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第32話 栗だーいすき


 俺は狩りを終えたことを教える為、村長の家に戻って来た。部屋には大きなテーブルと装飾が一切ないイスが6脚あり、俺は村長の対面のイスに座った。最初に来た時には気付かなかったが、部屋の隅に大きな籠が置かれており栗が山盛りに入っている。村の特産なのかな。


 今回の狩りは予想外の熊の登場があったものの俺にとってはなかなか満足な狩りだった。俺自身は気分良く説明し終えたのだが、頭を抱える羽目になった人間がいた。いや、頭を抱えるどころではない。今は頭を俺に向かって下げ続けている。


「この度は大変申し訳ありません」


 その人物は依頼人である村長だった。依頼内容は熊1匹と猪数匹だったのに、熊がもう1匹出たことで話がややこしくなってしまった。


「けっして、けっして嘘を言ったわけではなく、熊は確かに1匹しか出ておらず」

「とりあえず落ち着いてくれよ」


 報酬を安くする為にわざと標的を少なく報告したと俺に疑われる。村長が恐れているのはそんなところだろう。依頼内容を意図的に誤魔化すのは、絶対許されない行為である。これは俺個人の価値観などは関係なく、冒険者全体の認識として依頼内容の虚偽は重大な契約違反にあたる。


 当然と言えば当然だ。今回は相手が熊で冒険者が俺だったから問題無く処理出来たが、討伐系の依頼は普通命の危険がある。そこで標的の数が間違っていたら大きな問題になる。標的の数や種類について正確な情報が無いのであれば、最初から不確定としておかなければならない。もちろんその分依頼料は増える。そこで嘘をつく依頼人がいなくならないのだ。ただ──


「今回のは、多分俺が熊を誘き寄せる為にしつこく音を鳴らし過ぎたんだと思う。音も大きかったし、大分離れた所にいた奴まで呼び寄せただけだよ。だからそんな慌てなくても良いって」

「いえ、それは、はい、そう言ってもらえるなら有難いですが」


 俺が気にしていないと分かって村長は少し落ち着いた。それでも冷静とは言い難い。村長は真剣な表情で右手を差し出して来た。何かと思えば手の平の上には金貨が1枚輝いていた。


「こちらでどうか、手打ちということにしていただきたい」

「いやいやマズイって」


 頭を再度下げ金貨を渡そうとしてくる村長。これは絶対に受け取れない。


「ギルドを通さず勝手に依頼人から追加報酬を受け取ったりしたら、そっちの方が問題だから」

「しかし、それでは」

「ホントに大丈夫なんで」

「埋め合わせが何も無いのでは収まりが悪いでしょう。儂が出来ることなら何でも……」


 いらん、じいさんにして欲しいことは何も無い。あえて言うなら話をさっさ終わらせて欲しい。村長とのこの不毛な押し問答を止める良い手は無いものか。村長の声を右から左に聞き流していると、視界の端に栗が山盛り状態の籠が映る。これだ。


「あー、それ栗だよな」

「はい? ええ。あっ、なんでしたらこんな物でよかったらいくらでも持って行って下さい!」


 村長は何か埋め合わせになることをしなければ気が済まないようだ。それなら俺がハッキリ何かを得た方が納得しやすいだろう。だが栗をタダで貰うのも冒険者ギルドの規則に抵触する恐れがある。


「じゃあ、こうしよう。今回狩った獲物と栗を交換でどうだ? 今回の依頼は討伐するだけで獲物を渡す予定は無かっただろ。でも俺1人だと熊や猪を丸ごと持って帰っても食い切れん。ギルドに納品しても今の時期、熊や猪の肉は納品する奴が多くて買取額微妙なんだよ。俺は栗好きだし、お互いにとって悪い話じゃないだろ」

「よろしいので!?」


 村長の表情がぱっと明るくなった。よろしい、よろしい。やっと正解を引いたようだ。これで帰れる。


「ではこちらを」


 村長は大人が両手で抱えないと持てないようなサイズの籠を2つテーブルの上に置いた。こんなに食えねえよ。でも断ったらまた話長引きそうだなあ。


「ありがとよ。栗だーいすき」


 俺はなんとか笑顔を作り帰路についた。

 やはり村長は強敵でしたね。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 とある村の村長視点


 ひと悶着があったものの最後は笑顔で村を去った冒険者を見送った後、熊と猪の解体を始める。熊2頭と猪4頭は1人で解体するには骨が折れるので、手伝わせる為に村の若い衆を呼んだ。


「こりゃすげえ」

「今日は御馳走だなあ」

「冬の為に干し肉にした方がええんじゃないか」


 冒険者が残していった熊と猪を見た若い衆は喜び、どう使うか好き勝手に言っている。


「のん気なもんだ。こっちはそれどころじゃなかったんだぞ」

「なにが問題なんで。あの冒険者、あっちゅう間に依頼を終わらせちまったでねえか」

「依頼内容より熊が1頭多く出た」


 儂の言葉に若い衆が顔を見合わせた後、首を傾げた。


「はあ、でもあの冒険者難なく片付けたんでしょう?」

「帰って来たところを見たけど傷どころか、身なりも綺麗なもんだったよな」

「報酬がちょいと割増しになるんか?」


 悪い奴らではないが頭は悪い。これでは何時までたっても村を次の世代へ継がせられない。


「阿呆、報酬を安くする為に嘘をついたと思われたらどうなることか。考えるだけで恐ろしい」

「あーやっぱり怒るんかなあ」

「気の良さそうな人やったけど」


 若い衆は1人も状況が理解出来ていない。ここまで言って思い付くのがその程度なのか、と呆れるしかない。しかし、こんな辺鄙な村に残った数少ない若者である。なんとか育てていくしかない。


「本人が大して気にしなくても、ギルドや他の冒険者に噂が広がったらどうする? ただでさえ町から遠いこんな田舎だぞ。もう依頼を出しても誰も受けてくれなくなるかもしれん。それに見ろ」


 解体途中の熊の1頭を掴んで、胸の辺りを若い衆に見えるようにする。胸の辺りが無惨に陥没しており、これが致命傷になったのだろう。


「どうやったらこうなるんだ」

「他は刃物で倒されとるのに、こいつだけ傷が違うな」


 熊の傷を見てもそれがどうやって付けられたものなのか分かる者はいなかった。普通はまず武器を使ったと考える。だが荒事に疎い村人には熊の体に陥没するような傷を負わせる武器など思い付かないだろう。しかも、正解は武器によるものではないという。


「本人が言うには素手で殴ったそうだ」


 熊の分厚い筋肉と脂肪は本来人の拳など物ともしない。つまりこれをやった者の力は人の枠を超えているのだ。流石にのん気な若い衆でも恐れを感じたのか、声が心なしか小さくなる。


「熊ぁ殴り殺せるもんなんか」

「現にやっとるやないか」

「そこまで強そうには見えんかったがな」

「もしあの冒険者が怒って暴れたらえらいことになったな」


 やっと若い衆も事の重大さに気付いたようだ。

 ここは冒険者と関わることの少ない村だ。しかし少ないのであって全く無いわけではない。今回のような駆除依頼を冒険者ギルドに出すこともある。冒険者のことを何も知らないのでは、今後大きな問題が起きかねない。少しずつでも教えていかなければならない。差しあたっては今回来ていた冒険者の等級について教えるか。気の長い仕事になりそうだ。


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