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第30話 予想外のピンチ

 季節が巡り秋が来た。秋って良いよな。暑くないし寒くもない。食べ物も美味い。本当に良い季節だ。しかし良い事ばかりではない。何故か最近また少し俺のお腹周りがなんだか大きくなった気がするのだ。おめでたかな? そんな訳が無い。しかし太る理由にも心当たりは()()()()()不思議で仕方がない。


 まあ自分に厳しい俺の冷静な分析によれば、今の俺の状態はちょっとだけ太り気味ではある。ほんの少し、ちょっとだけ、ベルトの穴1個分だけなので大きな問題ではない。問題無いのだが、治療所で俺を担当するノルンが俺と同じ感想を持つかは分からない。祝福という名の折檻を受ける未来を回避する為、俺は基本に立ち返りランニングをすることにした。


 まあランニングといってもやっぱり依頼達成のついでだ。何か理由が無いとダイエットだけの為に走るなんてやってられない。町から離れた場所にある村の依頼を受け、その行き帰りを走ることで脂肪を燃焼させるのが狙いだ。長年冒険者として鍛え上げた人間離れした身体能力で、運動量を増やせば一気に体重は減るはず……はずだった。


「はあ、はあ、はあ、あちぃ」


 もう秋なのに汗が止まらない。秋になって暑くないって話はどこに行った。体温が上昇し過ぎて、涼しい程度の気温では気休めみたいなものだ。感覚的にはスタミナはまだまだあるのだが流れ続ける汗で参ってしまう。心なしかヒザや足首にも違和感がある。情けないが、これが年齢ってやつか。


 今俺が走っているのは町から依頼先の村へ続く道だ。道と言っても行き来する人に踏み固められただけの草が生えていない地面である。お世辞にも走りやすい道ではない。それを距離にして40km以上走っている。今町で依頼を受けられる村の中でわざわざ1番遠い村を選んだのだが、フルマラソンはやりすぎだったかもしれない。


 そろそろ休憩すべきか迷い始めたところで村が見えて来た。里山の長閑(のどか)な風景に和む。走り続けると里山の奥に人の手が入って無さそうな深い森と山が見えて来る。今回の依頼は最初に見えていた長閑な里山ではなく、こっちの山とその麓に広がる森が舞台となる。こういう村によくある害獣駆除が依頼内容だ。


 村に近づいて来たところで走りから徒歩へ切り替える。息を整え汗を拭き身なりを整える。このまま村に走り込んだらとんだ不審者だ。しばらくして村に着く。ぱっと見で数人の村人が見えた。ここくらい田舎の村だと余所者が声も掛けずにウロウロしていると変に警戒されたりするので、こちらから声を掛ける。


「こんにちは、冒険者ギルドから依頼で来たんだが村長と話せるか?」

「おぉ冒険者か。村長が依頼出したばっかりなのに早いな。村長ならあっちの家だ」


 数人の村人のうち年配の男が、村の奥の方の家を指差した。

 村長の家へ向かう道すがら村の様子をそれとなく観察してみる。家屋は見える範囲では30軒以上50軒以下かな。特に荒れた様子も無く、村人の表情も特に変わったところは無い。一応こういう点はチェックしておかないといけない。極稀(ごくまれ)にだが依頼内容を偽って報酬を安くしようというクッソ迷惑なライフハックを使う依頼主もいる。


 青銅等級くらいの難度の依頼のはずが、2等級上のモンスターが出て来たなんてこともある。他にも小規模な盗賊の討伐のはずが、数十人規模の団体さんだったとかもある。そういうケースの依頼を出す村は大抵見て分かるレベルでおかしな所がある。異常に荒れていたり村人が陰鬱としていたりする。そもそも追い込まれていなければギルド相手に嘘なんてつかないからな。






「銀等級ッ!?」


 家を訪れた俺に対する村長の第一声はこれだった。俺の冒険者の認識票を見たせいだろう。本来田舎の害獣駆除は初心者を卒業したあたりの冒険者向けの依頼だ。等級なら鉄の上位から青銅級が適正だと思う。ちなみに鉄と青銅は下から2番目と3番目の等級になる。普通銀等級の俺は鉄や青銅くらいの冒険者向けの依頼を受けられない。鉄や青銅級の仕事を奪うことになってしまうからだ。つまり俺が受けているということは、これ系の依頼がいっぱい余っているということだ。


 田舎の害獣駆除は本来受けるべき鉄等級や青銅等級の冒険者から敬遠されている。モンスターに比べて通常の獣は弱いが無力というわけでもない。熊や狼あたりが相手なら鉄等級には命の危険すらあり得る。それに町の近くに稼ぎやすいダンジョンがあるのも大きい。わざわざ遠く離れた田舎に安い報酬で行きたがる物好きは少ない。異世界も世知辛いね。それもあってこの依頼を受けようとした時、受付嬢のマナも止めたりしなかった。


「ジンさんが帰ってくるまでに似たような依頼をいくつか見繕っておきますね」


 そう笑顔で俺を送り出してくれた。これ系の依頼は相当余ってるんだろうなあ。報酬安いしな。それにしてもダブついている依頼を(てい)よく俺に押し付けようとは、マナも逞しくなったものだ。ん? でもアイツ前も俺に塩漬け依頼を押し付けようとしてたよな。俺を便利に使おうとは小賢しい奴だ。まあ今回は俺にとっても意味ランニングのある依頼だから許してやるか。


「あの、わしの出した依頼を、受けたと?」

「そうだ」

「いや、あの、普通の獣を狩るだけの依頼を銀等級の方が受けるなんて……」


 村長は困惑しつつ最後は良く聞こえない声でモゴモゴ言っている。依頼内容に対して過剰な戦力が来てしまった驚きもあるが、同時に困っている感じがするのはなんだろうな。依頼を受けた冒険者が強いのに越したことはないと思うのだが。


「銀貨たった3枚の依頼、です、よ」


 村長の恐る恐る告げる様子に俺はピンときた。あぁ、これは銀等級という過剰戦力が来たことで追加料金を請求されるのではないか不安に思っているのだろう。しょうがない。町で(つちか)った俺のコミュりょくで安心させてやるか。


「ダイジョーブ、ギンカ3マイ、ポッキリヨー。アンシン」

「アッ、ハイ」


 村長の疑いの眼差しが晴れない。町の繁華街で実際に使われている常套句なのに通用しないだと!? フレンドリーさが足りないのだろうか。実際に俺自身が言われた時を思い出してみる。もっと厚かましく距離をガンガン詰めた方が良いのかも──いや駄目だな。警戒心剥き出しの村長の様子を見て思い直す。まずは場を和ますトークが必要だな。


「普通に決まった通りの報酬でちゃんと依頼は達成するから心配しなくて良いぞ。依頼の()()に変更が()()()()なら追加料金も()()()()、なんつってダハハハ」


 村長の家の中を沈黙が支配した。

 おかしいな。前に顔馴染みの冒険者パーティー【黒い稲妻】の3人と飲んでる時には馬鹿ウケだったんだが。酒か? 酒が入ってないからダメなのか? 空気が重い。どうすりゃ良いんだ。

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