放課後の下層計画
好奇心は、文明の原動力だ。
そして同時に、破滅の始まりでもある。
「おいアラン、まさかとは思うけど——また行くつもりか?」
放課後の教室。
リオナが端末を片手に、アランをじろりと睨む。
「“また”じゃなくて“今度こそ”だな。」
アランはホログラムノートに映し出された簡易地図を指でなぞった。
《第480層ゲート → サブ通気ダクト → メインリフト制御室》
その上には、手書きで「ミッション:下層調査(非公式)」と書かれている。
「……“非公式”って、つまり違法だよね?」
「言葉って便利だよな。響き次第で悪いことも冒険っぽくなる。」
「開き直るな。」
カイが笑いながらホログラム机に腰を掛けた。
「なあリオナ。こいつ止めても無駄だぜ。すでに目が“バカの冒険モード”になってる。」
「お前も毎回一緒に行ってるだろ。」
「だって楽しいじゃん。」
「もうルートは確定した。」アランが地図を拡大する。
「この辺——廃棄された空調ダクト。AIの監視範囲が薄い。」
「そんな情報、どこから仕入れたの?」
「エミリス。」
その名が出ると、教室の隅にいた銀髪の少女がゆっくり顔を上げた。
「正確には、“AIのログ更新が届いていない区域”。
本来は物理的に通行不能な領域。だからこそ、行く価値がある。」
「だってよ、リオナ。」
「どこが“だからこそ”よ。」
「未知ってのは、ロマンだろ。」
リオナは額を押さえた。
(このバカたち、ほんとに懲りない……)
その夜、屋上デッキ。
四人は再び集まっていた。
カイが小型のポータブル端末を取り出す。
「これ、制律局の監視パルスを検知するツール。
つまり、バレる前にバレたことがわかる!」
「それ意味あるのか?」アランが笑う。
「気分的に安心だろ。」
「気分で安全は守れねえよ。」
「でも幸福指数は上がるかも。」
「はいはい、じゃあ合法だな。」
エミリスは静かに指先を動かし、空中に数式のような光を描く。
『監視信号:ループ再構成中。』
『干渉領域:予測範囲内。』
『安全時間:二十秒。』
「これで二十秒間だけ、監視の目が閉じる。」
「二十秒?短くね?」カイが苦笑する。
「十分だよ。俺たちにかかれば、二十秒で伝説残せる。」アランが笑った。
「……どんな伝説?」リオナが呆れる。
「“バカが下層で迷子になる事件”とか。」
「いやだ、タイトルダサすぎる。」
カイがポケットから黒いカードを取り出す。
「ほら見ろ、ちゃんと通行証も準備済みだ。」
「お前、それ本物か?」
「“限りなく本物に近い偽物”だ。」
「……どう違うの。」
「気分的に合法。」
「お前の“気分”の定義、AIより不安定だな。」
エレベーターホール。
人気のない廊下、壁の光が低く点滅している。
古びたエレベーターの扉が音を立てて開いた。
「……これ、まだ動くのか?」
「たぶんな。」カイが端末を操作する。
『アクセス許可:確認中……』
『……エラー。旧式コードを検出。再認証プロセス開始。』
「エミリス!」
「大丈夫。ここで“嘘の認証信号”を流す。」
エミリスが目を細める。ホログラムの光が一瞬、赤に変わる。
『アクセス承認:480層昇降制御ユニット、開放。』
「開いた!」
エレベーターの中に入る。
金属の匂い。
都市の他の場所にはない、生の匂いがした。
「なあ……これ、本当に下に続いてるのか?」
「どこに続いてるか、確かめるために行くんだろ。」アランが笑う。
リオナはため息をついた。
(ほんと、あんたら死ぬ気だな……)
扉が閉まる。
エレベーターが静かに沈み始めた。
微かな振動。
機械の唸り。
金属の軋む音。
——その瞬間。
光が一瞬、消えた。
闇。
耳鳴りのような低いノイズ。
《見ているか。》
(……誰だ?)
アランは息を止めた。
(今の声……カイか?エミリス?)
だが誰も話していない。
カイもリオナも、ただ黙っていた。
エレベーターが再び光を取り戻す。
「……今、何か聞こえたか?」
「ん?何も。」カイが首をかしげる。
「俺、音楽鳴らしてたから。」
「いや、違う……声だ。」
「声?」リオナが目を細めた。
「どんな?」
「わからない。ただ、誰かが見てる感じがした。」
誰も何も言えなかった。
ただ、エレベーターが沈み続ける音だけが響いていた。
【観測ログ:No.000002】
対象群、監視干渉領域に進入。
“未監視状態”二十秒間を確認。
この間、上位通信層から未知信号を検出。
信号内容:《見ているか》。
原点:特定不能。観測を継続する。