第37話 蜂蜜酒 店員視点
老舗酒店【迷宮公の金杯】店員ボッタ
私がこの町でも有数の老舗酒店【迷宮公の金杯】に勤め始めて10年が過ぎた。気付けば店主から店頭における業務のほとんどを任されるようになっていた。今では店主は店奥で帳簿を確認するか、商業ギルドの会合に参加するくらいしかしなくなっていた。それだけ私の仕事振りが認められているということだろう。
そんな私の最近の悩みは部下の教育だ。最近の若い連中はどうにも物足りない。見込みのある奴もいるのだが積極性に欠ける傾向がある。
例えばだ。今ちょうど店に入って来たお客様への対応だ。
「いらっしゃいませ」
私は声を掛け即座に客の様子を窺い、そのお客様に合った対応を考えているのだが後輩達は私に遅れて小さく「いらっしゃいませ」と言うだけである。自分のお得意様を作ろうという気概が無いのだ。それではこの店における立場は向上しないし、独立するにしても最初苦労するだろう。
私はお客様に近付き来店の用向きを伺えば、貰い物のお返しを買いに来たそうだ。
このお客様は初めて見る。初来店だろう。中年男性。首に冒険者の認識票を下げている。等級は銀、それなりの実力者と言って差し支えは無い。懐具合には期待出来る。身なりが冒険者にしてはきちんとしているのも好印象だ。いくら金を持っていても粗暴な者や不衛生な者がお得意様では店の品格に傷が付く。その点、目の前のお客様は全く問題ない。
まずは安い商品を紹介する。この商品ではおそらくこのお客様は満足しない。わざわざウチのような老舗店を選んだ身なりの良い銀等級冒険者だ。それなりの高級品を求めて来店したはずだ。
もちろん今から紹介する商品は味の良いものであるし、人気のある商品なので不快に思うことはないだろう。だがこの客の目的には沿ったものではない。彼はおそらく「より高い商品」を求めてくる。そこで本命の商品の出番だ。店にはとっておきの高級品が揃っている。
何故最初から本命を出さないのか?
私の経験則だがお客様は自分主導で求めた商品、自分で選んだ商品の方がその商品への思い入れが大きい。それはそのまま満足度にもつながる。つまりこの店への評価や常連客になる可能性にも大きく関わって来る。
それはさておき最初に紹介した商品は好印象だったが、やはり私の思惑通りこのお客様の要望を完全に満たす物ではなかったようだ。購入はするが他の商品も見たいと要求された。
「ありがとうございます。それでは……こちらはどうでしょう。由緒あるお酒ですよ」
予定通りにことは進む。次に紹介する商品も先程紹介した商品と同じ値段の物を出す。今度は蜂蜜酒だ。この選択は最後に出す本命の商品への流れを作るためだ。
お客様のグラスに蜂蜜酒を注ぐ。黄金色の美しいお酒だ。蜂蜜酒は店名の【迷宮公の金杯】の由来にも関わりがある。その為、昔からいくつもの名品を揃えている。この酒も安価でありながら自信を持って紹介出来る品質だ。
「なんの香りだ。んー? ハチミツ?」
「素晴らしい。その通りです。こちらは蜂蜜から作られた蜂蜜酒です。古の時代、神が人類にもたらした最初のお酒と言われています。体にも良く北方の国々では神の恵みとして珍重されております」
やはりこのお客様は違いの分かるお客様のようだ。大抵の冒険者は酔えば良いと安酒を大量に体に流し込むように飲む人種だ。彼はそんな中で味や見た目にもこだわる少数派なのだろう。これなら本命の商品の価値についても理解してもらえるはずだ。
「美味い、これも買うぞ」
「お買い上げ有難うございます。こちらもお値段は大白銅貨3枚です」
なんと、こちらの商品も即決で購入とは。しかもこちらの商品は値段も聞かずに決めた。思いっ切りの良い客は良い客だ。
「普通にお買い得で良いんだけどね。悪い、値段の目安は言ってなかったな。貰った酒はもっと高いやつだったから、もっと高いのは無い?」
「もちろんございます」
来た。お客様の口から狙い通りの言葉を引き出すことに成功した。今こそ本命の商品の出番だ。今から紹介する商品は高価な物なので店頭に陳列されていない。私は店の奥で大切に保管させている本命の商品を迎えに行く。
店の奥に設けられたワインセラーに鎮座する酒瓶を手に取る。私の本命の商品はこれまた蜂蜜酒だ。しかし普通の蜂蜜酒ではない。モンスターの蜂蜜、しかも死舞蜂の蜂蜜を素材にした世に流通することがほとんどない蜂蜜酒だ。
今回のお客様は冒険者である。冒険者だからこそ死舞蜂の蜂蜜を醸造に使える程集める困難さ、貴重さを理解してもらえるはずだ。
酒瓶を手にお客様のもとへ戻る。本来この死舞蜂の蜂蜜酒は試飲をしていない。それほど貴重で高価なものだが、今回このお客様は未来のお得意様になってもらえる見込みが高い。ここは投資と思って奮発すべきだろう。
「どうぞ、こちらも蜂蜜酒ですが先程までの物より高級な物になります」
お客様が死舞蜂の蜂蜜酒を口に含んだ瞬間、その表情が一旦固まり次に驚きに目を見開いた。普通の蜂蜜酒と死舞蜂の蜂蜜酒の違いに衝撃を受けたのだろう。
そう、その衝撃を、感動を感じて貰えさえすれば私の思惑は成ったも同然だ。
「こちらは特別な蜂の蜂蜜を使用しているので、この町で扱っているのは当店くらいのものです」
「確かにこれなら特別と言われても納得だ。いや、しかしこれは純粋な酒か? 薬か何かが入っているんじゃないか?」
このお客様は本当に感覚が鋭敏だ。こちらが説明する前に効用を感じ取ったようだ。大抵の人間はちょっと疲労が紛れる程度にしか感じない。これだけ察しの良い相手だと、こちらの口も滑らかに回るというもの。
「いえいえ蜂蜜と水と酵母以外何も入っておりません。ただし……これに使われている蜂蜜はモンスターである死舞蜂が集めたものなのです」
「あぁ、そういう」
お客様は説明に対して驚きながら頷いた。
「よく商品として出せるくらい量を確保出来たなぁ」
「それはもう長く商いをしていればこその伝手あればこそです。その分お値段の方も」
「結構するだろうな」
やはり冒険者だからこそ死舞蜂の蜂蜜の難しさは分かってもらえた。商品の価値を正しく分かってもらえるのは有難い。説明のしがいがある。
「こちらの瓶1本で大金貨10枚となります」
私の告げた値段に対して、お客様の表情が分かり易く「高い」と物語っている。
「大変貴重なものなので違いの分かる方にだけ紹介させていただいております」
「でもなあ。俺が欲しいのは大金貨1枚くらいの酒なんだよ。貰い物のお返しがしたいから、貰った物と同じくらいの値段のやつだ」
手応えはあったが流石にいきなり大金貨10枚は難しかったか。しかし、こんなこともあろうかと抑えの手は残している。
「ご心配なく、こちらの小瓶であればちょうど大金貨1枚です」
「分かった。それを買おう。でもこれだと量が少なすぎて味見程度で終わるなあ」
「いえ、こちらの商品はそのまま飲むより水や他の酒と混ぜてお楽しみいただくものですので、このくらいの量でも問題ではありません」
「ああ、そうなんだ」
次善策は上手くいった。まあ第二第三の手くらいは用意しておくのが出来る店員というものだ。
商売の成功を内心で自画自賛していると、お客様が事も無げに「大瓶も自分用に買う」と告げた。
まさか、まさかである。この流れで大瓶を購入するとは意外だった。と、いうことは大金貨10枚の大瓶を当初断ったのは、あくまで貰った物のお返しとして釣り合っていなかっただけということか。思った以上に懐事情は良いのかもしれない。
「お買い上げ有難うございます。いや~清々しい買いっぷり、このボッタ感服いたしました。勉強せていただきます」
ついつい声が弾んでしまう。だが、このお客様はさらに驚くような言葉を続けた。
なんと死舞蜂の巣の周りに特定の花を植えれば、蜂蜜の味を変えられるのではないかと言う。想像してみても現実感が無い。無数の死舞蜂が飛ぶ場所で、のんきに花を植えて回るだと。正気を疑う発言である。
小さな巣でも駆除するには中堅以上の冒険者パーティーが命がけになると聞く。それを普通の蜂のように養蜂を試みるとでも言うのか。
私のそんなこと流石に無理だろう思っての問いにも、お客様は事も無げに「出来なくはないだろ?」と言ってのける。
ここまで言うのであれば本当に可能なのだろうか。銀等級ということは間違いなく実力者ではある。しかし死舞蜂クラスのモンスターを物ともしないような冒険者の話は聞いたことが無い。
かつて魔王討伐以前はこの町にも国中に名が通った有名冒険者やパーティーが複数いたそうだが、現在では状況が変わってしまった。今の冒険者達はある程度名が売れると王都へ活動拠点を移してしまう。有力冒険者でも主だった者は、この町には残っていないはずだ。
だが偉ぶるわけでもなく己の実力を誇示するでもなく自然に「出来なくはないだろ」と言ったこの人ならもしかしたら本当にやってのけるかもしれない。そう思わせる何かがある。
小奇麗だが地味な見た目、肉付きは良いが鈍重な感じはしない体、どこまでも自然体な態度。英雄的な強さを誇る冒険者には見えない。かといって売り出し中の冒険者に良くいる、派手に着飾り自信過剰に出来もしないことを吹聴するような連中とも違うだろう。
もしもこのお客様の試みが成功した場合、それによって出来た蜂蜜酒は店の新たな名物になる。それも他に類を見ない逸品だ。絶対に逃すことは出来ない。そんな想いから成功した場合は知らせて欲しいと頼むと、これまた軽く「いいよ」と請け負ってもらえた。
私の理解の範疇から大きく外れた人だが、こんなに心が沸き立つような商売は久しぶりだ。願わくばお客様の試みが成功し、また来店してもらいたいものだ。
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老舗酒店【迷宮公の金杯】
店名の由来
迷宮公とはこの町を治める領主一族の初代を指す。この地は元々ダンジョン近くに小さな村があるだけだった。初代はこの村の生まれで幼少の頃からダンジョンで力を蓄え後に国同士の戦や魔王の軍勢との戦で数々の手柄を立てる。
彼は王家から多大な功績から金の杯と故郷である村一帯を領地として与えられた。領主になってからはダンジョン攻略の為に多くの冒険者を招聘する。そうするとダンジョンから得られるモンスターなどの素材を欲して商人が集まる。物と人が集まれば自然に金も集まるようになる。村は規模を大きくしていき町へと発展するのも瞬く間であった。
初代領主はダンジョンで力を付け、その力によって立身出世を果たした。そうして得た領地をこれまたダンジョンを有効活用することによって発展させた。これらのことから【迷宮公】と呼ばれるようになった。
迷宮公は戦の前には必ず蜂蜜酒を下賜された金杯にて飲んでいたと言われている。そして生涯ただ一度の負けも無い常勝不敗の英雄として名を残した。




