第23話 教育の重要性
やんちゃな新人冒険者パーティーに絡まれた俺は、密かにこちらの様子を窺っているギルド職員が介入する口実作りの為にあえて攻撃を受けた。が、ギルド職員共は一向に姿を現さない。なんで?
「なんだビビッて動けねーのか、おっさん」
「マナさんに言われた通り、菓子屋にでもなるんだな」
「お似合いだよ」
俺の思惑なんて知らない新人共は、俺が抵抗らしい抵抗を見せていないので調子に乗りまくっている。嫌な顔で笑うなあ、流石にムカつく。ギルド職員が止めに入らないなら俺自身で対応するしかない。別にキレた訳じゃない。
「おらっなんか言えや」
先程殴って来た奴が俺の服を左手で掴みながら、右手でもう1回殴ろうと拳を振りかぶる。俺は避けるのではなく逆に、その亀のように進むのが遅い拳を額で受ける。まあ受けるというよりパンチを頭突きで迎撃する感じだ。10年以上魔物を倒し続けて魔力を取り込んで強化された俺の額と冒険者成りたてのガキの拳、どちらの強度が上か?
結果は分かり切ったものだった。グシャッという拳の骨が折れる感触が俺の額に伝わる。そもそも鍛えていない人間では、一般人相手でも素手で額を殴れば突き指くらいはするし、指の骨も折れることがある。それが今回は互いの強さに圧倒的な差があった為に悲惨なことになった。拳が潰れた馬鹿は悲鳴がうるさかったので腹を殴って黙らせる。戦っている最中簡単に気を失ってしまうようでは、すぐ死んじゃうぞ。この後冒険者を続けても不幸な未来しかないぞ。
仲間が瞬殺されて残りの新人共は呆気にとられている。格上を相手にしている時に動きを止めるのは致命的なんだが、コイツらの頭の中にはそんなこと浮かびもしないのだろう。残り4人か、これでは1分かからないな。
「なんか俺にお菓子屋さんになって欲しい奴が多いみたいだな。まあ甘いモノを料理するのは得意だからな、こういう風に」
腹を殴って気絶させた相手の襟を掴んで残りの連中に向かって投げる。連中は受け止めるか、避けるか迷って中途半端に抱える形になる。その隙に俺は距離を一気に詰める。1番手前の奴に右フックを打ち込む。綺麗に入ったから脳震盪でも起こしたのか、全身の力が抜けたように崩れ落ちる。
残り3人はサイズが気持ち良いくらい大中小に分かれている。呼び名も大、中、小で良いか。まず大の左足を蹴り飛ばす。図体がデカいが悲鳴もデカい、喚きながら地面に転がっている。中くらいの男は腰に吊るした剣を抜こうとしたので、その手を蹴り折る。
「はい駄目、剣抜いちゃったら喧嘩じゃ済まないぞ」
最後の小柄な少年は俺に背を向け走り出している。それを追いかける。もし初手で逃げていれば身体能力に差があるとはいえ追い付けなかったかもしれない。だが数メートルくらいのハンデでは大した意味はない。10秒も掛からず追い付き後ろから襟を掴む。小柄な少年は襟を掴まれ急制動をかけられた為、首が締まったようで「ぐえっ」と口から苦しそうな呻き声が漏れた。俺はソイツをそのまま引きずって元いた場所に戻り地面に投げ捨てる。中くらいの奴はまだ俺が蹴り折った手を抱えて蹲っていた。
「おいおいそのくらいの怪我でいつまで蹲ってるんだよ。怪我なんて冒険者に付き物だぞ。さっさと立って来いよ」
軽く煽ってみるが反応はない。しかし俺の意識がそちらに向いているのをチャンスと見たのか、さっき俺に左足を蹴られて転げ回っていた大柄な少年がジリジリ動いているのが視界の端で見える。最近の若い奴にもガッツのある奴がいるんだな、と感心しているうちに大柄な少年は一気にこちらへ迫り拳を振るう。所詮は素手なので避けるほどでもない。俺は衝撃に身構えるだけで、そのまま拳を受ける、腹で。
「どうだっ!」
大柄な男としては会心の一撃だったみたいだ。今の俺は鎧を装備していないし、当たったのも腹なので良い手応えだったのだろう。調子付いて追加で3発ボディブローが飛んできた。
「てめえが今日は鎧着てねえーの確認してんだよ」
良い気分で殴っているのだろうが、残念ながら俺には全く効いていない。単純な俺の丈夫さもあるがお腹周りの脂肪が緩衝材代わりになってしまっている。これじゃあ某世紀末マンガに出て来る拳法家殺しだな。いや待て、俺はあそこまで太ってない。ボディブローに対して俺のお腹周りがぼよん、ぼよんしているような感覚があるのは錯覚のはずだ。絶対錯覚だからそろそろ俺のお腹を殴るのは止めようね。俺は大柄な男の両手を掴んで動きを封じた。
「うんうん良く観察していたな。感心感心、隙を突くお頭もあって有望じゃないか。後は俺との戦力差と受付嬢に迷惑がられていることも観察出来てたら満点だったな」
「えっ!?」
男は体格に恵まれた自分が俺に難なく取り押さえられたことに驚きを隠せない。だが本番はここからだ。俺は掴んだ手にじわじわと力を込めていく。最初は威勢の良かった大柄な少年もどんなに暴れても俺の手を外せず、込められる力は無慈悲に強まっていくことで恐怖を感じ始めたようで泣きが入ってしまう。
「離、離し、ゆるギャぁッ」
「あっ折れた」
ちょっと力を強め過ぎて彼の左手を折ってしまった。悲鳴が煩くてかなわん。俺が少年の悲鳴に辟易としていると声が掛かる。
「あー、もうその辺で勘弁してやったらどうだ」
こいつらを尾行していた元冒険者のギルド職員達の1人だ。人通りの少ない場所とはいえ騒ぎがこれ以上大きくなるのはギルド的にもNGなんだろう。やっと止めに入って来た。しかし俺に投げ捨てられていた小柄な少年がこれ幸いと助けを求める。
「た、たすけてくれっ、いきなりこのオッサンが襲い掛かって来たんだ」
被害者のフリか、小賢しい手だが有効ではある。だが今回の場合は通用しない。俺を制止したギルド職員は助けを求める少年をチラッと見ただけで興味を失ったように視線をこちらへ戻す。無視された小柄な少年は状況を把握出来ずキョロキョロして哀れだ。そうこうしているうちに隠れてこちらを見ていたであろう残りの元冒険者現ギルド職員の皆さんが姿を現す。
「なんで、なんだ、あんた達は」
「お前等は気付いてなかったみたいだけど、このギルド職員達はギルドからお前等を尾行していたんだ。つまり一部始終を見ていたってことだ」
狼狽える小柄な少年に教えてやるとその表情が固まる。
「お前等、前にギルドでも騒いで職員に連行されてただろ。それなのに懲りてないからギルド職員達は、俺にお前達をボコらせてこの業界の厳しさを味わわせようって考えなんだろ、合ってる?」
「大体な」
俺の見解を聞いていたギルド職員は肯定した後、溜息を吐く。
「それにしてもこれは……やりすぎじゃねえか? 相手は新人なんだからもう少し手心とか」
「あほくさ、そんなんだから今回俺が襲われるはめになったんだろうが。こいつらがギルドの受付で問題を起こした時にちゃんと【教育】しとけば、俺に返り討ちにされて痛い目を見ることも無かったんだぞ」
新人とベテランの間にある隔絶した実力の差と冒険者としてやってはいけないことをしっかり教育しておけば、そもそも問題自体が発生しなかった。それなのに俺が悪いみたいに言われても困る。というかイラっとした。
「いいか新人共、恨むんなら自分達のアホさと中途半端なギルド職員を恨めよ。一歩間違えれば死ぬか、犯罪者奴隷に堕とされてたぞ。こんな街中で集団で襲い掛かったり、武器を抜こうとしたりして考えが足りなさ過ぎる」
こっちの世界では武器を持って集団でを襲ったりしたら、相手が指名手配犯や重罪の現行犯でもない限り普通に賊扱いになる。こっちの世界では元々人権なんて概念ほぼ無いのだが、賊扱いになると人間として扱ってもらえなくなる。正当防衛で殺してもお咎めなんてないし、捕まえれば犯罪者奴隷として引き取られる。犯罪者奴隷なんて基本使い捨てである。もちろん生きたまま捨てもられるなんてことはない。
流石に新人共も犯罪者奴隷と聞いて、多少は自分達の危うさに気付いたのか神妙にしている。だが後でまた襲われたり嫌がらせのようなものがあっては面倒だ。それに俺だけじゃなくて俺の周囲の人間にヘイトが向かう可能性もある。念には念を入れておくか。
俺に襲われたと言って罪を擦り付けようとした小柄な少年の頭を掴む。潰してしまわない程度に力を籠める。
「これにはちゃんと中身入っているよな、ん?」
「は、はい」
「じゃあ覚えたよな。悪い子がどうなるのか」
「もう、し、し、ません。まじじまじめに」
少年の頭の形が変わるくらい力を込めてやると、色々学べたようで素直になった。うんうん素直なのは良いことだ。ちなみに周りに目撃者がいないダンジョンや街から離れた所で襲ってたら殺してたぞ、とこっそり耳元で囁いておく。小柄な少年の顔色はこの数分間、赤くなったり青くなったり忙しい。
それと忘れてはいけないのがギルド職員達である。今回は俺にタダ働きをさせたんだから、そこのところをハッキリさせておかなければいけない。
「おい今回のは貸しだぞ」
「はあ? なんでだよ」
「新人共が俺を襲うのを黙認しやがって、さっさとそっちが止めに入ってたら面倒が少なかっただろうが。タダ働きさせやがって」
「降りかかる火の粉は自分で払うのが冒険者の流儀だろ」
「新人とはいえ冒険者が罪を犯すのを、職員が見て見ぬ振りをしたってギルド長や警備兵に言ったらどうなるかなー」
「チッ分かったよ。貸しって言ってもどうせジンのことだから何か仕出かしてすぐチャラになるだろ」
俺の事なんだと思ってんだ。俺は品行方正な冒険者の鑑だぞ。ご近所の奥さん連中からも評判なんだぞ。冒険者にしてはしっかりしてるわねぇって。いやホントだから。食生活以外は結構ちゃんとしてるから。ったくストレス溜まるわー。美味い物でもドカ食いしないとこのイライラは発散出来ないな。丁度ダンジョンに牛を狩りに行くことだし、今日は牛肉祭りにしようかな。




