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第20話 脂肪燃焼

 俺は武具店で愛用の鎧が破損してテンション駄々下がりである。それでも俺はエルの案内を続ける。といっても今日案内する場所は後、ここと冒険者用の宿ぐらいだ。俺とエルの目の前には立派な教会がそびえ立っている。そう冒険者生活に欠かせない場所の1つがここ教会だ。


「え~こちらに見えますのがこの町1番の治療所がある教会になりま~す」

「あの……治療所がメインではないので、その紹介の仕方は不本意なのですが」


 バスガイドっぽく教会を紹介していたら、不意に聞き慣れた少女の声が聞こえて来た。気付いたら傍にノルンが立っているではないか。


「おっ、ノルン。出迎えか? 悪いな」

「そんなわけないでしょう。患者の数が落ち着いて来たので、食事を買いに行っていたんです。今日は忙しくて自分達で用意する時間が無かったので」


 俺の軽口にノルンはにべもない。教会の方を見ていたのにノルンの接近に気付けなかったのは、俺とエルが教会前に着いた後に彼女が教会へ帰って来たからか。


「治療ですか?」

「違う、今は新人の案内をしてるところだ。体が資本の冒険者だから教会は案内から外せないだろ」

「体が資本だと本気で思うなら、もう少し自身の生活を省みてはいかがでしょう?」


 ぐうの音も出ない正論。俺もそれは理解している。これでもそこそこ気を付けていると思うのだが、如何せん結果が出ない。何でだろうな。


「私はノルンと申します。教会で治療を担当しているので、もし怪我などした場合は気軽にお越しください」

「あ、その、どうも。エルと言います。怪我したらよろしくお願いします」


 エルがノルンの丁寧な挨拶に戸惑いながら返答している。庶民は貴族を相手にする商人でもなければ、もっと砕けた物言いしかしないのでエルの戸惑いも当然だ。ノルンは教会でも特別言葉遣いが堅苦しいんだよな。俺とのやり取りも最初の頃はもっと硬かった。もうちょっと俺が場を和ませるか。


「1回につき金貨2枚必要だからお気軽に来ていたら行き倒れるんじゃねぇか?」

「えっ金貨2枚!?」

「とはいえ怪我をしていたら稼げない。逆に体さえ無事なら稼げようはあるから常に金貨2枚分以上は貯めておいた方が良い」


 正直金貨2枚はぼったくりだと思う。思うが体さえ無事なら簡単にそれ以上稼げるのが冒険者だ。


「冗談抜きで冒険者にとって体は資本だ。装備や金を失っても薬草採集くらいなら出来る。仮に高級な装備を失った場合、損失は大きいがそこまで冒険者としてのステージを上がっていったノウハウまで失ったわけじゃないから効率よく戻せる。治療費ケチって後遺症が残るのは馬鹿らしいぞ」

「……不摂生をして体に不調をきたすのは馬鹿らしくないので?」


 俺が説明をしている横で、ノルンがボソっと何か言っている。俺には良く聞こえなかったが、恐らく俺の説明に感銘を受けたのだろう。


「説明はこんなものか。ノルン、これお土産」

「はぁ、珍しいですね。焼き菓子ですか」

「評判の店らしい」


 この前マナと行った店で購入した2袋のクッキーのうち、手を付けていない1袋を渡す。ノルンは軽く頭を下げ受け取ったが、微妙な表情だ。


「ありがとうございます。しかし、こういう物を食べ過ぎては駄目ですよ」


 結構迷惑掛けている自覚があるから、良かれと思って渡したのだが藪蛇だったかもしれない。ノルンの注意を聞いてエルがつい余計な事を口から漏らしてしてしまう。


「あーこういうのが原因で鎧のベルト部分が千切れ」

「おい待て」

「あっ」


 エルの発言を聞いてノルンの視線の温度が急激に下がる。


「……また食べ過ぎてしまいましたか」

「いや消耗しやすい部分だから自然に限界が来ただけだって」

「本当ですか、ではこれは何でしょう?」


 ノルンの手が俺の腹に触れる。咄嗟に力を入れて固める。ほら筋肉でカチカチだろ。


「凄い筋肉ですね……脂肪の下は」


 駄目だぁ、隠しきれない量の皮下脂肪がノルンに掴まれてしまった。普段は鎧の下に隠された俺の柔らかい部分が、やむを得ない事情で無防備になっていたのが仇となった。


「着衣の上からはあまり太っているようには見えていませんでしたが、これは酷いですね」

「お、俺くらいの年齢になればこれが普通だから」

「私が担当してきた患者は生活習慣を見直すように指導すれば、個人差はあるものの皆改善しましたよ、貴方以外は。普通とは何なのでしょう?」


 ノルンの詰めが厳しい。現実問題、俺は不摂生なところがあるし治療してもらっている立場的に反論しづらい。つまり、今は耐え忍ぶしかないのだ。


「立派な脂ですね。こういうのはどうでしょう。まず腹を切ります」


 オージャパニーズハラキーリ。切腹なんて久しぶりに触れるカルチャーなのでちょっと郷愁を感じ、ねーよ。日本人でも切腹なんてしないし、したくない。不摂生のケジメにしては重過ぎませんか、ノルンさん。


「切った所にロウソクの糸を挿して火を付ければ、脂が燃えて痩せるのではないでしょうか」

「無い。大道芸人でもやらない、というか出来ないだろ。」


 そんなんでお腹の脂に火が付くわけないだろ。出来たらビックリ人間コンテスト優勝だよ。それとも人体発火イリュージョンか。それに想像したら絵面がグロい。人間ロウソクと化したオッサンなんて目の前にしたら、お前引くだろ絶対。そもそも発想にサイコ味を感じるんだが、教会の治療担当として大丈夫なのか。


「腹切って火を付けるなんて教会の治療所で許される行為じゃないだろ」

「大丈夫です。綺麗に治します」

「終わり良ければ総て良し、とはいかないだろ」

「良い言葉ですね。大事なのは結果です。ジンさんは私の暴飲暴食を控えるようにという注意に対して、いつも元気よく『はいっ』と答えてくれますが、結果がともなったことがあったでしょうか」


 ノルンはビシッと俺に指差して宣言する。


「次に来た時、体の状態に改善が見られなかった場合は、祝福しながら燃やしますよ」

「はいっ」

 

 俺は元気よく返事をし、()()うの体でエルを伴って教会前を後にする。エルは若干呆れている様子だ。


「なんか情けないよ」

「いいかエル。時には流れに身を任せることも大事だ。そもそもあの状況で開き直っても意味無いだろ。見放されて終わりだぞ。嫌いな相手ならともかく、そうじゃないなら、ああやって言ってくれているうちが華ってな」


 半分言い訳だが、実際お互いにある程度気を許しているからこそのプロレスのようなものだ。だが次回来る時には多少脂肪を減らしておいた方が良さそうだ。


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