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第31話 人には得手不得手がある

 いやー村長は強敵でしたね。冷え切った場を盛り上げるのは、ユーモアあふれる俺でも大変だった。それでも卓越したトーク(りょく)で最後はドッカンドッカン笑わせて、村長は笑い過ぎて窒息死するんじゃないかってくらいだった。冒険者としては銀等級だけどお笑いは金等級だな。


 嘘である。空気の死んだ村長宅、俺は早々に挽回を諦めて本題である害獣駆除の詳しい内容確認をし、村長宅から脱出した。これは敗走ではない。依頼を少しでも早く達成し、困っている人を助ける為に現場へ向かっているのだ。


 今回の依頼内容はギルドでも聞いていた通り典型的な害獣駆除。村周辺の人の手で管理されている森に侵入してくる熊1匹、猪数匹がターゲットだ。


 人による管理と自然豊かな森。なんだか矛盾しているようだが、何のことは無い。人間に都合の良いものを増やし、都合の悪いものを減らしているだけだ。生えている木は人間の生活に役立つ種類の木がほとんどで、果実がなる木や薪に適した木に植え替えられている。野草やキノコも人にとって有用なものが毎年採れるように管理されている。そのうえ、それらの採取や管理がしやすいように雑木や雑草は刈られている。


 つまり村周辺の森は本来完全に人の生活圏だ。しかし人が都合良く作り替えただけあって実り豊かであり、獣から見ても魅力的な場所でもある。人の手が入っていない山や森から侵入してくる獣は毎年いなくならない。特に秋はそういう獣が増えるらしい。これまでは村の猟師が対応していたのだが、ベテラン猟師が腰をやってしまい比較的危険な熊や猪を狩れる者がいなくなって依頼を出したとのこと。


 現場である森の中でもターゲットが頻繁に現れる場所は、村長から聞いているので先ずはそちらを見て回る。最初のチェックポイントは沼田場(ぬたば)。ターゲットの猪が体に付いた虫などを落とす為に泥浴びをする場所だ。


 森の中を進むとすぐに小さな水溜まりを見つける。近づくと水溜まりは小さく見えたがその周辺の地面が広い範囲のぬかるんでいる。注意深く見ればぬかるんだ地面に獣の足跡や体を擦り付けた跡が見える。ここが目的の沼田場で間違いない。


 さて今回狩る猪と熊は一応モンスターではない。しかし日本の猪や熊と少々異なる点がある。それは非常に好戦的である点だ。俺の記憶が確かであれば日本には熊除けの鈴が存在したと思う。人がいることを熊に知らせれば警戒心の強い熊は()()距離をとるという習性を利用した物だ。ちなみにこちらの世界の熊や猪の場合むしろ襲って来る。理由は分からない。この世界を創った神の性格が影響しているのかもしれない。


 獣が好戦的なのは一般人にとっては非常に危険であるが、俺のようにそれらを狩ることが目的ならむしろ好都合だ。なにせ森や山の中をターゲットを探し回る必要がないからだ。そう、こちらの存在を相手に知らせてやれば襲って来るのだ。


 俺は沼田場の近くに生えている木を剣で強く叩いて音を立てる。何度も何度も続けていると、遠くの茂みが動いているのが見えた。狙い通りに獲物が自分からやって来たようだ。バキッとかガサガサという音がどんどん近づいて来る。枝や葉を無視して獲物が走って来ているのが音で分かる。


「縄張りを荒らされたからか怒り狂ってるなー」


 猪が鼻息荒く姿を現す。サイズはなかなかのものだ。100キロ以上ありそうだ。こんな奴が突進して来たら一般人は無事では済まないだろう。ただ経験豊富で優秀な冒険者であれば何の問題も無い。例えば俺とか。


 興奮状態で考えなしに突っ込んで来る猪。わざわざ正面から力比べをしてやる必要もないので、雷系統の魔法をその顔面に向かって放つ。猪は(たま)らず鳴き声を上げて突進の勢いが緩む。


 俺は間髪入れず猪の側面に回り込み、一瞬でアイテムボックスから取り出した剣を猪の首へ突き刺す。剣を引き抜くと血が勢いよく吹き出し、猪はよろめきながらも俺の方へ向き直り抵抗を試みる。しかし、数歩進んだところで力尽きる。


 俺は普段、食用になるモンスターなどを倒す際には肉の質を下げないようにミスリル製のワイヤー付き苦無を使っている。ただ今回はありふれた猪が相手だったのでそこまではしなかった。代わりに首への致命傷を与え、傷を最低限に抑えた。あと本来なら仕留めてすぐに血抜きもすべきだが、アイテムボックスへ入れれば時間経過が無いのであえて設備も無いここでやる必要も無い。


 仕留めたは猪をアイテムボックスに入れ、狩りを続ける。その後猪を立て続けに3匹狩ったところで猪の依頼分は完了した。次は熊だ。昔は熊相手だと結構緊張した。生まれ育ったのが現代日本の俺にとっては熊は危険な生き物であり、人間が剣で戦うなんてイメージは無い。しかし熊より強いモンスター相手に10年以上戦って来た今の俺にとっては何の脅威にもならない。などと言い聞かせつつやはりちょっと緊張する。


 日本にいた頃、えげつない熊の被害エピソードを幾つか知る機会があったせいだ。ネットだとすぐ詳しい情報が出て来るのが災いした。無惨に殺された人達の具体的な描写を余すことなく読んでしまった。つまり何が言いたいかと言うと、全力で行く。今の俺の実力的には余裕で倒せる相手だが一切手加減しない。


 周囲を警戒しながら村長から聞いた熊が良く出るポイントを目指す。20分くらい歩いたところでポイントに到着した。さらにその周辺の探索を数分、そこで手掛かりを見つける。木に大きな爪痕があった。木を上り下りした時に付いたものなのか、縄張りを主張するものなのかは分からない。ただ熊の行動範囲なのは確かだ。


 爪痕のついた木を剣で叩いてみる。しばらくしても猪の時のように出て来ない。音が聞こえないくらい遠くにいるのか、これ以上歩き回るのは面倒なんだが。いや逆に考えるんだ。もっと歩き回ることで健康に良いと。


「出て来ーい」


 でもやっぱり歩き回るのは面倒臭い。しつこく木を叩く、叩く、叩く。すると獣の唸り声が聞こえて来る。よっしゃ良い子だ。ご褒美にすぐ痛みも苦しみも無い世界へ送ってやるからな。


 唸り声が聞こえた方向から黒い塊が猛スピードでこちらへ走って来る。熊って確か最高で時速50キロメートルくらいで走れるらしい。凄いよな。車レベルだ。あっという間に目の前までやって来た。


 ただの体当たりでも普通の人間なら怪我する勢いだが残念、相手は普通じゃない。モンスターを倒し続けて普通じゃない身体能力を得た冒険者からすれば大きな的だ。


 剣を左下段に構え突っ込んで来た熊を右に躱してすれ違いながら、剣を右上へ斬り上げる。普段狩っているモンスターの上位連中に比べれば、斬る感触の抵抗感は小さい。振り返って熊を見る。恐らく即死だろう。血を撒き散らして転がっている。ぎりぎり真っ二つとはいかなかったようだ。刃渡りが少し短かったか。


「とりあえずこれで依頼は終わりだな」


 依頼では熊は1匹駆除すれば良いと聞いていたのでノルマ達成だ。剣をアイテムボックスへ戻す。そして熊の死骸をアイテムボックスに入れようと屈んだ時、ガサッと音がした。俺は反射的にそちらへ振り向く。


「はあ?」


 俺が斬ったのと別の熊が今まさに俺へ飛び掛かって来ている。追加の熊はああまりに予想外で思考が一時停止。いや、思考停止ではなく今考えなくて良いことは全て頭の隅へ避け、シンプルに熊からの攻撃に対する反応だけが残ったのだ。


 熊は人間より大きな体で覆いかぶさるように飛び掛かって来た。俺の体は自然と動く。剣は出さない。熊に向かって半歩踏み込み、素手のまま拳で突く。拳は熊の胸にあたり、ドンッという低く重い音が響いた。素手による狩りなどあまり経験が無いが、不思議と仕留めたという確信があった。


 俺が殴った熊は地に伏し、動く気配もない。やはりもう死んでいる。それにしても俺の先程の対応はなかなか良かったのでは? 元々ターゲットの熊は1匹と聞いていたし、熊は群れる習性が無いので追加の熊は想定外だった。そんな2匹目の熊による不意打ちに対し、焦ることも無く流れるような動きで仕留めたことに自画自賛が抑えきれない。


 会心の反応だった。自分の実力からすればかなり格下な相手なので勝って当然なのだが、それはそれとして上手く動けたことに達成感があった。

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