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第9話 ポテサラとコロッケ

 俺は冒険者ギルドにやって来た。依頼達成の報告の為だ。もうそろそろ夕方だ、疲れているだろう受付嬢ちゃんを励ますように明るく声を掛ける。


「マ~ナ~ちゃん、あっそびっましょ!」

「仕事中です。帰ってください」

「依頼達成の報告だって」


 俺は依頼人である村長から貰った依頼達成確認のサインが入った粗末な紙を出す。ちゃんと仕事はやっているんだから、そんな嫌な顔しなくても良いだろ。


「……はあー、お早い御帰りですね。流石です」

「まあな、この街の銀級で最強かもとご近所で噂の俺にかかればこんなもんよ」

「何年銀やっているんでしょうね。さっさと金に上がってください」


 マナは文句を言いつつも手続きをしてくれる。金等級になるには一定期間に難度の高い依頼を規定数こなさなければならない。はっきり言って面倒臭い。


「では、こちらが報酬になります」

「大銀貨1枚か、渋いなぁ」

「お化けキノコは弱いうえに素材として売れませんから」


 お化けキノコは一般的には食用ではない。需要がなければ当然価格は付かない。


「そういや依頼の村の村長に頼まれて、今度冒険者になる子の面倒見ることになったから。3日後に来る予定なんだが、もし俺がまだ来ていなかったらここで待ってろって伝えてくれるか?」

「それは良いですけど、子守なんて珍しいですね」

「これでも結構面倒見良い方だぞ」

「はいはい、それなら話の子以外の新人の面倒も見てください。新人冒険者が増え始めてますから」


 マナがうんざりした様子で嫌な情報を教えてくれる。秋から冬の初めまでが新人冒険者が一気に増える時期だ。今の時期は農村では秋の収穫が終わり、まとまった収入が得られる。その一部を餞別に与え家を継げない子を街へ送り出したり、逆に子供の方から農村での退屈で窮屈な冬越しが嫌で希望したりするのだ。その為日本とは違い、秋から冬にかけてが若者の旅立ちや新生活の時期である。


「新人の面倒はどちらかと言えば職員の仕事じゃないのか?」

「そうですか? 実地を経験していない職員である私なんかが教えることなんて少ないですよ。だから引き取ってくださいよ~、こっちも忙しいのに無駄な話に付き合うのは勘弁です」

「さっすが~、また口説かれてんの? モテる女は辛いねぇ。クソ高ポーション売りつけろよ」

「あんなの買うのジンさんくらいですよ。それに新人がアレ買うには相当無理しないといけないから、死なれでもしたら嫌ですよぅ?」

「確かに。それなら元冒険者の職員に相手させれば良いだろ。怖い顔したオジサン達がいるから丁度良い」


 冒険者ギルドには元冒険者もそこそこいる。真面目に続けた冒険者の中で頭が比較的マシな奴や面倒見が良い奴なんかが、現役引退と共にスカウトされたりする。真面目と言っても荒くれ者ばかりの冒険者稼業で長年勤めた人間だ。男女問わず大抵いかつい。


「どうせ色々理由つけて結局こっちに来ちゃうし」

「モテる女アピールか?」

「どうせ受付嬢っていう看板目当てでしょ」

「俺はそんなことも無いぞー。それに1回痛い目見ればガキ共も大人しくなる……と思うぞ」


 マナと話していると視線を感じたので、それとなくギルド内を観察する。確かに見かけない顔がチラホラ見える。その内の何人かがこちらを見ている。こちらというか、マナ目当てだろう。あんまりマナが迷惑しているようなら、軽く注意する必要があるかもしれない。まあ、その辺りは元冒険者のギルド職員が対応するか。


「じゃあ要件も終わったから帰るわ。何かあったらまた言ってくれ」

「はい、お薦めの塩漬け依頼用意しておきますね」


 塩漬け依頼にお薦めなどない。冒険者ギルドにおいて塩漬け依頼とは、野菜や魚などの食材を塩に漬け込むという仕事──ではない。報酬が少ない、難度が高すぎる、情報が少ない、依頼人がクソなど様々な理由で放置されている誰もやりたがらない依頼のことである。でも誰かがやらないといけないわけで、受付嬢は日々生贄を探しているのだ。


 ギルドに別れを告げ、歩きながら晩飯について考える。食べ物のことばかり考えているな、なんて言うなかれ。娯楽の少ないこの世界において食は最大と言って良い楽しみだ。


 キノコを食うつもりで依頼を受けたが今は肉じゃがを食ったことによって、舌が故郷のジャガイモ料理を求めている。ジャガイモが特徴の料理でこちらにないものはなんだろう。カレー、ポテトサラダ、コロッケとか? くー腹減って来た。カレーは難しいがポテトサラダとコロッケは作れるな。


 そうと決まれば早くしなければ食材を買えなくなる。スーパーやコンビニ何てないからな。市場はとっくの昔に撤収しているだろうし、日が落ちれば店舗型の店も閉まる。


 慌てて店で食材を買って家に帰った。そこそこ裕福な層が住む区画にある中古の一軒家だ。まともな調理場がある物件を探すとある程度値の張る所しかなかった。結婚もしていないのにこんな所の一軒家に住んでいる現役冒険者は俺くらいだ。普通の冒険者は宿屋住まいが多い。宿屋なら追加で金を出せば料理、洗濯、掃除もなんとかなるのがデカイ。


 でも仕方ないよな。今日みたいに元の世界の料理が食いたくなった時、自分で作れるのは良い。こちらの料理人にレシピを伝えて再現してもらうことも考えたが、そんな伝手は無い。唯一最近は冒険者ギルド内の酒場の料理人なら話を聞いてくれるようになったが、客が言う未知の料理をすぐに試してくれるような者はそういない。


 ご飯を炊き、茹で卵も先に作っておく。それからジャガイモを茹でつつ、ポテトサラダに必要なマヨネーズを作る。卵、酢、塩、油があれば比較的簡単に作れる。ふとマヨネーズのレシピを酒場の料理人に教えれば何時でも食べられるな、と思い付く。しかしマヨネーズなんて広めたら目立つだろうな。


 他にも良いレシピはないか、無いなら考えてくれとか言う厄介な連中が湧きそうだ。金になると分かれば際限なくそういう奴らが寄って来る。マヨネーズの影響力は侮れない。俺の奪い合いが始まるのでは? くだらない妄想をしながら料理を続ける。


 茹で終えたジャガイモを潰してサラダ用とコロッケ用に分ける。そして、ポテトサラダの材料を並べていく。潰したジャガイモ、ゆで卵、キュウリ、ニンジン、玉ねぎ──そこで大変なことに気付く。


「リンゴ忘れたぁ」


 ポテサラに不可欠な物を忘れていた、リンゴである。ポテトサラダに入れる物は家庭によって違うだろう。俺の家ではリンゴは欠かせない。あの酸味と甘みとリンゴ特有の香りが欲しくてポテサラ作ってるの。どうしてくれるん、この憤り。まあ全部自分が悪いのだが。次に作る時は忘れないと心に刻む。


 コロッケの方はパン粉が面倒臭い。パン粉売ってないんだよ。自分でパンを崩す必要がある。こっちの世界にも揚げ物はあるがパン粉を使った衣をつけるフライは見たことが無い。そこでまたまた足りない物に気付く。


「ウスターソース!!!」


 そう、ウスターソースだね。俺はフライはウスターソースでびしょびしょにしたい原理主義過激派である。醤油モドキは手に入れているが、ウスターソースもしくはその類似品はまだ未発見だ。そして流石の俺もウスターソースの作り方までは分からない。


 俺は涙を滲ませながらコロッケとポテトサラダを食らう。もしかしたらこの世界に来て最大の挫折かもしれない。何だったら勝てなかったのは初めてかもしれない。辛いなあ。

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