第5話 ごはん魔王、世界をひっくり返す
「ふう……今日も畑は順調だな」
宮殿の庭で小麦を確認しながら、私は微笑む。
黄金色に輝く畑は、私の“収穫加護”で今日も元気いっぱいだ。戦わずとも、世界を支える力――それを感じる瞬間だ。
だが、その平和も長くは続かなかった。
「魔王さま! 隣国より使者が到着です!」
玉座の間に現れたのは、豪華な衣装を纏った一行。
隣国の王子に加え、大臣や兵士まで随行しており、その人数に圧倒される。
「魔王さま、我が国は深刻な食糧不足に直面しています。お力をお貸しいただけますでしょうか」
ここでも、戦争ではなく“食糧外交”を求められた。
私はにっこり笑い、手を広げる。
「もちろんです。今日は特別なごちそうを用意しましたから、ぜひご一緒に」
広間に案内すると、魔族たちも集まってくる。
「魔王さま、今日は私たちもお手伝いします!」
そう、戦わない魔王に必要なのは、仲間と笑顔だ。
一緒に食材を刻み、鍋を火にかけ、パンを焼く――特技「調理無双」で、次々と料理が完成する。
やがて、大きな食卓に料理が並ぶ。
パンの香り、シチューの湯気、フルーツの色彩――
目の前の使者たちは、驚きと喜びで目を丸くする。
「これは……魔王さま、まさか戦わずに国の問題を解決するとは!」
「ええ、戦うよりも、食べて笑ってもらうほうが早いですから」
その言葉に、魔族たちも満面の笑みを浮かべる。
一口食べるたびに疲労や不安が消え、場の空気はどんどん和らいでいく。
しかし、食卓の片隅で、赤い瞳が鋭く光った。
誰かが私を試そうとしている……そんな気配を感じる。
「でも、負けない――私は最弱魔王だけど、畑と鍋と笑顔があれば世界は変えられる」
思い切って笑顔を作り、料理を差し出す。
すると、使者たちは心から感謝し、魔族たちは誇らしげに見守る。
その瞬間、赤い瞳の存在も、少しずつ穏やかに見えた。
――こうして、戦わず、笑顔で、食卓で世界をひっくり返す魔王として、
桐原美奈の異世界スローライフは、今日も静かに、しかし確実に進んでいくのだった。
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