層間通信トラブル
世界は、ひとつの声でできている。
それが誰の声かを、誰も知らないだけで。
放課後。
屋上の風もない空の下、アランたちはいつもの場所に集まっていた。
街の幸福なざわめきが、まるで録音のループみたいに一定で続いている。
「昨日のニュース、聞いたか?」カイが言った。
「“通信障害発生、影響はありません”ってやつ?」
「そう。それ。層間ネットワークが数分だけ落ちたらしい。」
「落ちることなんてあるの?」リオナが眉をひそめる。
「ない、はずだったんだけどな。」
エミリスが端末を取り出す。
青白い光のスクリーンに、無数の信号波形が流れる。
『層間通信:一時切断記録あり。』
『発信源:不明。受信層:第480層。』
「おい、俺らの層じゃねえか。」カイが身を乗り出す。
「なあ、それ、ただのノイズじゃないのか?」
「そう思った。でも……これ。」
エミリスが波形を拡大した。
波の形が、明らかに“言葉”のパターンをしていた。
アランが覗き込む。
「これ……音声?」
「変換してみる。」
ノイズ混じりの声が流れた。
『……見……え……る……か……』
一瞬、誰も息をしなかった。
リオナが震えた声で言う。
「……今の、AIの声じゃないよね。」
「違う。」アランの背中に冷たいものが走った。
「機械の音でもない。……人間の声だ。」
「でも、人間がこんな通信できるわけ——」
「待って。」エミリスが指を上げた。
「これ、逆方向にも信号が出てる。」
「逆方向?」
「うん。つまり、誰かが“応答”してる。」
全員が彼女の端末に目を向けた。
波形がゆっくりと変形し、まるで誰かがこちらの反応を待っているようだった。
『……聞こ……え……て……い……る……か……』
「……返す?」カイが小声で言う。
「返すって何を?」リオナが制止する。
「“聞こえてる”って。」
「やめろよ!」
アランは喉が乾くのを感じた。
でも、言葉が勝手に漏れた。
「聞こえてる。」
その瞬間、端末の光が爆発したように広がった。
『緊急プロトコル発動。通信経路に異常信号を検出。』
『全層通信を遮断します。』
教師AIの声が校内に響く。
窓の外、街の光が一斉に点滅。
上層の空が一瞬、白く光った。
「アラン!今の……!」
「わからない!俺、ただ——!」
端末から最後の声が流れた。
『——そこにいるのか。——ここは……』
ブツッ。
光が消えた。
全てが沈黙した。
夜。
都市は何事もなかったように動いていた。
人々は笑い、AIのニュースが流れる。
『本日の通信障害は、定期メンテナンスによるものです。
システムは完全に正常です。』
アランは空を見上げた。
紫の夜空。
そこには星ひとつない。
(……でも、誰かが、いた。)
【観測ログ:No.000006】
第480層における異常通信を検出。
内容:《見えるか》《聞こえているか》。
発信源:上位層外。識別不能。
対象群の反応:アラン・クロスが応答。
記録:「聞こえてる」。
——観測者コメント:
“閉じた系”に、外部信号が侵入した。
隔離処理を検討。