それでも宇喜多は天下を狙う
ちょっと書いてみました。
感想をお待ちしております。
ああ、何でだ。何でだ。何でだ!
俺は今、数名の家臣と伊吹山にて遭遇した矢野五右衛門、その数名の部下と共に同山中にて身を隠していた。五十万石を超える大大名であるこの俺がだ。
忌々しいあの小早川の小倅め。太閤殿下に大恩を賜っているというのに、何たる体たらくであろうか。父上も驚くほどの表裏比興の者よ。あの男だけは許すことができない。あいつのせいで佐吉も……。
「居たぞっ、こっちだ!」
「ちぃっ」
まだまだ追っ手が厳しく山中を逃げ回るばかり。どうやら内府殿は俺を許すつもりはないようだ。こうなったら何とか西の方まで逃げ落ちるしかない。島津であれば匿ってくれるはず。
「皆の者、よく聞け。このまま山に籠っていてもじりじりと貧するだけである。ここは一つ、島津殿の領地を目指そうと思う。薩摩まで行けば再起の芽はある。着いてきてくれるな?」
「もちろんにございます。この久左衛門、どこまでも殿と共に参りまする」
「同じく半助、異論はございませぬ。内府の首に刃を立てるまでは寝ようにも寝付けませぬゆえ」
半助が笑う。どちらも股肱之臣だ。関ヶ原の戦いで負けた俺に残されたのは鎧兜と古備前の太刀、そして両名だけである。愛刀である来國次も失くしてしまった。本郷久左衛門は五十手前の男で弓馬に優れていた。
山田半助は槍の名手で年の頃は三十を過ぎたばかりである。まだまだ働き盛りであった。そこに周囲を探索していた進藤三左衛門と蘆田作内が戻ってきた。
「囲まれておりますな」
「万事休すかと」
二人がそう述べる。こうなったら包囲網を突破して逃げ出すしかない。このまま包囲の輪を縮められたら苦しくなるのはこちら側である。意を決して皆に告げる。
「今日は新月だ。逃げ遂せるには丁度良いだろう。皆が寝静まった丑三つ時に一気に山を下る。各々方、抜かりなく」
「「「ははっ」」」
全員が頭を下げた。それを見て思う。そうだ、俺はまだ偉いのだと。人を率いる立場であるならば、それに相応しい振る舞いをしなければならぬ。士道に背くようなことはせぬが、だからと言って易々と諦められるものではない。
俺は愛刀である薙刀、渡海龍の手入れをする。この薙刀とは朝鮮へ出兵する前からの付き合いだ。実戦で刀や脇差を使っていられない。短過ぎる。使うならばやはり槍か薙刀だ。
日が沈んだ。準備は整っている。向かうのは総勢十名。こんなにもよく集まったと思う。家臣の七名と矢野五右衛門とその配下二人。俺も合わせて十一名だ。何万と率いていた俺だが、今では十一名しかいない。
「では、行くとするか」
「「「応っ!」」」
こんな落ちぶれた俺だが、そんな俺でも着いて来てくれる者がいる。彼らのためにも情けない死に様は見せられない。討ち取られるとしても、華々しく散ってやろうではないか。
全員で静かに、ただ静かに山を駆け降りる。聞こえるのは葉の音と甲冑から鳴る金属音だけである。見える明かりを避け、暗い方へと進み人目を避ける。黙々と、淡々と降る。
「おかしいですな」
そう述べたのは矢野五右衛門であった。その気持ちは理解できる。既に一刻ほど山を下っている。空も白んできた。だというのに、人っ子一人いないのだ。誰も俺を捕えに来ていないのか。追っ手は嘘だったのだろうか。
「止まれ」
全員に指示を出す。もうすぐ山を抜ける。その前に休息を入れるのだ。また、念のため斥候を出す。蘆田作内と森田小伝治の二人にそれを任せた。竹筒に入れておいた水を飲む。
他の者たちも思い思いの方法で休息を取っていた。さて、このまま西から山を降りたら北上して若狭から備前を目指そう。間違っても長浜から船にて淡海を横断など考えてはいけない。
領地に戻れば恩顧のある武士が手助けしてくれるかもしれない。そう思っていた。それは少し甘い考えだろうか。
「殿、大変にございます!」
蘆田作内が戻ってきた。大変と口では言うものの、その表情は嬉々としていた。どうやら渡海龍の出番のようである。戻ってきた作内の報告を皆で聞き入った。
「如何した?」
「はっ、此処より一里ほど離れた場所に賊が塒を拵えておりましてございます」
「それの何が大変だというのだ」
半助が言った。どうやら半助は事の重大さを理解していないようだ。徳川の兵が俺を捕えんと山を包囲しているのに賊が居るのだ。辻褄が合わない。徳川の兵が賊を見逃すわけがないだろう。
「また、その賊なのですが珍妙な出で立ちでして……顔も南蛮人のような顔でございました」
「何人くらいだ?」
「三十人ほどかと。しかし、装備は足りていない様子にて」
「そうか、わかった。今は少しでも情報が欲しい。小伝治が戻ったら一気に制圧するぞ」
「「「ははっ」」」
まずは久左衛門と勘十郎の二人を向かわせる。それ以外はこの場で待機である。小伝治が戻り、作内が再び戻ってきたら我らも賊の元へ向かうことにした。
先行していた二人と合流する。彼らは賊の塒を入念に調べ上げていた。太閤殿下も仰っておられた。戦は始まる前に決していると。確かに南蛮人と同じような顔をしている。襲われると思っていないのか、油断している様子だった。
「久左衛門、どう攻める?」
「某と三左衛門殿が木に登り、牽制いたしまする。半助殿が数名を率いて攻め込み、殿は反対側から静かに襲い掛かるべきかと」
竦み上がっている者は居ない。我が家臣はあの関ケ原を抜けてきた者たちである。そこに怯えはなかった。俺と勘十郎、作内が裏手に回る。その瞬間、半助と五右衛門が敵の中に躍り出た。
「我が名は山田半助なり。いざ尋常に勝負!」
そう名乗っては手持ちの槍を豪快に振り回し大太刀回りを繰り広げる半助。それを久左衛門と三左衛門が良く補佐をしている。相手方は恐慌状態に陥ったようだ。そろそろ俺も動くとしよう。
「静かに刈れ。殺さなくて良い。動けぬように足だけ切り落としておけ」
「ははっ」
背後から近づき、渡海龍で脛を狙う。相手は面白いように崩れ落ちた。その結果、あっという間に制圧することができたのであった。塒を調べる。食料に黄金などの金目の物がふんだんに隠されていた。
「殿、生き残りをまとめておきました」
「ご苦労である」
適当な椅子――明らかに日ノ本のではない――に腰掛け生き残った賊を見下す。俺はただ見下すだけだ。尋問は三左衛門が執り行っていた。
「お前たちは何者だ?」
「わ、我らはジェンタ族の生き残りだ」
「どうしてその、じぇ、じぇんた族とやらがこの場所にいる」
「この土地は先祖代々、我らの土地だ。我らがいておかしな理由などない」
「何を申すか。この地は太閤殿下が治められていた長浜の辺りであろう!」
思わず叫びながら立ち上がる俺。我らとこ奴らとの話が一向に嚙み合わない。痺れを切らした半助が賊の一人に大声で恫喝するかのように尋ねる。
「此処は日ノ本であろう! 其方等はどうやって入り込んだというのだっ!」
「違う。ここはヴェルグ王国の旧ジェンダ地域だ。ヒノモト? などという場所は知らない」
その言葉に愕然とする。待て待て待て。近江に居を構えて日ノ本を知らぬことなどあるか。我らを謀っているに違いない。それもこれも徳川のせいである。
「適当な事を抜かすな!」
「嘘じゃない、本当だ。嘘だと思うなら山を下りて西にまっすぐ進むと良い。ゲッチョミの町がある。そこで尋ねるとよい」
そう述べる始末。信じたくはない。信じたくはないが、彼らの服装や顔つきなどを見るに嘘ではなさそうだ。いや、嘘ではないのだとしたら我らはどうなったということだろうか。
とりあえず、一番足の速い九平次にその町まで行ってもらうことにした。彼奴らの言が誠ならばその町があるだろう。嘘ならば長浜の町があるはずだ。
九平次を行かせ、戻ってくるのを待つ。それまではこの場で待機だ。じぇんた族という奴らの半分は死に絶えていた。彼らを埋葬してやる。生きている者は手当してひん剥いてから閉じ込めた。
食料は十分にあるようだ。何かの肉らしいが、何の肉だろうか。畜生の肉でなければよいのだが、そのようなことを言ってはいられないだろう。旨くて腹に溜まれば何でもよい。
「困りましたな」
久左衛門が言う。しかし、俺はそこまで困ってはいなかった。どうせ日ノ本にいても徳川に追われる身だ。島津を頼った後は琉球か呂宋にでも逃げようかと思っていたくらいである。
ここが本当に日ノ本ではないのなら、どうしようか。それでもやはり俺は亡き太閤殿下の後を追い、天下統一を目指すだろう。この地の天下とは何だろうか。
「そうか、俺は別に困らんがな」
にやりと笑ってそう返答した。この十一人から始める天下獲りか。それはそれで面白そうでもある。関ヶ原の失敗はやはり圧倒的な盟主不足だ。向こうには内府という盟主がいた。対して西軍はどうだ。重しとなる人物がいない。
織田弾正様しかり太閤殿下しかり圧倒的な盟主という存在感があった。彼の者についていけば大丈夫であろうという存在感と安心感が。俺に足りないのはそれである。
もし、やり直せるのであれば幼いころに好き勝手暴れまわったせいで迷惑をかけた重臣たちに謝りたい。どうしてあのような者を採用してしまったのか悔やまれる思いである。
「殿、こちらをどうぞ」
勘十郎が俺に器を差し出す。中には湯漬けが入っていた。干飯をお湯で戻したようだ。がっと掻き込み、器を勘十郎に返す。
「旨かった。捕らえている者どもに水だけは与えておけ。これからの事は九平次が戻ってからだ」
「ははっ」
九平次が戻るまで、俺はじっと待つ。大将らしく、動じずにじっと待つのだ。ここで不安に駆られてうろうろと立ち回るようじゃ駄目だ。臣下を不安にさせないためにもじっと待つのである。
暫くして九平次が戻ってきた。驚きの表情を隠していない。その時点で俺は全てを悟っていた。どうやら本当に日ノ本ではない何処かに来てしまったらしい。しかし、どこでそうなってしまったのか。
「恐れながら申し上げます。たっ、確かにこの地は異国のようです。長浜の町もございませぬ。住人は全て南蛮人かと」
「ならばどうして我らは会話できているのかっ!」
「そうじゃそうじゃ、このような話、すんなりと納得できるかぁ!」
「鎮まれ。我らが神隠しに遭ったのだろう。どうやらそういうことらしい」
荒ぶる小伝治たちを抑え、静かにそう述べた。それと同時に打ち震えている。やり直す機会を神が与えてくれたのだと。また天下を目指せるのだと。
面白くなってきた。今日この時をもってこの地より宇喜多は天下を取りにいく。これは決定事項だ。さて、どこから始めようか。手始めに村の一つでも落としてやろうか。
俺は右手で口元を隠しただ、ただ静かに笑みを浮かべたのであった。
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