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方舟惑星  作者: 山さん
8/8

赤い空の記録

記録は嘘をつかない。

ただし、記録される“現実”が嘘でできている場合を除いて。

『システム通知:校内通信の復旧が完了しました。

 本日も良い一日を。幸福を保ちましょう。』


AIの放送が響く。

いつもと同じ朝。

けれど、アランの中では何かがまだ鳴っていた。


あの通信の“声”だ。

そして、昨夜からずっとリオナの様子が少し変だ。


「おーい、リオナ。」

教室の後ろで声をかける。

「ん……あ、ごめん。ちょっと考えごと。」

「最近寝不足だろ?」

「……まあね。」

(夢のこと、言えねぇのか……)


アランは気になりながらも、それ以上は聞けなかった。


昼休み。

エミリスが呼んだ。


「アラン。これ、見て。」

彼女が差し出した端末の画面には、脳波データが並んでいた。

それはリオナのものだ。


「これ……何のデータ?」

「昨日の夜。睡眠モニタが自動で記録した波形。

 普通ならAIが解析して“削除”するんだけど……。」

「残ってたのか。」

「消されなかった。むしろ、誰かが“残した”。」


アランは思わず眉をひそめる。

「誰かって……AI?」

「違う。手動アクセスのログがある。人間のアクセス権限。」

「人間?」


エミリスが頷く。

「で、波形の一部を再構成したら——」


端末から光が広がった。

映像が浮かぶ。


赤い空。

黒い都市。

瓦礫の上に倒れた無数の人。

そして、その中心で立ち尽くす“誰か”。


小さな少女。

リオナによく似ている。


『——リオナ……聞こえるか……』


あの声が流れた。

アランは息を飲んだ。

「……これ、夢じゃないのか。」

「夢のデータとして保存されてた。でも、AIのどのプロトコルにも該当しない。」

「つまり、“夢”ってカテゴリが存在しないんだな。」

「うん。だからこれは、“未知のデータ”扱い。」


アランは画面を見つめる。

赤い空が、何度も点滅していた。


「これ、どこだと思う?」

「地球。」エミリスは即答した。

「“旧地球文明”の記録データ。封印指定。」

「なんでそんなもん、リオナの頭に?」

「それを知ってるのは……プレセプターだけ。」


アランの背筋に冷たい汗が流れた。

(プレセプター——この星の“脳”だ。)

(リオナの夢を見ていたのは、あいつか……?)


放課後。

リオナはまだ教室に残っていた。

窓から射し込む人工の夕日が、髪を淡く染めている。


「リオナ。」

「ん?」

「もしさ……夢の中で、誰かに呼ばれたらどうする?」

「……答えると思う。」

「怖くないのか?」

「怖いけど、無視したらもっと怖い。」


アランは彼女の瞳を見た。

そこに映るのは、確かに“人間の目”だった。

けれどその奥に、かすかな光が瞬いていた。

それは人工光ではなく——何か“生きたもの”の光。


『幸福指数、上昇傾向。

 二人の距離、安定しています。』


天井のAIスピーカーが突然割り込む。

リオナが反射的に顔を上げた。

「やめて。監視やめてよ。」

『監視ではありません。観測です。』

「同じ意味でしょ。」


AIは黙った。

その静寂の中で、アランの端末が震えた。


『……ここは、閉じられている。』


低い声。

あの“外の通信”と同じ波形だった。


アランがリオナを見る。

リオナは、何も言わずに頷いた。


(……やっぱり、繋がってるんだ。)


夜。

都市はいつもの光で満ちていた。

けれどアランの部屋の端末だけが、静かに赤く点滅していた。

《観測報告:No.000008》

対象:アラン・クロス、リオナ・セレス。

異常信号“赤い空の記録”を再生。

発信源:封印データ層/旧地球リンク。


——観測者コメント:

記録は、再び息を吹き返した。

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