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第24話 半年後お菓子屋さんになっているかもしれないおじさんに悲しき過去

 冒険者ギルド

 新規の依頼が貼りだされる朝の混雑状態もそろそろ落ち着く頃、ボロボロになった若手の冒険者パーティーがギルド職員達に付き添われてギルドに入って来た。もしや緊急事態か? とギルド内が騒めく。そんな中いち早く対応したのはベテラン受付嬢のメナスだった。


「何事ですか?」


 メナスがその一団に声を掛ける。付き添っていたギルド職員の1人が説明の為に残り、傷だらけの冒険者パーティーはそのままギルド内にある治療所へ他の職員に連れられて行った。治療所といっても教会のような本格的なものではなく、せいぜい応急処置程度しか出来ないのだが何もしないようりはマシだろう。


「身の程知らずの新人がベテランに返り討ちにされただけですよ」


 真剣な表情のメナスに対して、残ったギルド職員の方は軽い調子で答える。その声は周囲にも聞こえた為、ギルド内の騒めきは大きくなる。他人のケンカなんて多くの冒険者にとって最高の娯楽である。ギルド内にいる冒険者達は興味津々で聞き耳を立ている。


「新人の増えるこの時期恒例とはいえ、もう少し怪我が軽い段階で止められませんでしたか? 誰なんです、相手は」

「ジンのやつですよ。やられた新人共の方は前に1回ギルド職員の方で軽く【教育】してた奴らでして。それなのに懲りてなかったみたいで。ジンに絡んで今回みたいなことになってしまったんです」


 新人達を返り討ちにしたのがジンだと分かり「アイツなら仕方がない」という納得する者達と「えっ、あの人が?」と意外だと驚く者達にギルド内の反応は二分した。


 前者はベテラン勢で後者は比較的若い者達だった。驚いている若者達の中でも特に反応の大きかったのが受付嬢のマナだった。先輩受付嬢であるメナスとギルド職員との会話につい横から入ってしまう。


「ホントにジンさんがやったんですか!?」

「お、おう、そんなに驚くことか? あいつ昔は結構無茶やってたし武闘派だぞ」

「ぶ、武闘派? えええええっ!?」


 マナが急に話に入って来た為、ギルド職員は普段の野卑な口調が出てしまう。だがマナはそれどころではなかった。ぶ、と、う、は、武闘派。その言葉はマナの持つジンへの印象からあまりにかけ離れていた。マナの脳裏にジンに関する記憶が過る。





 冒険者ギルド内にある酒場でベロベロに酔っぱらって「しめにラーメンが食いてえ」と叫んでいるジン。ラーメンって何だろう? 故郷の料理だろうか?



 下衆な表情で人差し指と親指で輪を作って「誠意って言葉じゃなくて金額で示すもんだぞ」と宣うジン。



 毒のあるキノコ型のモンスターを食べて泡を吹いてひっくり返り、教会へ運ばれて行くジン。



 生クリームという物を使ったお菓子をマナにお腹いっぱい食べさせた後「知ってるぅ? 生クリームは牛乳より脂肪分が多いんだよ」と良い歳して悪ガキのような小憎らしい表情で煽ってきたジン。



 ここ最近の記憶だけ思い返しても、武闘派という言葉からは大きくかけ離れている。マナは武闘派という言葉のギャップに最初困惑していたが、次第にそこに面白みを感じてしまう。


「ぶ、武闘、ふふ、武闘派ってフフッ、そんな」

「別に冗談で言っている訳じゃないんだが」


 その反応にギルド職員は困ったように頭をかく。メナスはこのままだと話が横道に逸れて長くなると判断して、一旦話をまとめることにする。


「この件については後で報告書を提出してください」

「げっ、めんど、失礼。すぐ書きます、はい」

「マナさんもジン君の話は休憩時間にしましょうね。今はまず、お、し、ご、と」


 メナスの指示にギルド職員とマナは慌てて自身の仕事に戻る。メナスはそれを見てやれやれといった感じで自分も受付の仕事を再開した。この職場での力関係がハッキリ分かる光景だった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 新規の依頼が掲示板に貼りだされる朝の混雑状態が終わってしばらくすると、冒険者ギルド内の空気は一気に弛緩する。割の良い人気の依頼は全て受注され、後は昨夜痛飲して出遅れた者や依頼の取り合いに参加するほどのやる気が無い者がまばらにやって来るだけだ。


 この閑散とした時間帯に受付嬢やギルド職員は交代で休憩をとる。メナスとマナは一緒に休憩室でハーブティーを飲みながら先程の続きを話していた。


「それでジンさんが武闘派だなんて冗談ですよね? 不摂生がたたって教会で注意されちゃったりする、お酒と食べることが趣味の面白おじさんですよ」

「ここ数年で冒険者ギルドに入った子達からは、そんな風に認識されているのね」


 メナスはマナが持つジンのイメージを聞いて溜息を吐き、ジンの冒険者活動がおざなりになっている現状に首を横に振る。


「気が抜けちゃっているわね」

「私が冒険者ギルドに入る前は違ったんですか?」

「そうねぇ、ジン君も冒険者に成りたての頃は誰よりも熱心だったのよ」

「えぇ~」


 武闘派に続き熱心という言葉がメナスの口から出たことで、マナはますます信じられないといった表情になる。そんなマナに対しメナスはジンの過去を語り始めた。


「ジン君が冒険者なったのは確か……15年位前だったかしら。ある日ふらっとギルドにやって来たのよ」

「15年前というとまだ魔王がいた頃ですか?」

「ええ、あの頃は着の身着のままギルドにやって来て冒険者になる人も珍しくなかったわ。住む場所を無くしたり、家族を無くしたり、故郷を無くしたりしてね。マナさんは魔王がまだ討伐される前のことを覚えてるかしら」

「いえ、私はまだ小さかったから覚えていないです」


 マナは物心がついた頃には既に魔王は討伐されていて、急速に復興が進んでいる最中だった。討伐前のことは話で聞いているだけで実体験としての記憶は無い。


 魔王の討伐前は何処の国でも多くの被害が出ており、生きる為やモンスターへの恨みから冒険者になる者が多数いた。メナスはジンもそんな中の1人だったのだろうと認識している。


「あの頃は今とは違って、さっき言ったみたいな切実な理由から冒険者になった人が多くてギルド内も殺伐としていたものよ。まあ冒険者ギルドだけじゃなくて国……いえ世界の何処であっても同じだったわね。そんな中でもジン君は際立っていたわ」

「凄く強かった、とか?」


 マナは首を傾げながら半信半疑で聞くが、メナスは首を横に振った。


「最初は普通か弱いくらいだったわね。当時は見た目も荒事が得意なようには見えなかったし、初めて【叫び兎】を狩りに行ってそこそこ苦戦して帰って来た時には冒険者に向いてないんじゃないかと思ったわ」


 マナは意外そうに「へえ~」と気の抜けた声を出した。ジンに武闘派のイメージは全くない。さりとてジンがモンスターに苦戦、それも冒険初心者向けのモンスターである【叫び兎】に手こずるイメージはマナには無かった。マナの記憶ではジンはいつも依頼を飄々と達成していた。


 実はジン自身には当時苦戦した認識はなかった。異世界に来て全てが初めての体験だった為【叫び兎】がどのくらい雑魚なのかも分かっていなかった。むしろ初めての割に上手くやれたくらいに思っていた。


「最初の頃こそ上手くいかないこともあったけれど、ジン君はたった1ヵ月で銀級まで昇格したのよ」

「え、1ヵ月、え? ありえませんよね。話が急に飛びませんでした? どうやったらそんなことになるんですか?」


 マナの頭の中は疑問と信じられないという思いがぐるぐる回る。ただメナスがこんなことで嘘を言うとも思えない。半信半疑ながら常識を超えた結果が出たはジンに才能があったのだろうと解釈した。


「天才ってことですか? ん~似合わないなあ」


 だいたい目安として見習い扱いの木製の認識票から鉄製の認識票へ昇格するのに1週間、遅めの者なら1ヵ月かかる。冒険者の等級は木から鉄、青銅、白銅、銀、金まであるがそれぞれ昇級には条件があり、当然の如く上に行くほど厳しくなる。にもかかわらず上から2番目の等級まで短期間で昇級するのは並大抵のことではない。


 それでも事実ジンは1ヵ月で銀等級まで昇格した。メナスは当時受付嬢としてジンを担当することが多かったので、どのようにしてその結果を出したのかも詳しく知っている。そしてそれは天才などという華麗なものではなかった。


「違うわ。単純に数を熟したのよ」

「でも1ヵ月だと数を稼ぐにも限界がありますって」

「その限界までやったのが当時のジン君よ。冒険者になってから1ヵ月間ずっとダンジョンと冒険者ギルドを往復し続けたの」

「ずっと? 毎日ってことですか? でもそのくらいの人なら少ないけどいますよね」

「違うわ。朝、昼、晩いつもダンジョンにいたの。他の冒険者からギルドに苦情が来たくらいにね。『いつもダンジョンにいる』『狩場を占有しているんじゃないか』『1人で依頼を多く取り過ぎだ』とか色々ね。もう不眠不休じゃないかってくらい常にダンジョンで目撃されてたのよ」


 マナは想像の遥か上を行くメナスの説明に絶句した。頼れる先輩であるメナスの言葉とはいえ簡単に受け入れられる内容ではなかった。


「いやいやいや出来る訳ありませんよ、そんなの。不休も厳しいですけど不眠の方は不可能ですって」

「教会の祝福をダンジョンから戻って来るたびに受けていたのよ」

「……可能なんですか? 教会の祝福なら可能、なのかな、なんにでも効くはずだし。でも聞いたことがありませんよ。そもそも祝福をそんなに乱用するなんて教会に怒られますよ」


 メナスの説明はマナの持つ常識からあまりにも逸脱していた。別にマナが特別な認識を持っているわけではない、むしろこの世界では一般的なものである。教会の【祝福】は神から与えられた奇跡であり、本来気軽に使って良いようなものではない。少なくともこの世界の一般的な庶民の価値観では、余程緊急でもない限り【祝福】に頼るという選択肢は出て来ない。


 マナはふと、ジンが日常的に教会の【祝福】を利用しているらしい発言を聞いたことを思い出した。その時はいつもの冗談だと受け取っていたのだが、もしかして本当だったの、と密かにドン引きした。絶対教会に怒られるでしょとマナは確信した。


「それがね、当時の教会はむしろ積極的に支援したわ。魔王の存在によって狂暴化したモンスターがダンジョンから溢れたり、街を襲うモンスターの群もいたからそれだけ熱心な冒険者は同業者以外からは歓迎されたのよ。まあ時代よね」


 メナスの淡々とした語り口でマナの懸念は否定された。マナはここまでのメナスの説明で異常なところしかないことから、魔王がいた頃がどれほど酷い状況だったのか、その一端を垣間見た気がしていた。そして、その時代を冒険者として乗り越えて来たジンは、ただの不健康で食べ物に妙なこだわりのある面白おじさんではなかったんだと認識を少しだけ改めた。


「ただジン君が本格的に魔王討伐を視野に入れてパーティーを組みだした時に、魔王が討伐されたのよ。それからしばらくは気が抜けたみたいにフラフラしてたし、パーティーも中途半端になっちゃったの。で、気付いたら今みたいな状態だったわ」


 これがこの街でも有数の武闘派で知られていた冒険者の顛末よ、と話はメナスによって締めくくられた。マナは何とも言えない表情になる。


 異常としか表現出来ない程熱心な冒険者だったのに。1ヵ月で銀級まで昇格した実績から見て、少しだけ何かが違っていたらジンはもしかしたら凄い人物になっていたかもしれない。もし魔王討伐がもう少し遅ければもっと名を上げていたかもしれないし、万に一つだがジンのパーティーが魔王討伐を成し遂げたかもしれない。そもそもそれ程熱心に冒険者をやっていたのは、何か深い理由があったんじゃないか。例えば家族の仇であったり、故郷を滅ぼされたりしたから異常なまでにダンジョンに潜り続けて強くなろうとしたんじゃないか。


 メナスとマナは2人共同じような想像に辿り着いていた。人に歴史あり。ふざけたような冒険者生活を送るおじさんにも色々あるんだと2人は思いながら、冷え切ったハーブティーの残りを飲み切った。



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