第35話 同類
俺は頼まれていたマロングラッセ10人分が用意出来たのでマナに渡すつもりだったのだが、このまま渡すことに不安が1つあった。こいつの場合、自分で全部食べてしまいそうなのだ。流石にそれはマズいので仕方なくマロングラッセはマナの家族へ渡すことにした。
「えー、ホントに家来るんですかー」
「お前に渡したら全部食っちまうだろ」
「そんなことはないですよぉ?」
語尾が疑問形のニュアンスな時点で限りなく黒に近いグレーだよ。
マナの家は俺の家から意外と近かった。大体150メートルくらいの距離かな。マナと俺の家はどちらも裕福ではあるが平民が住むエリアだ。ただしマナの家は俺の家より貴族が住むエリアに近くに位置しているようだ。つまりそういうことだ。
「意外だが実は育ちが良かったりするのか?」
「どこが意外なんですか。隠しきれない品があるでしょう」
「ひ……ん?」
俺の知っている品という言葉とは違う意味なのかな。そんなものを感じことなんてあったかな。
マナの頭のてっぺんから爪先までじっくり観察してみる。
少しピンクがかった金髪。左側頭部辺りから編み込んだ髪の房を頭の後ろに巻き付けるようにしている。なんという髪型なのかは俺にはさっぱり分からないが手間は掛かってそうだ。そういえば手の込んだ髪型をしている庶民はこっちの世界ではほとんど見かけない。
顔は美人と言うよりは少し幼さを残した美少女系だろう。黙っていれば賢そうに見えなくもない。
体型は甘い物を馬鹿みたいに食べているはずなのに標準だ。冒険者ギルドの受付嬢用制服が良く似合っている。実はベルトがきつくなったとか、そういうのは無い? それは俺の話か。
足も太くはなさそうだし、靴もそこそこ良い革靴に見える。平民の場合、貴族も相手にするような商人くらいしか履かないレベルの靴だ。
「もしかして親がそこそこ大きな店とかやってる?」
「え、何で分かるんですか? ちょっと怖いんですけど」
「冒険者として稼いでいたなら俺が知っているはずだし、貴族に仕えている家系って話も聞いたことも無い。それ以外である程度金持ちになろうと思ったら、この町では商人くらいしか思い付かないからな」
「へえー」
俺の名推理にマナが感心している。
このくらいなら簡単だ。俺は金〇一とコナ〇どっちとも履修済みだからな。じっちゃんの名にかけて真実は常に1つだったりするかもしれない。
「でも実は私の両親は若い頃冒険者をやってたらしいですよ」
「……思い当たる奴らはいないんだが」
少し思い出そうとしてみたが該当する人物に心当たりはない。辞めたり、姿を消した冒険者なんて珍しくも無いのでいちいち覚えていない。
「まあ、向いてないとすぐに分かって冒険者はすぐにやめちゃったらしいですけどね。それで父さんの実家の店を継ぐことにしたって聞きました。あっ、あれが家です」
「賢い選択だったみたいだな」
目の前に見えて来たマナの家は、低く見積もってもそこそこ成功した商人でなくては手が出ないレベルだ。冒険者なんて死んだり大怪我で引退したりしなくても、身持ち崩す奴が多いので商人になったのは正解だろう。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい。お客様?」
マナが声を掛けながら玄関のドアを開けると、落ち着いた女性の声が返って来た。それからすぐにマナにどことなく似ている30歳くらいの女性が姿を見せた。おそらくマナの母親だろう。予想はしていたが美人だ。
「おっ」
「人の母親を見て『おっ』とか言うのやめてもらって良いですか?」
マナの言葉は華麗にスルーして、マナ母に向かって軽く頭を下げる。
「冒険者のジンです。マナさんに頼まれていた物が用意出来たのでお持ちしました」
「えぇ……なにその喋り方」
マナは俺の豹変ぶりに驚いてぽかんとしている。
知り合いの親相手ということもあって物言いに気を付けただけだ。他意はない。ホントだよ。それに俺だって育ちではマナに負けていない。日本の義務教育を舐めて貰っちゃ困る。敬語の1つや2つくらいなんとかなるでございますわよ。
「あら、ご丁寧に。娘がお世話になっております。マナの母親のホリーです」
「お世話された記憶は無いですけどね」
「社交辞令に突っ込むなよ。あと世話はしてるだろ。食い物とか食い物とか食い物関連で」
母親の社交辞令へのマナは不満顔だ。
おかしい。俺がどんだけ甘い物を食わせてやったと思っているんだ。
「恩知らずな奴にはコレは与えられないな」
「ちょちょっと、嘘ですよ。『いつも素敵な甘味をありがとう』と心の中では感謝を忘れてないですよ」
俺がマロングラッセの入った袋を見せつけるように左右に振ると、マナは慌てたように手の平を返した。
感謝はせめて口に出せ。ったく、いつまでも漫才をやっていても仕方がないので、俺は本題のマロングラッセが入った袋をホリーに渡す。
「こちらはマロングラッセという栗を使ったお菓子です。旬の栗が思いがけず大量に手に入ったので作ってみました。ご家族で召し上がっていただければ幸いです」
「うわぁ私と対応が違い過ぎですよね」
「俺はいつもこんな感じだろ。ギルドで1番の紳士とは俺のことだ」
「冒険者ギルドでは聞いたことが無い称号ですけど、盗賊ギルドか何かでの話ですか?」
ばっか、盗賊ギルドみたいな非合法ギルドと掛け持ちしたら速攻で縛り首コースだ。
「用が済んだら帰ってくださいよ」
「はいはい」
「ちょっとマナ、ちゃんとお礼をしたの? ジンさんは頼まれた物って言ってたけど、どういうことなの?」
マナはいつものノリで話していたのだが、母親からすればこういった物を貰うにしては失礼な態度に見えたようだ。少し慌てて娘を問い詰めいきさつを知った結果、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。マナ、貴方ね。ジンさんはいつも珍しくて美味しい甘味を食べさせてくれるなんて話をしていたけど、お礼もちゃんとしてないみたいじゃない。それに貰ってばかりじゃ駄目よ」
「違うって。ちゃんとギルドの依頼で出そうとしたのにジンさんに止められたの」
母親に促すように背を押されたマナは言い繕う。
ホリーの気持ちは分からないでもない。良く知らない冒険者の男に娘が色々貰っているのは心配になってもおかしくない。しかし、俺としては端金で変な依頼実績なんて残したくない。それに馴染みの冒険者達にそんな依頼を受けたなんて知られるのも勘弁して欲しい。絶対揶揄われる。
「お菓子作りなど、本来ギルドの依頼で受ける内容ではありません。かといってギルドを通さず現役の冒険者と受付嬢が金銭のやり取りをするのも不都合があります。というわけでお母さんもその辺で」
「そうなんですか? でも貰ってばかりでは……そうだわ。ジンさん、お酒は飲むかしら?」
「ええ」
おさけ、だーいすき。俺の血の半分は酒で出来ていると言っても過言ではない。
「それなら少し待ってて下さいね」
ホリーは家の奥へ入っていった。
この流れは良い酒が飲めそうな予感。オラ、わくわくすっぞ。
「ちょっとジンさん!」
「なんだよ」
「私の母親に色目使うの止めて下さい」
マナがじと~とした視線をこちらに向け、俺の脇腹を突いてくる。
「使ってないが?」
「本当ですか? 普段あんな話し方しないじゃないですか」
「あのな。知り合いの母親相手にいきなりタメ口で話すような人間に、俺が見えるか?」
「見えますよ」
マナは真顔できっぱりと断言した。
おかしいな。俺ってそんな風に見えているのか。冒険者界隈では珍しい理知的な紳士で、そのうえ滅多にいないレベルの善い人だと自負しているんだがな。
あーだこーだとマナと言い合っているうちに、マナの母親が戻って来た。
「お待たせしました」
「いや全然待っていませんよ」
「夫の店は薬屋でして、こちらは取り扱っている中でも人気の薬用酒です。滋養強壮の効果があるんですよ」
「有難うございます」
ホリーから酒瓶を受け取る。
一升瓶よりは一回り小さいかな。色付きの瓶なので中身の色は分からない。
「ジンさんの場合、滋養強壮は逆効果なのでは……栄養過多ですよね」
「マナ、貴方も他人のこと言えないでしょ。甘い物の食べ過ぎだから食事量を私が管理してあげているんでしょ」
「ちょっとそれはっ」
マナもイジりも今なら余裕を持って笑顔でスルー出来る。
マナの奴「私太らない体質なんで~」とか言ってたのは嘘だったんだな。太らないのは体質ではなく、母親の食事制限だったわけだ。くっくっく、笑いが止まらねえぜ。
「体型の維持も楽じゃないねえ。お前もこちら側の人間だったわけだ」
「ジンさんとは違いますから。なんですか、その演劇の悪役みたいな声。『お前もこちら側の人間だ』とかそんな大袈裟なものじゃないですよっ」
なんだか小鳥のような囀りが聞こえているが俺は気にしない。俺はマナの肩をポンポンと叩く。
「また美味い物が手に入ったら食わせてやるから、体型維持がんばれよ」
「違うって言ってるのに~」
「分かった分かった。じゃあな」
俺はぶつくさ言っているマナを軽くあしらい、ホリーには会釈をして帰宅の途に就く。今日の晩飯はなんだかいつもより美味しい予感がする。




