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第21話 脂肪

 新人冒険者であるエルの指導を始めて数日、今日からエルは3人組の冒険者パーティー【黒い稲妻】に預けている。やはりこれから冒険者としてやっていくなら、複数人での連携に慣れて置いたほうが良いだろう。俺も昔はパーティーを組んでいたが、ソロがメインの今、本職にそこの指導は任せることにした。


 さて今日はエルの世話はしなくて良いが暇ではない。なんだったらエルより手間のかかる奴が今俺の目の前にいる。ここは俺の家の調理場兼食堂である。そう俺の家なのだが家主の俺より寛いでいる者が存在している。椅子に座りダイニングテーブルにぐでーと上半身を投げ出したマナである。マナが俺の家に来るのはこれで2回目だが既に遠慮の欠片も見受けられないな。なんだったら冒険者ギルドで接する時より砕けた態度だ。


「だらけてんなー。他人(ひと)()だぞ」

「えー良いじゃないですか。そんなの気にするほど厳格な人じゃないですよね」


 そうだけどさ。多少遠慮はしようぜ。今日は前にマナと約束していたお菓子を作ってやる日である。ノルンに生活を改めろと厳しく言われたのに、お菓子なんて食って大丈夫かって? 聞きかじりの知識だが【チートデイ】というものがある。ただ摂取カロリーを制限するだけだと体が省エネモードになってしまうから、たまに好きな物を食べてる日を作ってそうならないようにするらしい。つまり今日は俺のチートデイだ。


「もぉ今週は散々だったんですよ。ジンさんも見てましたよね。最近冒険者になったばっかりの人達に絡まれることが多くて、もううんざりです」

「冒険者ギルド秋の風物詩だからな。ご愁傷様」

「他人事みたいに言ってますけど、ジンさんも巻き込まれかけてましたよね」


 エルの初依頼の達成報告時に、マナが対応していた冒険者パーティーに絡まれかけた件か。嫌な気分にはなったし、面倒だなとも思ったが俺にとっては大したことではない。


「どうせ相手は新人だからな。力の違いを見せてやれば大人しくなるし」

「じゃあ早く浮かれた新人達を大人しくさせてくださいよ」

「受付嬢が新人シメろってマズイだろ。荒れてんなぁ。鬱陶しいのは分かるが今に始まったことではないだろ」

「私ももう後輩がいるのに、ああいうのに上手く対応出来ずにメナスさんや元冒険者の職員に助けてもらうなんて情けないじゃないですか」


 マナの言うことも分かる。新人が入って来ているのは冒険者だけではない。ギルド職員、受付嬢もまた新人は入って来ている。ただ犯罪者でなければ誰でも仮登録出来る冒険者と違って、職員や受付嬢は狭き門だが。その分、入って来る人間はそれなりに高スペックなので、先輩という立場だと思うところもあるのだろう。


「私もメナスさんみたいに華麗にあしらえたら格好良いのにぃ」

「方向性が違うような」

「私だって経験を積めば上手くやれるはずです」

「でもメナスさんは俺が冒険者になってすぐの頃からの知り合いだけど、当時からそっち系の苦労はしていなかったぞ」

「えー」


 俺の言葉にマナは頭を抱える。しかし実際10年以上の付き合いがあるのに、メナスさんが男に絡まれて困っているところなんて見た覚えがない。いつも余裕があるし、大抵の男は掌の上で転がしてしまうイメージだ。自身の感情をあまり隠さないマナが真似出来るとは思えない。


「なんかメナスさんは昔から高嶺の華って感じなんだよな。それに比べてマナは……良く言えば親しみやすい、悪く言えばお手軽そう」

「お手軽じゃないですっ」


 ドンッとテーブルを叩いてマナは否定するが、結果が出てしまっているのだから認めて今後どうするかが大事だと思う。


「親しみやすいのはマナの良い所だが、これからは冒険者相手にちゃんと一線を引くようにしたらどうだ」

「私ちゃんとやってますよ。色々お誘いはありますが全て断っているんですよ」


 マナは自信を持って言い切った。でも今自分がいる場所が何処なのか思い出して欲しい。


「で、誘いに乗っちゃってるわけだが」

「……甘い物は別というか」

「そういう隙がありそうな所を見透かされているんじゃないか?」

「じゃあ、どうすれば良いって言うですか。あと甘い物早く作ってください」


 どうすれば良いかって聞かれても困る。隙を見せるなと言っても、コイツじゃ無理な話だろう。


「こういうのはどうだ。マナ自身が新人冒険者共より強くなっちまえば良いんだよ。しつこい相手がいても拳で分からせろ。2、3人ぶちのめせばビビッて舐めたことはしなくなるだろう」


 結構良いアイデアだと思うのだが、マナはこれ見よがしに溜息を吐いた。


「今年聞いた中で1番頭の悪い発言だと思いますよ」

「でも~良~く考えたら1周回ってアリよりのアリ?」

「無しですよっ。もうジンさんに相談したのが間違いでした。甘い物を出して下さい。とびきりの物を所望します!」


 マナがテーブルをバンバン叩いている。子供かな? まあ俺から見たら子供と言っても差し支えない年齢か。よーしパパ凄いの作っちゃうぞー。アイテムボックスから今日の為に手に入れていた逸品が入った瓶を取り出しテーブルに置く。


「何ですか、これ」


 マナは今日のメイン素材になる物が入った大きな瓶を手に取る。覗き込んだり匂いを嗅いだりしている。


「えー牛乳?」


 牛乳というありふれた食材と勘違いしたマナは少し残念そうだ。だがこれは牛乳ではない。


「こいつは普通の牛乳とは違う。特別な加工をした【生クリーム】だ」

「な、なまくりーむ。何ですかそれ!?」


 そう、今日の為に俺が用意したのは、こちらの世界に来てからは1度も目にしたことが無い食材である生クリームだ。そして生クリームを使って作る料理はクレープ。驚け異世界の小娘め。貴様をスイーツというカロリー沼に引きずり込んでくれるわ。さあ俺と同じ所まで堕ちて来るが良い。


「今日の為に知り合いの錬金術師にわざわざ作らせた物だ」


 さて他の材料と道具も出しておくか。砂糖、普通の牛乳、小麦粉、卵、油、野苺を調理場の台に並べる。道具はボウルを2個と泡だて器、あとはフライパンとおたまとフライ返しを用意する。


「で、だ。まず生クリームから調理していく」


 ボウルを魔法で冷やしてそこに生クリームと砂糖を入れ、泡だて器で混ぜていく。その際魔法で凍らない程度に冷やしながら混ぜるのが重要だ。ちなみに泡だて器はどうも過去にいた転移者が広めたらしい。


「なまくりーむ以外は有り触れた材料ですね」

「まあな。あんまり奇抜な食材だと食べる気なくなるだろ」


 この世界には当然電動のハンドミキサーなんて存在しない。しかし長年の冒険者生活で強化された体なら人力ハンドミキサーすら容易にこなす。俺は泡だて器を素早く動かす。


「すごっ速過ぎてなんか気持ち悪いくらいです」

「言い方ぁ」


 マナの後半が悪口な感嘆を背に受け、一層手のスピードを増す。


「魔法も使ってますよね、これ。魔法使いながら調理って地味に凄いことしてますね」

「実戦では他の何かをしながらでも魔法が使えないと、ただの案山子になっちまうぞ」


 ぼけっと突っ立っていたのではモンスターはすぐに目の前まで迫って来るし、味方前衛がいるなら自分の視界や射線を確保する為に移動しながら魔法を使うこともある。


「そうは言っても出来る人は上位の人くらいですって」

「まあな、つまり俺は凄い。もっと褒めても良いんだぞ」

「でも使い方が料理だと説得力が下がりません?」


 料理を甘く見ては駄目だぞ。生クリームの泡立てより雑魚モンスターの方が、俺にとっては簡単だし。雑魚なんて力任せに殴るだけで十分だからな。などとしょうもない事を言っている間に生クリームは良い感触になってきた。


「えっ泡みたいになってますよ。どうなっているんですか?」

「みたい、じゃなくて泡だ。きめの細かいな」

「これが前に言っていたフワッとして甘い物なんですね。確かに見たことないお菓子ですけど……」

「待て待て、まだ途中だ」


 未使用の方のボウルに小麦粉、砂糖、卵を入れて混ぜる。なんか順番とかコツのようなものがあるかもしれないが、流石に俺はそんなことまでは分からない。さらにそこに牛乳を入れて混ぜる。


 生地の素は出来たのでかまどに魔法で火を付けフライパンを熱する。そこに油を入れ馴染ませる。充分熱くなったのを確認しておたまで生地の素を掬って、フライパンへ投入。良い匂いがしてくる。


「んーイメージ程薄くならないなあ」

「えー薄いですって。ぺらぺらじゃないですか。こんなのじゃ食べた気がしないですよ」


 1枚目の生地が出来上がり、皿を出してそこに乗せる。マナはクレープ生地を見て、地味、しょぼいとか言っている。まあ待てって、こっからだから。マナがかなりの数を食べることを想定して、とりあえず生地は20枚焼いた。足りるよな、流石に。


「さて仕上げだ」


 生地の上にクリームと野苺を乗せる。ここで生地を巻くか、畳むかで悩んだがまだまだ作るのだからどっちでも良いと思い直した。とりあえず1つめのクレープは巻くタイプにしてみた。


「ほい完成」

「はむっ……こ、これはっ!?」


 待ちきれないとばかりにクレープにかぶりついたマナが目を見開く。


「このなまくりーむの泡、ふわっとして滑らかな食感ですっ! しかも濃厚な甘みが野苺の酸味と合わさりくどくないです。こ、こんな、こんなお菓子食べた事がありません!!!」


 凄い反応だ。こっちの世界の人間はみんなこうなのか? 村長に肉じゃがを食べさせた時も劇的な反応だったが、グルメマンガみたいなリアクションにちょっと引く。だがここが勝負所なので、むしろ押さねば。秘密兵器をアイテムボックスから取り出す。


「野苺の砂糖漬け、いえジャムですか?」

「違う、これはあえて野苺を少なめの砂糖で煮詰めた物だ」


 砂糖漬けやジャムは本来保存食だ。腐りにくくするため砂糖を多く使う。しかしこれは少量の砂糖で焦がさないように丁寧に煮詰めた物だ。アイテムボックス内は時間経過が無いという性質を利用した保存性を一切考慮しない物である。コンポートというのが近いだろうか。こいつの何が良いかってジャムに比べて使用してある砂糖が少ないので野苺の酸味がちゃんと残っており、それでいて煮詰めたおかげで野苺特有の風味が濃縮されているのだ。これ単体で食べた場合、甘さが物足りないだろう。しかし、クリームと合わせればどうだろう。


 結論、マナのクレープ消費数は今日だけで二桁になった。知ってるぅ? 生クリームは牛乳より脂肪分が多いんだよ。というか生乳から脂肪分を取り出して作ってるからね。





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