第25話 譲れないものがある
やんちゃな新人共を軽く捻った後、ダンジョンで牛を狩った俺は冒険者ギルドに帰って来た。もちろん報酬の受け取りと狩った牛を食う為だ。最近の俺の定番になっている、自分で獲って来た肉を冒険者ギルド内にある酒場でステーキにして出してもらうという流れ。これで今日もとりあえず酒を1杯、口に流し込む。
「くぅ~効くわぁ」
「またそれですか。お酒も体に良くないんじゃないですか?」
顔馴染みの受付嬢であるマナが呆れながらテーブルに今日納品した物の報酬を置いた。
「もう食べることと飲むことぐらいしか楽しみが無いんだよ」
「うわぁ……」
俺にとってはいつもの軽口だったのだが、マナが俺に向けるのは可哀そうなものを見る目であった。そんな目で見るんじゃない。意外と毎日幸せだぞ。
「ジンさんの獲って来るお肉は私も美味しいとは思いますが、焼いただけの肉とお酒が数少ない人生の楽しみって寂しくないですか」
「や、焼いただけじゃない。塩や香辛料も使っ、使っている。余計なことをしない方が素材の良さを活かすんだぞ」
「素材の良さを活かすと言えば聞こえは良いですけど、その素材がいつも同じだからなおさら飽きませんか? やっぱり若い頃、殺伐とした生活をしていたからこんな風になっちゃ……いえ何でもないです」
えっ、何それ。最後濁したけどほぼ全部言ってたよね。もしかして俺今哀れまれているのか。そんな馬鹿な。よりにもよって大した料理もないこの料理後進世界の人間が俺の食事を哀れんでいるだと!?
「いやいやいやいや、一般的な家庭や冒険者よりは良い物食べてるし、生活水準高いけどっ」
ここ数年はかなり改善されているが、この世界に来た当時の食事事情の酷さは筆舌に尽くしがたいものがあった。酒場や宿で食べられる食事の貧相さに辟易としたのは今でも苦い思い出だ。
「俺がこの町に来てすぐの頃は、料理と言っても豆と芋ばっかりだったんだぞ。当たり前のように一週間の献立が豆豆芋芋豆芋芋の煮たやつだなんて、俺より酷いからな」
かつてのこの世界はとにかく食材と料理のレパートリーのどちらも乏しかった。正直毎日の食事が苦痛だった。しかも調味料はほぼ塩のみ。一週間の献立が豆豆芋芋豆芋芋の煮物という絶望。町外れにあるダンジョンの入り口付近で獲れる兎が数少ない動物系のタンパク質だった。最近でこそ、この兎肉はシチューが定番になっているが、昔はこいつも塩茹でが主流だった。
そんな生活が嫌で町にはあまり帰らず、俺はダンジョンで食べられるモンスターを積極的に狩って自分で調理して食べるようになっていった。その名残か、今の町は昔に比べ手に入る食材が増えているし、飲食店の料理の種類も多少増えたが自炊することが多い。どう考えても俺の方が豊かな生活を送ってるはずだ。
「まあ、そうですけど。でも料理をするしこだわっているって言ってるわりにって話ですよ」
痛い所を突かれた。この世界は日本に比べて料理の種類が少なく凝った物もないと嘆き、自分で元の世界の料理を再現したりしていたが、最近の自分を振り返ってみるとどうだ。お世辞にも食事のバリエーションは多いとは言えないし、シンプルな料理ばかりだ。マナを太らせる為に作った揚げパンやクレープさえ、レシピと材料があれば子供でも出来る程度の物だった。これでグルメと呼べるのか? いやグルメを自称した覚えはないんだがな。
「それから豆や芋も悪くないですよ。最近は甘い芋もありますし、甘いし、甘いですよ」
「甘い芋? ああサツマイモな」
先代か先々代の転移者が王都で広めていたらしい。それが最近この町にも普及し出した。確かにサツマイモは美味いよ。焼き芋にしても天ぷらにしても美味しい。でも毎日は勘弁してくれ。
「俺は毎日食べるならジャガイモの方が良いな。でも肉の方がもっと良い」
「焼いた肉ばっかり食べてないで野菜をもっと食べた方が良いんじゃないですか? でも毒キノコは野菜に含まれませんよ。それと甘い物は美味しいです」
「甘けりゃなんでも良いってもんじゃないだろ?」
「【甘い】は【美味しい】です」
マナはグワッと目を見開き断言しやがった。駄目だ、こいつ。バカ舌か甘味狂いのどちらかだ。こんな奴に食事について言われっぱなしで良いのか。いーや良くない。
「甘い物以外にも美味い物はある。今度の休みは予定を空けておけ、本物の肉料理を食べさせてあげますよ」
「はあ、何で最後敬語になったんですか。あっ食後のクレープも用意してください」
「クレープを食う腹の余裕なんて残るかな」
勢いで言ってしまったがマナを納得させるような肉料理の当てはない。だが退けない。ここで退けば食にこだわっている癖に、ただ太っているだけと思われてしまう。いや太っていると言う程脂肪はついていないんだがな。少しだ、ほんの少し。




