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違和感

作者: リコリス
掲載日:2026/06/01

 榊透は、会社で評判が良かった。


 穏やかで、優しくて、話しやすい。


 相談事にも親身に乗ってくれる。


「榊さんって、本当にいい人ですよね」


 後輩たちはよくそう言っていた。


 島崎亮も、最初は同じように思っていた。


 けれど最近、少しだけ引っかかることがある。


 真奈。


 彼氏との関係に悩んでいた後輩。


 よく榊に相談していた。


 その後、会社を辞めた。


 少し前には、監禁事件のニュースも流れていた。


 美咲。


 趣味で描いていたイラストを、榊に褒められていた先輩。


 最近では仕事中もずっとSNSを見ている。


 以前より明らかに様子がおかしかった。


 もちろん偶然かもしれない。


 榊が何かした訳じゃない。


 むしろ、話を聞いていただけだ。


「……考えすぎか」


 島崎は小さく息を吐いた。


 ある日の昼休み。


 給湯室の前を通りかかった時、中から話し声が聞こえた。


「最近、仕事きつくて……」


 若い男性社員だった。


「辞めたいって思う時、ありません?」


 榊の穏やかな声が返る。


「ありますよね」


 責めるでもなく、

否定するでもない声。


「頑張ってる人ほど、苦しくなりますし」


 男性社員は安心したように笑った。


 その顔を見た瞬間。


 島崎は妙な既視感を覚えた。


 ——真奈も、こんな顔をしていた。


 ——美咲も。


 榊はいつも、

相手を否定しない。


 欲しい言葉を、

静かに返しているだけだ。


 なのに。


 なぜか皆、少しずつ壊れていく。


 その時。


 榊がふと顔を上げた。


 給湯室の外に立つ島崎と、目が合う。


 一瞬だけ。


 榊はいつも通り、穏やかに笑った。


「島崎さんも、コーヒーですか?」


 それだけなのに、

島崎はなぜか喉が詰まった。


「……いや」


 短く返し、その場を離れる。


 背中に、

じわりと嫌な汗が滲んでいた。


 その日の昼休み。


 休憩室のテレビでは、ニュース速報が流れていた。


『監禁されていた女性の死亡が確認され——』


 同僚たちがざわつく。


「怖……」

「被害者、まだ若いみたい」


 島崎は、ぼんやり画面を見つめた。


 被害者の名前に覚えがあった。


 真奈。


 以前、榊によく相談していた後輩だ。


「……まさか」


 その時。


 少し離れた席で、

榊のスマホ画面がふっと光った。


【一年前の今日】


 自動表示された通知だった。


 そこには、

真奈とのメッセージ画面のスクリーンショットが映っていた。


『彼とちゃんと向き合えて幸せです』


 榊は、その画面を静かに見つめる。


 そして小さく微笑んだ。


「仲良くできてたみたいで、安心しました」


 島崎の背中に、

ぞわりとした寒気が走る。


 テレビでは、

コメンテーターが深刻そうに話していた。


『周囲が異変に気づきにくく——』


 けれど榊は、

ただ静かにコーヒーを飲んでいる。


 何も変わらない顔で。


 島崎はその横顔から、

最後まで目を逸らせなかった。

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