寄せと値動き
「まあ、簡単にいえば上にいくか下にいくか当てるゲームだ」
「ゲームで仕事してるのお父さん」
「ああ。怜も将棋のプロになるんだろ。お父さんもこのゲームのプロみたいなもんだ」
怜はバネのように動くローソク足をじっと見つめた。色も緑になったり、赤になったりと忙しい。
「お父さんはいま上にいってほしいと思っているんだ」
「ふーん。棒が上に伸びればいいの?」
「そう」
「なんかびよんびよんしてるね。お父さんは誰と勝負しているの?」
「うーん強いて言えば世界中の人とかな」
「世界中の人と?」
「ああ。これはFXっていってな、世界中の人がこの棒が上にいくか下にいくか予想しているんだ」
「誰がこの棒動かしてるの?」
「うーん、世界中の人が、かな」
「なんで?」
「うーん……」
怜はとことん質問をするタイプだ。わからないところは気になって調べる癖がついている。将棋で負けたときに敗因を分析するようになってからこのような性格になった。あまりに聞いてくるので潤はポジションを処分した。ほぼ同値撤退。-1000円。でもいい。怜への勉強代にさせてあげよう。
「まあ、簡単にいえば上にいくか下にいくか当てるゲームだ」
「ゲームで仕事してるのお父さん」
「ああ。怜も将棋のプロになるんだろ。お父さんもこのゲームのプロみたいなもんだ」
怜はバネのように動くローソク足をじっと見つめた。色も緑になったり、赤になったりと忙しい。
「お父さんはいま上にいってほしいと思っているんだ」
「ふーん。棒が上に伸びればいいの?」
「そう」
「なんかびよんびよんしてるね。お父さんは誰と勝負しているの?」
「うーん強いて言えば世界中の人とかな」
「世界中の人と?」
「ああ。これはFXっていってな、世界中の人がこの棒が上にいくか下にいくか予想しているんだ」
「誰がこの棒動かしてるの?」
「うーん、世界中の人が、かな」
「なんで?」
「うーん……」
怜はとことん質問をするタイプだ。わからないところは気になって調べる癖がついている。将棋で負けたときに敗因を分析するようになってからこのような性格になった。あまりに聞いてくるので潤はポジションを処分した。ほぼ同値撤退。-1000円。でもいい。怜への勉強代にさせてあげよう。
「世界にはいろんなお金がある。日本なら円。アメリカならドル。イギリスならポンド、みたいに。いま持っている日本のお金は外国では使えないだろ。そこで外国のお金を円に換えたり、円を外国のお金に換えたりすることを為替というんだ」
「かわせ?」
「ちょっと難しい言葉だからFXで覚えておいていい。アメリカに行くとき、日本円をドルに換えることでお金の交換が成立する。でもそれぞれのお金の価値は変動するんだ。みんながドルを欲しがっていたら、ドルの価値は上がる。あとはアメリカの国自体が強くなる場合でもドルが強くなるぞ。すると円の価値が下がって」
「もういいよ。わかんない」
「すまん。とりあえずやってみるか。よし、怜はいくら賭ける?」
潤は立ち上がった。怜を椅子に座らせようとしたのだが、怜は怖気づいてしまう。
「賭けるってギャンブルなの?」
「そうだ。負けたらお金が減る」
「えーお父さんのお金減らしたくない。いいよ」
「まあまあ、別にいいって。1回だけやってみよう」
潤は上に行ってしまったローソク足を見つめ、内心損切りしなければよかったと肩を落としながら怜を座らせた。
「1から1000まで選べるけどいくつがいい?」
「じゃあ1000」
「待って」
潤は上を向いた。深呼吸をしてもう一度。
「1000枚はちょっと多いかなーお父さんやったことないや」
「じゃあ500」
「それも多いんだけど……まあいいか。じゃあ500枚な。上か下かはどっちにする?」
怜はモニターを見つめた。チャートの形状はじわじわと上げている。潤ならば順張りとばかりにロング、つまり上に賭けるつもりだった。
「ずーっと上にいってるからそろそろ下になりそう。下!」
「よ、よーしわかった」
高い勉強代になるかもしれない。潤は苦虫を嚙み潰したような表情で約定させた。怜のポジションは146.59のショート。サポートラインの146.50をブレイクして3分が経過していた。
「これっていつまでに下にいけばいいの?」
「まあ維持率が持つまでは……って言ってもわかんないよな。じゃあ1分にしよう。1分後にどっちにいくかで勝負だ。ちなみにお父さんは上だと思った!」
「えーじゃあ勝負だ。僕は下!」
「ははは、さあどうな……」
次の瞬間だった。突然、チャートが急に画面から消えたのである。
「は?」
「うおおおおお下だ!」
「は? 何があった何があった。指標はないはず」
「いええええい!」
喜ぶ怜をよそに潤は市場で何が起こったのかを確認すべく焦っていた。ローソク足は画面を突き破るかのような勢いで下に向かい続けている。怜のポジションはどんどん利益が積みあがっている。
「あっ、ちょっといいか怜。お父さんの負けだ。というわけで席チェンジ」
潤は落ち着いてマウスを動かし、ショート500枚を利確した。SNSを調べたがこの下落の要因は把握できず。何人かが「アルゴリズムじゃないか」「アルゴの調整か」などと困惑した様子でつぶやいているのを確認したくらい。結局、ドル円はこのあと何事もなかったかのように23分連続陽線で上へと戻っていった。たった1分間の出来事。怜はそのチャートの動きを興味深く見つめていた。
「そういえばいくら勝ったの僕は」
「……695……大体700万くらいだ」
「えー! ちょうだい! ちょうだい! 僕が勝ったお金だよ! よっしゃ! よっしゃ!」
潤の肩を揺する怜。潤の顔は渋い。もし自分が逆だった場合、ロスカットされていたかもしれないからだ。
「ほら、すごくない? 僕の大きく下げたところ以外はずっと上じゃん。面白っ!」
「ああ、それが怖いところなんだFXの」
「ねえ、もっかい勝負しよ! もっかい勝負しよ!」
潤は勘弁してくれと顔をしかめた。子どもは恐れを知らない。
「じゃあ1枚な。それなら何回でもやるよ」
「うん。今度は上!」
それからふたりは1時間以上もFXで遊んでいた。結局トータルの勝敗だけでは潤が勝った。だが当然、金額は圧倒的に怜の勝利である。あの500枚がどれほど大きかったか。
「なんかFXって終盤みたい。すんごくハラハラドキドキする!」
この日、怜がFXについて深く知りたくなったのは言うまでもない。ビギナーズラックから始まった勝利による、彼の新たな物語が始まった。そして将棋の調べ物のことはすっかり忘れてしまっていた。




