第4話 ドロドロ
頭イテェ、気持ちわりぃ、体が重いぃぃぃ。昨日遅めの昼食を食べた後の俺、何してたんだっけ。酒を5杯飲んだ後くらいから記憶が曖昧だ。あの後、もう何杯かお代わりしたような気がするんだけど分からん。
何故か俺の目の前には笑顔の仮面が張り付いたノルンがいる。俺はあまりの不調から蹲っている。それにしてもノルンの表情がさっきから全く変わらないぜ。実は人形なんじゃないか。ノルンがいるってことは教会か、ここ。
「ジンさん、また、やって、しまいましたね」
「いやぁ違うんだってこれは」
ノルンはゆっくり言い含めるように一言ずつ切って話す。言い訳したいがとにかく体調が悪いので後が続かない。声を出すたび頭が痛む。
「ごめん、先に祝福一発おねがい」
俺がお願いするとノルンの口から長い長い息を吐く音が聞こえた。多分深呼吸だな。うん、気合の入った祝福が期待出来るはずだ。ノルンが手を突き出し祝福の光が俺に降り注ぎ始める。あっという間に頭痛や不快感が消えていく。
「助かるぅ~。でもさっきからずっと頭ばっかり祝福の光が当たっているんだけど何か意味あるの」
「私では力及ばずあまり改善されないようなので、重点的に祝福しております」
「めちゃめちゃ効いてるぞ」
「いえ良くなった気がしません、少しでも良くなれば良いのですが」
俺の体調の方はもうバッチリなんだが、ノルンは結果にあまり納得していない様子だ。頭ばかり祝福しているが頭痛はもう治っているぞ。おじさんの頭は痛みも無くなりハッピーハッピーだ。
「昨日の繰り返しですが生活を見直した方が良いですよ」
「ちゃんとやってるって」
「ちゃんと? 私の知っている意味と違うようですね。そういえばジンさんはこの町の生まれではないと聞いたことがあります。ジンさんの故郷の方言でしょうか」
最近の教会は皮肉の言い方も教えてんのかね。汝隣人を愛せよ。俺に優しくしよう。
「ちゃんと運動して食事は赤身肉にしたし」
「その続きがあるでしょう。それだけで先程のような状態になるわけがありません」
「お酒を5杯飲んだ後記憶が曖昧で、気付いたら朝になっててさ。ここの礼拝堂の長椅子で寝てたみたい」
「それで今日最初の患者がジンさんなんですね」
「ノルンちゃん会いたくて早く来過ぎたみたい」
ノルンがまた大きく息を吐きだしている。俺も悪いとは思っている。昨日の今日でこれでは呆れるのは仕方がない。でも安心して欲しい。同じ過ちは犯さない。多分。
「もう良いです。診察結果ですが……生気の巡りが悪いですよ」
「それは何かマズイのか。例えばどんな病気になるんだ?」
「中風ですね」
「ちゅーふー?」
「急に意識を失ってそのままお亡くなりになったりする病気です。助かった人を診たら頭の生気の巡りが止まっている部分があったりしましたね」
多分脳卒中だな。生気の巡りが悪いっても血液の流れが悪いということだろう。俺の血液ドロドロなの? もしくは血管が詰まりかけているか。
「おぉ、それで頭に祝福掛け続けていたのか」
「いえ、それは別件です」
「そうなんだ」
「ええ」
どうも腑に落ちないが、とにかく脳卒中はまずい。いきなり倒れたのでは教会で治療してもらえない可能性が高い。周りに知り合いがいる状態なら運び込んでくれると思うが間に合うかどうかわからない。こっちには救急車なんてないからな。
「どうやらやっと事態の深刻さに気付いたようですね。これからは規則正しい生活に努め、暴飲暴食を控えてください」
「はい!」
「今日も返事は良いですね。まるで無邪気な少年のような迷いのない声でした」
「ごめんね。中身が邪気まみれなおじさんで。でも今日こそはちゃんとする。昨日はほら、病気になるといっても具体的にどうなるかは分からなかったからさ。身に染みていなかったんだよ」
なんだろうノルンは終始笑顔のままなのに呆れているのが感じられる。まあ俺って察しが良い男だからな。お前の期待もビシビシ感じてるぞ、待ってろ。明日は今日よりちょっとだけ健康な俺に会えるはずだ。金貨2枚を渡して俺は旅立つ。
「貴方の道行きに光のあらんことを」
ノルンちゃんの営業スマイル眩しいわぁ。心が洗われるよう。この調子で俺も心を入れ替えてドロドロな血液を何とかする。やっぱ食事を野菜中心にした方が良いんだろうな。普段から野菜はあまり食べてなかったからなあ。




