第1話 ごはん魔王、誕生す
「……う、ん? ここは……?」
重いまぶたをゆっくり開けると、視界いっぱいに赤い天井と黒曜石の柱。まるで宮殿の中にいるみたいだ。
その中心に鎮座しているのは――私自身?
黒い角を生やした少女が、鏡のように私を見返していた。長い漆黒の髪と深紅の瞳、整った顔立ちに思わず息を呑む。
「魔王さま! ご無事でございます!」
周囲から、何人もの兵士と魔族らしき存在たちがひざまずき、頭を垂れている。
「……え? 魔王?」
声が震える。どうやら私は、異世界で“魔王”に転生してしまったらしい。しかも、すでに崇拝されている様子だ。
――とりあえず、ステータスを確認してみるか。
パッと頭に浮かぶのは、なぜかゲーム感覚で数字が表示される感覚。
【魔力】E
【攻撃力】F
【防御力】F
【特技】「収穫加護」「調理無双」
「…………農業スキルしかないんですけど?」
目の前の少女は、見た目だけは戦闘力高そうに見える。だがステータスは壊滅的に低い。
戦う魔王には程遠い――いや、むしろ“最弱魔王”だ。
その日、私は途方に暮れながらも玉座から降り、庭へと足を運んだ。
せめて特技の「収穫加護」がどれほどのものか、試してみたくなったのだ。
土を掘り、種を蒔く。力を込めて耕す――すると、一瞬で畑の土が黄金色に輝き、芽が一気に成長していく。
「え、なにこれ……一晩で小麦が実った?」
試しにその小麦でパンを焼いてみると、香ばしい香りが宮殿中に広がった。
そのパンを食べた兵士たちは、目を丸くし、怪我や疲労が消えたかのように元気いっぱいになる。
「魔王さま! これぞ……支配の力です!」
「いやいや、ただのパンだし!」
思わず笑いそうになった。戦わず、暴力も魔法も使わず、ただ食べ物で人を幸せにする――。
なんだか、これが私の“魔王の力”なのかもしれない。
その数日後、思わぬ来客があった。人間の王国からの使者だ。
「魔王さま、我が国の食糧が不足しています。ぜひ援助を……!」
「え、えっと……はい、わかりました。パン、作ります……」
こうして、私は知らぬ間に“ごはん魔王さま”として、世界を食卓から支配することになった。
剣も魔法も要らない。必要なのは、畑と鍋と、人を笑顔にする心だけ――。
――異世界で、最弱の魔王の逆転スローライフが、今、始まったのだった。




