第27話 執行猶予
クソうるさいセミの鳴き声で目責める。夏は虫と暑さがうっとうしい季節だ。だが少し考えると毎年冬は冬で文句を言っている気がする。まあ、それはさておき何故か頭が痛い。昨日は珍しく酒も飲んでいないのに頭痛がするなんて意味が分からない。二日酔いでないなら風邪か? だがこの世界に来てから1度も風邪なんてなったことなんてないし、今は夏だから風邪の可能性は低い気がする。それに熱っぽくもないし喉も普通だ。とりあえず教会に行けば何とかなるだろ。
朝飯を食べ、開店すぐの混雑時間帯を避けるように気持ちゆっくり教会へ向かう。受付開始前から患者が並んでいることもザラだからなあ。商売繁盛で神様も喜んでいるはずだ。
「と、いうわけでぬるりと来たぜ」
「重症ですね」
教会でノインに症状を伝え診察してもらった結果が、これ。
「やっぱそうかー。きついと思ったんだよ。やっぱなー」
「相当悪いです」
「だよな。辛いもん」
「大変だったでしょう。こんなに悪いと今までの人生大変だったでしょう」
ノルンは痛ましげにこちらを気遣う。大変と言えば大変だが流石に大袈裟じゃない?
「そんなに悪い?」
「ええ、私の知っている中では3本の指に入る頭の悪さです」
「なんか意味違いませんかね」
「神様より与えられた【奇跡】の力は確かです。その力による診察が間違うはずがありません」
揺るぎない神様への信頼を見せるノルン。だが神様の力も大したことない。何故なら俺の頭が悪いとか、ないからそんなこと。
「頭は良い方だぞ。すごく、すごいぞ」
「あ、今まさに実証され続けているので大丈夫ですよ」
ノルンは取り付く島もない。
「自覚していますか。ジンさんの頭へ集中的に祝福をしてから、体調不良で教会へ訪れる頻度が下がっていることに」
「な、なんだってー」
「これは頭の悪さが改善された影響で、無茶をする度合いや頻度が下がったことを示しています」
「そう、そうかあ? そうかな」
「良い傾向です……しかしそれはそれとして前回私が言った言葉を覚えていますか?」
ノルンの質問に「なんだっけ」と俺は首を傾げる。どうせ生活改善しろとか、そんな感じだろう。いつも同じようなことを言われていたから覚えている。
「改善が見られない場合、お腹の脂肪を燃やすと言ったはずです」
「ひぇっ……で、でも今のところ良い傾向なんだよな?」
「足りません。事実今日も体調を崩してここを訪れたわけでしょう。次回はもっと大きな改善結果が見たいと思うのは、そんなに無理な要求でしょうか。自称頭のすごく良いジンさんなら出来ますね?」
「はいっ」
俺の返事を聞くとノルンは祝福によって治療を行う。最近会うたびに俺への圧が強まっている気がする。ただ治療の腕は確かだ。頭痛はあっという間に消えた。治療が終わるとノルンから感じる圧が弱まった気がする。
「そういえば前回いただいたクッキー、美味しかったですよ。ありがとうございます。同僚も喜んでいました。礼を言っておいて欲しいと頼まれました」
「いつも世話になってるからな」
「同僚が今評判の店の物だとはしゃいでいました」
「まあ俺が作る物には劣るがな」
「急になんの対抗心ですか。ジンさんは冒険者ですよね」
「別に対抗心から言ったわけじゃないけど」
嘘である。最初実物を食べた時、内心ちょっとだけ納得出来ず「この程度で評判?」とか思った。別に自分で店を出すとか料理を仕事にする気なんてないが、もっと美味い物があるということを言わずにはいられなかった。なんなんだろな、この気持ち。
「なんか美味いもん作ったら持ってきてやろうか」
「健康に害のある物は駄目ですよ」
「えー体に悪い物ほど美味しいって真理を知らないのか?」
「どこの邪教の教えですか、それ」
温度が下がりつつあるノルンの視線に、新たな扉が開きそうな気がしないでもない。まあ、それは一旦置いておいて体に悪い物が駄目となると俺の好きな物の大半が駄目ということだ。例えばカロリーなんて高ければ高いほど良いと思うのだが、ノルンの基準ではアウト。厳しいなあ。
「あまり体に悪い物ばかり食べていると頭痛が再発しますよ。何度も奇跡による診察と祝福を行うことで、ジンさんのより詳しい状態が分かるようになってきています。それによればジンさんの頭痛の原因は血の流れが悪くなってることにあるようです」
血の流れが悪く? 動脈硬化や高血圧だろうか。それで頭痛って結構重症な気がする。流石に食べる物はもう少し気を付けた方が良いかもしれない。カロリー低めの物、ね。気が進まないな。
「カロリーが少ない物なんて美味しくないぞ。でも頭痛は嫌だし、カロリーが低いやつ、頭痛……ん?」
「かろりー?」
「良い事思い付いたから楽しみにしてろ。くっくっく」
カロリーが少ない物と頭痛で良いことを思いついた。一気に食べると頭が痛くなるアレだ。そう、かき氷だ。氷にカロリーは無い。シロップ? かき氷の大部分は氷で出来ている。シロップなんてて氷の量に比べればほんのちょっとだ。しかも氷は冷たい。冷たい物を食べて体温が下がる。体温を元に戻すためにカロリーが消費される。つまり実質カロリーゼロである。
「どう見ても悪いことを思いついた人の顔なんですが。しかも頭も悪そうに見えますよ」
今のうちに囀るが良いわ、小娘が。後で俺を崇め奉ることになっても知らんからな。今回は自信がある。この前受付嬢のマナと料理人のダストンに振る舞ったチーズステーキが微妙な反応に終わったことで、心の何処かでモヤモヤしていたのだ。よし、善は急げだ。ノルンに金貨を2枚渡して教会を後にする。
「はあ……貴方の道行きに光のあらんことを」
俺は背にノルンのお決まりの祈りを聞きながらダンジョンへ向かう。教会を出ると暑い日差しが降り注ぐ。普段であれば不快なそれが、今から作る料理を食べるには格好の環境になるのであまり気にならない。




