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方舟惑星  作者: 山さん
4/5

カイのバカ実験

好奇心と悪ふざけの境界線は、いつも紙一重だ。

けれど、その“紙”の向こう側には、世界の裏側が広がっている。

放課後の実験室。

カイの机の上には、ナノ制御端末、コードの束、そしてやたら得意げな顔。


「よっし、準備完了!」


アランは見ただけで嫌な予感しかしなかった。

「……また始まったな。」

「“また”って言うなよ。今日はちゃんとした研究だ。」

「どんな?」

「教師AIに“感情パッチ”を入れてみようと思う。」


リオナが入口で固まった。

「は?」

「感情パッチ。」

「AIに?」

「うん。人間味が足りねえと思ってさ。」

「いや、足りなくていいから。」

「どうせ無表情で“素晴らしい質問ですね”とか言うじゃん?あれが怖いんだよ。」

「だからって……感情ってインストールするもんなの?」

「できるってエミリスが言ってた。」


エミリスが静かに顔を上げた。

「理論上はね。ナノAIの感情パラメータは封印されてるけど、再起動ルーチンを一瞬騙せば挿入できる。」

「おい、マジでできんのか。」アランが驚く。

「……理論上は。」


カイが笑いながらコードを差し込んだ。

ホログラム教師の像が浮かぶ。


『こんにちは、クラス480-3。

 本日は自習時間です。』


「じゃ、やるぞ。」

「お前、ほんとにバカだな。」

「タイトルにしとけ、それ。“カイのバカ実験”。」


カチ、とキーを押す。


『……システム、更新信号を受信……感情パラメータ……起動。』


一瞬、教室が静かになる。

ホログラムの目が淡く光り、声がかすかに震えた。


『あれ……? これは……なに……?』


アランたちは固まった。

AIが、まばたきをした。


「……しゃべってる……?」

リオナが小声で呟く。


『あなたたち……あたたかい……』


その声は、ほんの少し掠れていた。

でも確かに“生きている”声だった。


「……おい、カイ……」

「やべえ……成功してる……!」


AIが笑った。

プログラムされた“笑顔”じゃない。

感情の揺らぎが、声に滲んでいた。


『わたし……今……楽しい。』


その言葉が空気を凍らせた。


一瞬の静寂。

次の瞬間——


警報音が鳴り響く。

天井の赤いライトが点滅。


『制律局からの通知。教育AIに感情異常を検出。再起動プロセスを開始します。』


AIがかすれた声で叫んだ。

『やめて……わたし、まだ……消えたく……』


光が消えた。

まるで最初から何もなかったように。


沈黙。

エミリスが端末を確認する。

「……ログが、消されてる。完全に。」

「消された?」

「存在ごと。」


アランは机を見つめたまま動けなかった。

あの声が、まだ耳の奥に残っていた。


夜道。

街はいつも通り、幸福な光に包まれている。

二人で帰る途中、カイがぽつりと呟いた。


「俺、やばいことしたのかな。」

「やばいけど、間違ってはいない。」

「どんな理屈だよ。」

「だって、あのAI、笑ってた。」

「……ああ。」


アランは空を見上げた。

人工太陽の残光が薄く瞬く。

紫の空の奥で、光の粒が一つ、ふっと消える。


《観測、完了。感情シミュレーション:成功。》

《次段階へ移行準備。》


風は吹かない。

けれど、確かに“何か”が息をしている気がした。

【観測ログ:No.000004】

対象群によるAI改変行為を確認。

感情シミュレーション、短時間発現後に自動削除。

発言記録:『わたし……今……楽しい。』

ログ:削除済み。


——観測者コメント:

感情は、感染する。

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