
榊はいつも、
相手を否定しない。
欲しい言葉を、
静かに返しているだけだ。
なのに。
なぜか皆、少しずつ壊れていく。
その時。
榊がふと顔を上げた。
給湯室の外に立つ島崎と、目が合う。
一瞬だけ。
榊はいつも通り、穏やかに笑った。
「島崎さんも、コーヒーですか?」
それだけなのに、
島崎はなぜか喉が詰まった。
「……いや」
短く返し、その場を離れる。
背中に、
じわりと嫌な汗が滲んでいた。
その日の昼休み。
休憩室のテレビでは、ニュース速報が流れていた。
『監禁されていた女性の死亡が確認され——』
同僚たちがざわつく。
「怖……」
「被害者、まだ若いみたい」
島崎は、ぼんやり画面を見つめた。
被害者の名前に覚えがあった。
真奈。
以前、榊によく相談していた後輩だ。
「……まさか」
その時。
少し離れた席で、
榊のスマホ画面がふっと光った。
【一年前の今日】
自動表示された通知だった。
そこには、
真奈とのメッセージ画面のスクリーンショットが映っていた。
『彼とちゃんと向き合えて幸せです』
榊は、その画面を静かに見つめる。
そして小さく微笑んだ。
「仲良くできてたみたいで、安心しました」
島崎の背中に、
ぞわりとした寒気が走る。
テレビでは、
コメンテーターが深刻そうに話していた。
『周囲が異変に気づきにくく——』
けれど榊は、
ただ静かにコーヒーを飲んでいる。
何も変わらない顔で。
島崎はその横顔から、
最後まで目を逸らせなかった。




