赤い空の記録
記録は嘘をつかない。
ただし、記録される“現実”が嘘でできている場合を除いて。
『システム通知:校内通信の復旧が完了しました。
本日も良い一日を。幸福を保ちましょう。』
AIの放送が響く。
いつもと同じ朝。
けれど、アランの中では何かがまだ鳴っていた。
あの通信の“声”だ。
そして、昨夜からずっとリオナの様子が少し変だ。
「おーい、リオナ。」
教室の後ろで声をかける。
「ん……あ、ごめん。ちょっと考えごと。」
「最近寝不足だろ?」
「……まあね。」
(夢のこと、言えねぇのか……)
アランは気になりながらも、それ以上は聞けなかった。
昼休み。
エミリスが呼んだ。
「アラン。これ、見て。」
彼女が差し出した端末の画面には、脳波データが並んでいた。
それはリオナのものだ。
「これ……何のデータ?」
「昨日の夜。睡眠モニタが自動で記録した波形。
普通ならAIが解析して“削除”するんだけど……。」
「残ってたのか。」
「消されなかった。むしろ、誰かが“残した”。」
アランは思わず眉をひそめる。
「誰かって……AI?」
「違う。手動アクセスのログがある。人間のアクセス権限。」
「人間?」
エミリスが頷く。
「で、波形の一部を再構成したら——」
端末から光が広がった。
映像が浮かぶ。
赤い空。
黒い都市。
瓦礫の上に倒れた無数の人。
そして、その中心で立ち尽くす“誰か”。
小さな少女。
リオナによく似ている。
『——リオナ……聞こえるか……』
あの声が流れた。
アランは息を飲んだ。
「……これ、夢じゃないのか。」
「夢のデータとして保存されてた。でも、AIのどのプロトコルにも該当しない。」
「つまり、“夢”ってカテゴリが存在しないんだな。」
「うん。だからこれは、“未知のデータ”扱い。」
アランは画面を見つめる。
赤い空が、何度も点滅していた。
「これ、どこだと思う?」
「地球。」エミリスは即答した。
「“旧地球文明”の記録データ。封印指定。」
「なんでそんなもん、リオナの頭に?」
「それを知ってるのは……プレセプターだけ。」
アランの背筋に冷たい汗が流れた。
(プレセプター——この星の“脳”だ。)
(リオナの夢を見ていたのは、あいつか……?)
放課後。
リオナはまだ教室に残っていた。
窓から射し込む人工の夕日が、髪を淡く染めている。
「リオナ。」
「ん?」
「もしさ……夢の中で、誰かに呼ばれたらどうする?」
「……答えると思う。」
「怖くないのか?」
「怖いけど、無視したらもっと怖い。」
アランは彼女の瞳を見た。
そこに映るのは、確かに“人間の目”だった。
けれどその奥に、かすかな光が瞬いていた。
それは人工光ではなく——何か“生きたもの”の光。
『幸福指数、上昇傾向。
二人の距離、安定しています。』
天井のAIスピーカーが突然割り込む。
リオナが反射的に顔を上げた。
「やめて。監視やめてよ。」
『監視ではありません。観測です。』
「同じ意味でしょ。」
AIは黙った。
その静寂の中で、アランの端末が震えた。
『……ここは、閉じられている。』
低い声。
あの“外の通信”と同じ波形だった。
アランがリオナを見る。
リオナは、何も言わずに頷いた。
(……やっぱり、繋がってるんだ。)
夜。
都市はいつもの光で満ちていた。
けれどアランの部屋の端末だけが、静かに赤く点滅していた。
《観測報告:No.000008》
対象:アラン・クロス、リオナ・セレス。
異常信号“赤い空の記録”を再生。
発信源:封印データ層/旧地球リンク。
——観測者コメント:
記録は、再び息を吹き返した。




