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第34話 マロングラッセ

 栗は皮を剥くだけでもかなり時間と労力がいる。当初は俺もかなりの手間を覚悟していた。しかしマナとの約束の【栗を使った甘い料理】の準備は思いがけず、順調な滑り出しになった。なんと最高のタイミングで皮剥き要員が手に入ったのだ。経緯は割愛するがかつて少しだけ面倒を見ていた少年エルとその同郷の子供達と出会い。彼等に依頼と言う形で皮を剥いてもらうことが出来たのだ。もちろん渋皮も剝いてもらった。ちょっとしたお小遣いでこれだけやってもらえて俺はラッキーだ。


 有難いことに手間が大分省けた。さて今回作る栗料理はマロングラッセ。マロングラッセを選んだ理由は、俺にとってある種の思い出のお菓子だからだ。なんとマロングラッセを初めて食べたのが、こちらの世界に来る直前だったのだ。


 昔の俺にとって栗のお菓子と言えば天津甘栗とモンブランのツートップだった。そんな俺はテレビで見たマロングラッセに興味を持ち、初めて食べて固定観念を粉々にされた。


 まず見た目は皮を剥いた栗そのままなのに、ちゃんとスイーツと言える味になっている。口に入れると表面に砂糖の膜を感じる。シャクッとした栗にまとわりついているのか、浮き出しているのか分からない砂糖の感触。これが終われば栗本体だ。天津甘栗と違って粉っぽさが減り、それどころか口の中でねっとりと溶けていく。砂糖を大量に使っているのにどこか優しい甘さに感じたことにまた驚いた。初めてマロングラッセを食べて衝撃を受けていた俺は、その直後にこの世界へ来ることになった。いわば現代日本との別れと旅立ちの味なのだ。まあ、かなり大袈裟だが。


 さて、使う食材を台所に並べていこう。必要な物はシンプルだ。材料の種類は少ない。しかし量は一般家庭ではなかなか目にすることのない量になっている。



 栗 ・・・山盛り

 砂糖・・・山盛り

 水 ・・・適量



 大きなバケツ2杯分はあろうかという栗。ちなみにマナの要望は10人分。「まず1人分ってどのくらいの量だよ」という疑問は解けていないがこれなら足りるはずだ。


「人間が食べる量じゃないな」


 像のエサみたいな絵面に流石の俺も自重の一文字が頭を(よぎ)る。過っただけでそのまま続行するが。俺がマロングラッセを知るきっかけになったテレビ番組では作るところも紹介されていた。おぼろげな記憶を頼りに作業を進める。


 まずは渋皮もちゃんと剥いた状態の栗を1個ずつ目の粗い清潔な布で包んで糸で縛る。これをやっておかないと実が割れたり欠けたりするらしい。昔見たテレビではそう言っていた気がする。実が割れたとしても美味しいと思うし、俺1人で食べるのならここまでしないのだが、今回は人に渡す物なので見た目は大事だろう。


 1個ずつ包むのは結構時間が掛かる。これならエル達に布で包むところまで頼めばよかったと少し後悔した。次があるなら頼もう。正直金貨数枚で代わりにやってくれるなら迷わず頼む。金貨数枚の場合、感覚的に10万円以上に相当するがそのくらいのレベルの依頼を受けて、その金で誰かにやってもらった方が手っ取り早く済む。少なくとも俺の場合はモンスターを狩る方が楽だ。


 やっていてつくづく思う。俺はこういう細かい作業をコツコツやり続けるのに向いていない。栗の皮も剥いてもらったしな。マナを筆頭に店を出せと周りの連中は簡単に言うが、飲食店はそんなに簡単なものではない。もし、何かの間違いで店を出すことになったら実務を担当するスタッフが必要になるだろう。


「ぐぇ……な、なんとか終わった」


 苦しい戦いがやっと終わりを告げる。状態異常系の攻撃を連発してくる糞モンスター並の面倒臭さだった。俺は一息つく為にアイテムボックスから陶器のジョッキを取り出して水を注ぐ。ジョッキのサイズは中ジョッキくらいあるが、そこに注いだ水を一気に飲み干す。最近は何故だかすぐノドが渇く。


「生き返るうぅ」


 口に含んだ瞬間から体にしみ込んで来るような感覚、普通の水ではこうはいかない。もちろんこの水は違法な薬物を含んでいない。ただダンジョンの奥地で湧き出ている魔力を含んだ名水である。今年の夏に皆に振る舞ったかき氷の氷と源泉は同じものだ。これが水として飲んでも美味い。それに体にも良い、多分。


 定期的に冒険者ギルドに卸しているがとても評判だ。俺にこのことを持ちかけた昔馴染みの受付嬢であるメナスさんがこの【水】に関しては全て取り仕切っているらしい。この地域で1番の名水としてアピールしつつ、ギルドのお得意様限定で契約出来るようにしており、特別感を出している。契約者には毎週瓶に入った状態で届けられるようになっている。今ではこの町の金持ちのステータスの1つとして認知され始めている。


 胡散臭い商売してるよな。そのうち健康に良いとか、普通の井戸水には体に悪い成分が含まれているからこっちを飲むべきとか言い始めそう。でも実際普通の水とは味が全く違うから人気が出ること自体は当然か。それに最近寒くなって来たのにノドがよく渇くので、俺自身この水の1番の愛飲者と言って良い。俺はジョッキにダンジョン産の水を注いでまた一気飲みする。


「やっぱ違うよなあ、こいつは」


 1度飲んだらもう普通の水には戻れない。このダンジョン産の水はこれからさらに人気が出るだろう。数年後に水ビジネスを取り仕切るメナスさんが、大成功したベンチャー企業の社長みたいになっていたらどうしよう。副社長や幹部待遇で誘われても困るんだよなあ。俺の(しょう)に合わないからさ。


 さて、一息ついたところでここからが作業の本番だ。といってもやることは単純明快。茹でて火が通ったことを確認した後、砂糖を加える。加熱、火を止めてしみ込ませる。そしてまた砂糖を加える、加熱、火を止めてしみ込ませる。これを何日も繰り返してやればほぼ完成だ。後の仕上げは蒸留酒で匂いを付けるなどを行うくらいだったと思う。


 大体5日から1週間で出来上がると思う。マナが大人しく待っていれば良いだが、指名依頼はホントに勘弁してくれよ。俺はそんな心配をしながら調理途中で割れたり欠けたりした栗を口へ放り込む。うん、完成品じゃなくても美味しい。



 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇


 さあ、やってまいりました。我が家に食いしん坊(甘味限定)な受付嬢であるマナを迎えてのマロングラッセのお披露目である。俺にとっては多少思入れのあるお菓子だけに、肯定的な反応が見たいところだ。


 主役であるマロングラッセより先に紅茶を出す。マロングラッセがかなり甘いので少し濃いめに入れておく。


「ジンさんって紅茶が似合いませんよねぇ」

「いや? 紅茶の似合う紳士だが」

「はいはい、そーですね」


 失礼しちゃう。紅茶→紳士→俺という連想が自然に出来るはずだ。まあ良い。気の緩んでいる今、この瞬間が最もインパクトを与えやすいはずだ。マロングラッセが綺麗に10個並べられた状態の皿をアイテムボックスから出してテーブルに置く。


「わぁ……きれぇ」


 マナの口から思わずといった感じで感嘆の声が漏れた。

 見栄えを気にして食用油を少し塗っておいたおかげで、マロングラッセは良い感じにテカっている。それとも上から金箔を散らしたのが良かったか。


「まるで宝石みたいです」

「そうだろ、そうだろ」


 肯定的な反応と見て良いだろう。しかしマナの言ったフレーズに何故か懐かしさを感じる。なんでだろう。どこかで聞いて事があった気がするんだが。そうだ、昔日本にいた時にテレビで見たことがあるんだ。確か食レポで有名な人が言っていたな。あっちで今も元気なんだろうか。


 それにしても自然にそんなフレーズが出て来るなんて、マナには食レポの才能があるのかもしれない。ギルドの受付嬢として何の役に立つのかは分からないが。


 マナは意を決しマロングラッセを1個摘まみ口へ持って行く。口に入れると目を閉じ味わうことに全力で集中している。


「味の方は……ん~甘い、しあわせぇ」


 マナは(とろ)けるような表情で悶えている。高評価のようだが、とりあえず甘ければOKみたいなところあるからな、こいつ。


「感想が甘いってだけだと分からないぞ」

「美味しいです。サイコーです」

「語彙力が幼児」


 マナに食レポの才能があるかもしれない気がしたが、気のせいだったようだ。マナはマロングラッセをもう1個口に放り込み、思案するように首を傾げた。


「えー、すごい栗」

「絞り出した感想がそれか、悲しくなるな」

「表面は甘さが強いんだけど噛んでいくと、栗の素朴な味と合わさって絶妙なバランスになっていって美味しいです。何個でも食べれますね」

「そんな食べ方をする物じゃない。砂糖漬けだぞ」

「私太らないので」


 自信満々のキメ顔でマナは言い切った。

 ホントかよ。太りやすい、もしくは太りにくい体質というのはあるだろう。しかし限度がある。俺はマナをちょっと太らそうとは思ったが、教会の治療所送りにしたいわけではない。皿に残っているマロングラッセをぽんぽん口へ入れていくマナに少し不安を覚える。この後、依頼通りコイツに10人分のマロングラッセを渡して大丈夫なのだろうか。


「頼まれていた分、用意してあるけどちゃんと家族に渡せよ。自分で全部食べたりすんなよ」

「私のことどれだけ意地汚いと……モグモグ……思っているんですか。そんなこと……モグモグ……するわけないです!」

「今疑いが確信に変わった瞬間だ」


 これは駄目だ。マナは10人分全て1人で食べてしまう。俺は今回1人分を10個換算で用意している。マロングラッセが10個入った袋を10袋、つまり合計100個になる。これを全部1人で食べれば流石に危険だと俺でも分かる。


 もちろん食べるペースにもよるだろうが、皿の上のマロングラッセ10個を今まさに食べ切ってしまった様子を見る限り、マナはあればあるだけ食べるだろう。


「用意した10人分のマロングラッセはマナの家族に直接渡すことにした」

「えええええ!!」


 マナからは激しいブーイングが飛んで来た。しかしここは俺がブレーキ役になるべきだろう。見えている危険は避けるべきだ。ああ、教会の治療所でノインが口うるさく生活習慣の改善を求める気持ちが少しだけ分かった。こんな気持ちだったんだな。うんうん俺もちょっとは食事に気を付けよう。




◇この日のマロングラッセ消費量


 マナ・・・ 10個

 ジン・・・実質7個(調理途中で割りたり欠けたりした物を食べてた)



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