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第29話 かき氷2

銀等級パーティー【黒い稲妻】リーダー

ドルトス視点


 ジンが取り出した謎の道具【かき氷機】。どうやって使うか、どんな料理が出来上がるのかも全く分からない。そもそもこの町で生まれ育った俺が見たことも聞いたこともない物を何処で手に入れたんだ。


「こんなもん何処で買って来たんだよ」

「作らせた」

「訳の分からんもん作らされて職人も困っただろう。可哀そうに」

「……作らせた相手は元パーティーメンバーの錬金術師」


 ジンが告げた答えに俺は顔をしかめる。なんだったらマシューやオルト、メナスさんまで微妙な顔をしている。ジンの元パーティーメンバーの錬金術師と言えば1人しかない。元貴族令嬢のカスだ。錬金術にのめり込んで散財した挙句、研究資金欲しさに一族の家宝を売り飛ばそうとして勘当された奴だ。当然の如くギルド内でも多くの問題を起こした過去がある。


「縁切れよ。あんな奴」

「野に放って良いと思うか。あいつを」


 マシューが吐き捨てるように言ったことに対して、ジンが真顔で聞き返した。その内容にマシューは閉口する。(くだん)の錬金術師はここの冒険者ギルドの所属歴の長い人間なら誰でも知ってるクズだ。錬金術を愛し、錬金術に人間性を捧げた狂人だ。あいつは誇張抜きで錬金術の為なら何でもする。違法薬物くらいなら平気で密造してバラ撒きかねない。


「あの皆さん知っている方みたいですが、そんなに駄目な方なんですか?」

「知らなくて良いし、関わらない方が良いクズの中のクズだ」


 この場で多分(くだん)の錬金術師を知らない唯一知らないマナの疑問は当然だろう。しかし俺はハッキリ断言した。アイツは関わらなくて良いならそれにこしたことはない。


「えっ、ちょっと待ってください。その錬金術師さんってもしかして、前にジンさんが生クリームを作らせた、人、だったり、します?」


 最後は恐る恐るといった感じで尋ねるマナ。残念ながら既に関りがあったようだ。だがジンはそっと視線を逸らしてマナの質問には答えなかった。


「まあ、アイツのことはこの際どうでも良いよ。腕だけは確かだから。こっちは保証しないけどな」


 ジンは自分の頭を指差して冗談めかす。ただ冗談になっていない。本人を知っているジン以外全員の顔が引きつる。メナスさんですらコメカミを引くつかせている。過去のあれやこれやを思い出しているのだろう。川に出没するモンスター退治の依頼で川に猛毒を流すという暴挙に出て大問題になったこともあった。あの時は冒険者ギルドのお偉いさんが各方面に土下座して回ったらしい。


「私そんな人が作った物食べちゃったんですか!?」

「安心しろ。魔法契約で犯罪行為とかを縛っているから。さて、そんなことより重要なのはコイツだ」

「ちょっと全然安心出来ないんですけど」


 マナはまだ納得していない様子だったが、ジンは詳しい話をする気がないみたいだ。

 ジンは【かき氷機】を軽く叩き注目を集めて使い方の説明を始めた。それによると中央の台に氷を置いて鉋のような部分で削るらしい。大工が(かんな)を使っているところは見たことがあるが、氷を削るというのがイマイチ想像出来ない。氷の場合割れたり砕けたりするんじゃないのか。


 ジンの説明が一通り終わり、いよいよ調理というところで料理人のダストンが羨ましそうに言う。


「しっかし、こういう時に魔法が使えるのは便利だな。氷の用意も簡単だ」


 だがジンはそれに対して意味有り気な笑みを向ける。


「俺がわざわざ人を誘っておいて魔法で作った味気ない氷を振る舞うわけないだろ。用意したぞ。特別な氷をな」

「もしかして天然氷か? そういやジンはアイテムボックス持ちだったな。冬のうちに入れておいたんだな」

「でも魔法で作った物とそんなに違いが出るかしら?」


 ダストンの予想にメナスさんが疑問を投げかけた。それは俺も思ったことだ。氷なんて何でも同じようなもんだろ。他にもウチのメンバーのマシューやオルトも頷いている。まあ、オルトはメナスさんが言ったからっていう理由だろう。


「でも実際に食べ比べてみないと分からないわね」

「はいっはいっ、私は天然氷食べてみたいです」


 メナスさんとマナの言葉がこの場の総意だろう。結局食べてみないと分からないし、純粋に食べて比べたい気持ちがある。そこでジンは不敵な笑みを浮かべる。皆の興味が高まったのを感じたようだ。


「今回用意したのは、そんじょそこらの氷じゃないぞ。まず今回の氷は冬の間に用意した物ではなく、さっきダンジョンで採って来た物だ」

「マジかよ。もしかしてさっき採って来たって氷の為にダンジョンまで行ったのか!?」


 付き合いの長い俺でも流石に驚きを隠せなかった。恐らくこの町の外れにあるダンジョンに行ってきたんだろう。あそこは4つのエリアから出来ている。それぞれのエリアが春、夏、秋、冬の季節で固定されていて冬のエリアは1番奥に位置している。天然氷ということはこの冬のエリアまで行ったということだ。ダンジョンは当然奥に行けば行くほどモンスターは強力になり、環境そのものも過酷になる。そんな所に氷目的で向かうのは狂気の沙汰だ。


「普通の水が凍った物じゃないからな。ダンジョンの深い所で湧く水は特別だ。それが流れ込む湖で出来た氷だ」

「そりゃダンジョン奥の水なら魔力も少量は含んでるだろうしな」

「だからって行くか。氷なんかの為に」

「上級ポーションの素材に使う目的で依頼が偶に出ているから普通の水と違うのは確かよ」


 魔力も含んでいるという俺の言葉にも、だからといってわざわざ行かないだろとマシューが呆れる。メナスさんの方は納得顏だ。


「流石メナスさんは違いが分かる女だねえ」

「お世辞は良いわよ。それより無理をしなくても入手出来るなら、その水と氷を継続して納品してくれないかしら?」

「アッ、ハイ、ヨロコンデー」


 ジンはメナスさんの要望に引きつった笑顔で答えた。分かるぞ。なんかメナスさんの頼みは断り辛いよな。だから俺は苦手だ。今のジンのようにキツイ依頼を受ける羽目になったのは1回や2回ではない。なんだったら俺が断ってもメナスさんに惚れているオルトが勝手に請け負ってしまうなんてこともあった。


 これ以上厄介な話が増えたら堪らないと、ジンはさっきまで勿体ぶっていたのが嘘のようにあっさりアイテムボックスから氷塊を取り出す。散々特別特別とジンが言っていたせいか、実際普通の氷とは違って見える気がする。ジンはてきぱき氷を【かき氷機】に設置し、その下にアイテムボックスから出したガラスの器を置いた。


「おいおいガラスの食器なんて使ってんのかよ」

「かき氷にはこれが合う。むしろこれ以外考えられないと言っても過言ではない」


 妙にキリッとした表情で言い切るジン。ガラスの器なんて高いうえに壊れやすいもん良く使うなあ。庶民、特に冒険者みたいなガサツな人間の多い界隈なのに自前のガラスの器なんて使う奴は珍しい。やはり変な所でこだわる奴だ。


「じゃあ、ちょっと静かにしてくれ」


 ジンはそう言うと【かき氷機】を使い始める。ジンが左手で【かき氷機】を抑えながら右手で持ち手らしき部分を握ってグルグル回す。そうすると設置された氷塊も軽快な音を立てながら回り始め、鉋のような部分からガラスの器へ雪が降る。


「まるで雪だな」

「こんな風になるのか」

「……新雪だ」

「すごぃ、どこからくる発想なんでしょう」

「見たことが無いわ。こんな料理」

「少なくともこの町では無かった物だ」


 俺を含めジン以外全員が口から驚きの声が漏れる。そのくらい衝撃的な光景だ。やがてガラスの器に真っ白い雪山が出来上がる。


「この上から野苺を砂糖で煮詰めて作ったシロップを軽くかけてやると、ほら完成っ」

「「おぉぉぉ」」


 ジンは出来上がった【かき氷】それとスプーンをメナスさんに渡す。皆の視線が集まる中、メナスさんはスプーンで【かき氷】をすくって口へ入れる。その瞬間メナスさんは目を見開いた。


「これは」


 その一言の後メナスさんは黙々とスプーンを口へ運び続ける。その間にジンが新しい【かき氷】を作っていく。次に出来た【かき氷】をジンはマナに渡した。マナはキャッキャ騒ぎながら「すごい」を連発している。その後やっと俺の番になった。


 ドンと目の前に置かれた【かき氷】。スプーンを突き入れる。軟らかそうな見た目通りスっと入った。すくい上げ口に入れる。冷たさと甘さが口の中に溶けて広がる。カチ割氷や果物を冷やした物とも違う一瞬で溶けていく新感覚。


「うっま、なんでさっきまで氷だった物がこんなにふんわりしっとりするんだ」


 もう1回もう1回とスプーンを口へ運ぶ手が止まらない。夏の暑さで高まった体の熱が芯から下がっていく──急に頭に痛みが走る。


「あいたたた。なんか頭が」

「一気に食べるからだ。少しずつ食べれば治まるぞ」

「おう、しかし手が止まらん」


 俺が頭痛と戦っている間に全員に【かき氷】が行き渡る。皆口々に「こんな物は食べたことが無い」と驚き、何人かは俺と同じく勢いよく食べ過ぎて頭痛に襲われている。


「これはマナさんがジン君をお菓子屋にしようとするのも無理ないわね」

「ですよねっ。これと同じくらい美味しい物が他にもあるんですよ。お店やったら絶対流行りますって!」


 先に食べ終わったメナスさんとマナの会話が耳に入ってくる。その内容には正直同意だ。夏だけでも屋台をやれば良いのにと思う。毎日行列が出来るはずだ。ジンの冒険者としての腕は認めていたが、こんな特技まで持っているなんて思いもしなかった。


「お菓子屋も意外に似合うかもな。ジン、夏だけでもやったらどうだ。俺も客として行くぞ」

「仕事でやるのは勘弁だ。俺にとって料理ってのは、その時食いたい物を気の向くまま作って食べるのが良いんだよ」

「ベテラン冒険者が引退してお店を出すのは良くある話なんですけど。ジンさんの場合、冒険者を辞めて何もしなかったら数年で駄目人間になってそうですね」


 ジンのポリシーに対するマナの感想は辛辣だが同意せざるを得ない。売れそうな料理が作れるのは分かったが、それはそれとして真っ当な職について規則正しい生活をしているジンの姿は想像出来ない。


「いや俺は生涯現役だから。100歳になってもダンジョン潜るぞ」

「今の生活を続けてたらその前に体壊すんじゃねえか」

「ジンさんに健康的な生活は無理だと思いますよ」

「あーあ【かき氷】は他にも味があるんだけどなあ、折角色々用意してたたけど食べ過ぎは健康的じゃないかなー」


 調子よくジンを揶揄っていたマナの口がぴたりと止まる。


「氷にかける物やのせる物で色んな味や食感が楽しめるのになー」

「……例えば生クリームをのせたり?」

「もちろんそれも用意してある。でも生クリームを作ったのはギルドの鼻つまみ者だけどな」


 ジンは机の上に話の生クリームとやらが入った器を出した。生クリームとやらは白くて軟らかそうな物体だ。味は甘いのだろうか。


「シロップも苺以外にオレンジ、ブルーベリー、抹茶を用意しているぞ。あと練乳だ」

「まっちゃ?」

「れんにゅう?」


 オルトとマナがアホみたいな声を漏らす。オルトに関しては、みたいというかアホなのはパーティーメンバーの俺から見てもほぼ間違いない。マナに対するイメージも今日だけで大分変わった。甘味に関わるとちょっと頭が残念になるようだ。


「抹茶は乾燥した茶葉を粉末にした物を使うお茶の一種だな」

「なんで1度粉末にするんだ?」

「俺の考えた物じゃないから分からん。俺の故郷の伝統的な茶だ。練乳の方は牛乳に砂糖を入れて煮詰め、濃縮した物だ」

「聞くだけで暴力的な甘さなのが分かります。でもそれが良いっ」


 ジンが説明しながら出したシロップや練乳にマナは熱視線を送っている。ジンはそんなマナに呆れつつも新たな【かき氷】を渡す。


「まあ今度は自分の好きなように味付けしてみたらどうだ」

「わあっ良いですね。えー、じゃあ生クリームと練乳をっと」


 マナは甘さ以外何も感じなくなりそうな物体を作っているが、俺はそこまで甘い物が好きなわけじゃない。


「甘いのばっかりじゃなあ」

「それなら抹茶がおすすめだ」

「ホントか? 凄い色してるぞ」

「とりあえず試しにちょっとだけいってみろ」


 試しに、と少量の【かきごおり】を受け取り、およそ人の食べ物とは思えない濃い緑のシロップをかけて食べる。


「お、意外といける」

「そうだろ」


 シロップとしての甘さはあるが茶葉の程よい苦味のおかげか、くどく感じない。これなら何杯でもいけそうだ。俺の反応を見た他の男連中も抹茶味を食べ始めると口々に「苦味が癖になるな」など喜んだ。


 皆色々な味のシロップを楽しんだが、俺はしばらくして手が止まる。何杯でもいけると思ったが3杯食べれば十分だった。しかしメナスさんとマナは驚くべきことに全種類試していた。女の甘味への執念は凄いな。これなら本当に店を出せば成功しそうだ。


 ただ自身で作った【かき氷】を食べているジンを見て「無理だろうな」とすぐ思い直す。言うのは簡単だが客商売は大変だ。店となれば毎日準備もしなければならないし、ほぼ決まった時間に働かなければならない。ジンに規則正しい生活なんて出来るだろうか、いや出来ない、出来るわけがない。ジンは気分屋の見本のような男だ。


 それに接客の方も怪しい。普段人当たりは良い方だが、長く冒険者をやっているだけあって力を振るうことに躊躇いが無い。態度の悪い客を殴ってしまう未来が容易に想像出来てしまう。俺の視線に気付いたジンが首を傾げる。


「ん、どうかしたか?」

「……そのうちまた【かき氷】作ってくれよ」

「おう、気が向いたらな」


 こういう奴だよな。次については期待しないで待つとしよう。ただジンは食に関しては腰が軽い。次も【かき氷】かどうかは分からないが、また何かしら変わった物をすぐ食べたがるはずだ。次の機会はすぐ来るだろう。その時は俺も何か用意するか。いつも食べさせてもらってばっかりじゃ、な。俺は料理をしないから珍しい食材でも探しておくとするか。

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