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第22話 冒険者失格?

 マナにクレープを食べさせてカロリー漬けにしてやった次の日、俺は冒険者ギルドの受付に来ていた。いつも通り受付対応はマナに頼むつもりだったのだが、そのマナが真剣な顔でなかなか口を開かない。馴染みの相手なのにいつもの気安い態度との違いに変な緊張感がある。


「ジンさん、冒険者を辞めましょう」


 冒険者ギルドがシーンとなる。マナがやっと口を開いたかと思ったら、とんでもないことを言い出した。何言ってんだコイツ。騒がしいのが通常営業のギルド内が静まり返るとかなかなか無いぞ。俺が疑問に思っている間もギルド内は静寂に包まれている。ギルド内にいる他の連中もその異様な状況に、静かに聞き耳を立てているようだ。


「冒険者を辞めてお菓子屋さんになるんです」

「馬鹿なことを言ってないで仕事をしなさい」


 冒険者ギルドの綺麗過ぎるお局さんことマナの先輩受付嬢であるメナスさんが、マナの頭を依頼書の束でシバいて注意している。


「あと冒険者を辞めましょうなんて言ってはいけません。ここでは禁句ですよ」

「で、でもジンさんはお菓子屋さんになった方が……」


 さらに言い募ろうとしたマナだったが、メナスさんがジロリと睨みを効かせれば口をつぐむしかない。迫力がある。年季が違うからな。それにしても昨日のクレープはマナには劇薬だったようだ。まあ素朴なクッキーで行列が出来るような世界だから、この反応も仕方がないのかもしれない。甘味に慣れていない人間には生クリームを使ったクレープは刺激が強過ぎたな。


 それにしても現在進行形で物珍し気な視線がいくつも俺達に向けられて鬱陶しい。冒険者ギルドでの騒ぎなんて喧嘩や依頼についてのゴタゴタばかりなので「お菓子屋さん」うんぬんなんて聞き慣れないワードが出て注目が集まってしまったようだ。


 正直ちょっと恥ずかしい。お菓子屋さんはないだろ、お菓子屋さんは。騒ぎになったのは半分くらい、いや1割くらいは俺にも責任があるから、この辺りで話を落ち着かせるか。


「メナスさん、もうそのくらいで。俺は気にしてないんで」

「そうは言ってもギルドの者としてあまりにも不適切な発言ですから」

「まあまあまあ、それより依頼受けたいから何か良いのないかな?」

「……分かりました。ではこちらの納品依頼をお願いします」


 メナスさんは不承不承ながら説教を一旦止めて依頼書を出してくれた。依頼内容は俺にはお馴染みのオーバース牛の納品依頼だ。割の良い仕事だし不満はない。


「牛狩り、ね。じゃあこれで」

「はい確かに承りました」


 なんとか場を収めたところで、こちらに集まっていた視線のほとんどが離れていくのが分かる。これ以上面白い展開になることはなさそうだと興味を失ったのだろう。しかしそんな中である方向からの視線だけは外れない。相手に気付かれないようにチラっとだけ見る。


 若い新人っぽい数人の集団だ。一瞬だったので正確な数までは確認出来なかったが、不穏な雰囲気を感じたし気を付けておくか。俺がダンジョンに向かう為に冒険者ギルドを出ても、少し遅れて付いて来るのが気配で分かる。ド下手くそな尾行でバレバレだ。コイツらもしかして前にギルドの受付で絡んで来たマナの厄介ファンじゃねえか?


 おっともう1組付いて来ている。こっちは俺を尾行している奴らを尾行しているようだ。新人共より巧みな尾行である。ダンジョンに向かう道の途中、曲がり角で一瞬だけ見てみる。尾行を尾行する奇特な連中の顔には見覚えがある。元冒険者のギルド職員だ。


 これはあれだ。この前、焼きを入れた新人共が懲りずに不穏な動きをしているのを見て警戒しているのかもしれない。それとも俺をエサにして問題を起こした現場を押さえるつもりかも。それなら俺もちょっと協力してやるか。新人共が行動を起こしやすいように、人目の少ない道へ進路を変えてみる。結果はすぐに出た。


「おい待てこら」


 荒っぽい声で呼び止められる。振り返れば予想通り以前、冒険者ギルドの受付でマナにウザ絡みしてギルド職員に教育的指導を受けていた連中だ。残念ながら元冒険者のギルド職員の教育はあまり効果が無かったようだ。5人組の彼等の表情を見れば今から仲良くお話しましょ、というポジティブなお誘いでないのは一目瞭然だ。


「なんか用か?」

「何が【なにか用か?】だ。スカしてんじゃねーぞ」

「オッサンのくせに態度デケえんだよ」

「舐めてんのか、おい」

「年寄りが受付嬢口説くとかキモっ」

「ぶっ潰すぞ」


 うわぁ典型的なチンピラだな。イキって喚きながら俺ににじり寄って来る。噛ませ犬のテンプレートそのままみたいな連中だ。


「冒険者やめろって言われてたよな」

「ダッセェ」

「見込み無いから引退しろや」

「身の程を知れよ」


 先程のギルドでのやり取りがコイツら視点では、俺がマナを口説いて振られたみたいに見えたのか。流石に無理があるんじゃないか? コイツらは近くにいたわけではないし、話の流れを全て見聞きしたわけではないから仕方ないのだろうか。でも断片的な情報から判断したとしても曲解が過ぎるだろう。


「何とか言えよ」

「マナさんもオメエみたいなオッサンに付きまとわれて迷惑してんぞ」


 いやお前らの方がマナ本人は迷惑だと言ってたぞ。それにしてもガキの戯言だと分かっていても不快なものは不快だな。さっさと隠れているギルド職員が止めに入ってくれねえかな。もしかしてコイツらが手を出すまで動かないつもりなのか。面倒臭いがそれなら軽く挑発してみるか。


「お前達が受付嬢や俺からまともに相手されないのは、お前達が半人前だからだぞ。せめて青銅級まで上がらないと話にならないからな」


 挑発なんて人の良い俺には向いていないのだが、なんとか上手くいったようだ。5人全員が顔真っ赤である。


「調子のんなっ」


 5人の中で1番俺に近い奴が殴りかかって来た。それをあえて避けずに受ける。左頬に拳が直撃するが、この程度の威力なら来るのが分かっていれば何ともない。これでギルド職員が介入する口実は出来たから彼等も出て──来ない。はあー何なんだよ。ギルド職員の奴ら、俺にコイツらを片付けさせる気なのか。めんどくせえな。

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