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三日月

作者: 清水ハル
掲載日:2026/03/30



「あー疲れた。仕事まじだっるいわ」

「お疲れ笑」



真っ暗な部屋の片隅。

ふたつの壁とひとつの床の狭間に体を預ける。

スマホを耳に当て、洸の静かな声に耳を傾ける。

少しの明かりもないくらいが落ち着く。

まるで暗がりの中、洸の隣を

歩いているような気分になれるから。



「商社、激務とは聞いてたけど、がち忙しすぎる」

「でも給料はええんやろ」

「まあな。下手したら先輩よりもろてるかもしれん笑笑」



新卒賃上げの波にたまたま乗れただけの私たち。

先輩からしたら笑えんな、と、

洸のジョークに乾いた笑いが漏れる。



「お前と喋ってると関西弁思い出すわ」

「洸、だいぶ標準語混じるようになったもんな笑」

「あーはいはい、お決まりの関西捨てたってやつ?だるっ」

「あはは、冗談よ」



洸の舌打ちに、けらけらと笑い声で返す。



私たちは、高校のゲーム仲間だった。

だが進学を経て、5人いた仲間が4人になり、

3人になり、いつしか私たち2人だけになっていた。

それでも私たちは飽きずに、

オンライン上の農村を開拓し続けた。



「…最近ムンバレ、やってないな」

「せやね」

「操作の仕方、忘れてもうたわ」



就職し、地元に残った私と、上京した洸。

お互い、慣れない仕事と忙しさに忙殺され、

いつしかゲームにログインしなくなった。

そして、雑談の口実だったゲームの代わりに、

オンラインでの短い通話が残った。



「…仕事落ち着いたらさ、またやろーよ」

「まーな。いつになるかわからんけど」



洸の何気ない言葉に、胸の奥がちくりと痛む。

こうして、大学卒業後も唯一私たちを繋いでいた

口実も、少しずつ消えてなくなるんだろうか。



短い沈黙が、横たわる。

電話越しに伝わる洸の息遣いに、

思わず耳を研ぎ澄ませる。



せっかちで、早歩きが癖の洸。

軽く弾む息遣いに、胸が苦しくなる。

あの頃よりずっと、近くを歩いているみたいで。



息を詰めて見上げた先には、

美しい三日月が窓越しに輝いていた。



「…なぁ洸。月めっちゃ綺麗」



思わず声が掠れる。

不自然に思われないかと、

全身の神経を尖らせながら洸の言葉を待つ。

窓越しの三日月は、まるで手を伸ばせば

触れられそうなほどに、堂々と弧を描いていた。



「…こっち曇ってて見えへんわ笑」



電話の向こうで、洸が変わらない調子で苦笑いする。

そっか、と、私も苦笑いを返す。

同じ月を見上げてる、なんて、

一瞬でもロマンチックなことを考えた私はバカだ。



「…こーゆう、付かず離れずの関係って貴重よな」



洸の声が、少し低くなる。

私といる時の、洸の口癖だ。



「…せやね」



だがその言葉は時に一線をひいているようで、

幾度となく私の胸を締め付けた。



「…そろそろ着くし、切るわ」

「うん。おやすみ」

「おー」



ぷつりと電話が切れる。

…おやすみの一言くらい、返せばいいのに。



真っ暗になった画面に、私の間抜けな顔が映る。

いたたまれず、目を逸らすように窓の外を見上げる。

明かり一つない部屋から見上げる月は、

決して触れることはできない距離で、

冷たい温度を放っていた。



「…相変わらずせっかちやな、あほ」



ひとり見上げる三日月が、二重にも三重にも滲む。

嬉しいのか悲しいのか、よくわからない感情が、

胸の奥に押し寄せる。



洸との距離は、ここから東京よりずっと遠い。





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― 新着の感想 ―
はじめまして。読ませていただきました。 2人の恋になりきれない関係が、大阪と東京、地上と月、という対比で描かれていて、綺麗な作品だと感じました。
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